情けない男も、宮廷と極運の洗礼に揉まれてすっかり逞しくなりました。
「すまんな立花。これはシュルカヌスと余の間だけの秘密なのだ。」
「安心しろ立花よ。お前は余のマスターだ。焦らずとも彼のそばに立つ権利は美しきに等しく与えられて然るべきなのだ。」
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「シュルカヌスよ!どうして余ではないのだ!」
ネロは皇帝位継承が自身ではなく、全くの部外者クラウディウスへと決定されたことへの不満を露わにした。
「ネロ、お前はまだ成人の儀も終わっていない。それに、過ぎた重責と権力はどんな賢者をも狂わせるだけの毒性があるんだよ。ネロは天才かもしれないが、だからといって自分の力の程度を疑わなくていいとは限らないさ。」
対してシュルカヌスは自身が生まれた時から可愛がってきたネロが齢十六にも満たぬうちに大人の事情で政争の泥沼へとその手足を浸すなど許せなかった。
「しかしっ!では、では何故⁉︎何故に伯父上に早期の退位を勧めたのか⁉︎」
この頃のネロは反抗期に差し掛かる年頃であり、最も親しいシュルカヌスからの思いやりに気が回るほどに心の余裕を持っていなかった。
故にか、彼女はそれまでは考えつかぬほどに強くシュルカヌスへ一時の短絡的な感情からくる不満を言葉にして浴びせ続けた。
「其方は伯父上の友ではなかったのか⁉︎」
「其方は伯父上と余を裏切ったのだ!」
「余は時代の寵児!余は、余はローマ皇帝になって然るべきはずであろう!なのに!何故、よりにもよって其方がこの身に牙を剥く!」
シュルカヌスは彼女の声が響く間、じっと黙って顔を地面に向けて堪えるように聞いていた。
拳は握り固められ、弱く震えている。
「余は!余は!よ、余は…皇帝に、なれと…なるのだと…そう言われて来たのだ!…余にそう教えて来たのは其方らであろう!では…どうして皇帝としての余を支えんと試みなんだ!!其方は余の!余の道を阻むのではなく!皇帝となった余を支えるべきではないのか⁉︎」
ネロはそう言い切ると、荒々しく息をする。
収縮する心臓は酸素を身体中に運んでいく。
汗濡れの体はネロがいかに気を立てていたのかを証明している。
徐々に血液が脳にまで酸素を運んできた。
するとそれまでになかった汗が額を伝った。
「あ…え、い、いゃ…し、シュルカヌスよ…よ、余は…其方を責めたかったわ、訳では、訳ではないのだ!」
ネロは自身にとってまさに半身にも勝る存在へとその存在を貶める言葉を叩きつけことに気づいた。
冷静な頭は彼女の本来の聡明な思考を引き出したが、同時にあってはならない事態への困惑と感情の不安定からくる涙を堪えようと半ば精神的負担の渋滞を起こすに至った。
「し、しゅ、シュルカヌスぅ…よ、余を見捨て、見捨てないでくれ…余はっ、余はぁ!」
いつのまにか目の前まで来ていたシュルカヌスは腕を徐に開いた。
その顔は影を帯びていてどのような感情が張り付いているのか見当もつかない。
だが、涙で目の前のシュルカヌスの輪郭も不鮮明な状態のネロからしたらそこに飛び込む以外選択はなかった。
「あ"ぁぁぁぁっ〜ごべんなざいっ〜ジュルガヌズゥ"〜〜」
号泣。
シュルカヌスの顔はすっかり正面を向いており、その表情は穏やかだ。
「まったく。手のかかる子だなあ。」
そう言うと、彼は彼女の頭を慈しむように撫で始めた。
「ぁあ"あぁぁぁあ"ぁ〜〜〜」
安心して号泣(2回目)
「…俺も説明不足だったよ。ごめんな、ネロ。」
彼はそう言ったっきり口をつぐむと、ネロを抱き上げて寝所へと向かった。
ネロはもはやおねむである。
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何事もなくネロの寝所に着くと、ネロを寝かしつけた。
なかなか眠らなかったり、ぐずりながら布団の中へ引き摺り込もうとするので1時間近くかかってしまった。
ネロも力が強くなったんだなぁ、と感慨深く感じた。
もうここにきて俺も30年近くになる。
容姿は20になってから一切変わっていない。
体は健康そのものだ。
…あっという間にネロは大きくなった。
まだこんな片腕で抱いてしまえるような可愛い子供の頃から見ていたあの子が今では巷でも有名人気の芸術家だ。
そして…次の…5番目の皇帝になる人間だ。
…俺は皇帝なんかになってほしくない。
学も付け焼き刃のような状態でこの国に来て、それでもなんだかんだで運に恵まれて人に恵まれてやってこれた。
仕事も少しは学ぶことができた。
最初は給仕、その後は給仕長。
ユリアさんのお世話がかりやカリグラの相談役もした。
近衛隊とか言うとこの隊長もやったし将軍の真似事もした。
今じゃ落ち着きのある法務官なんて職に就いている。
…俺がクラウディウスを推したのには特に理由はない。
あえて言うならば、俺は何でも良いからネロにもっと自由な時間を楽しんで欲しいんだ。
…だが、きっと彼女は皇帝を目指すだろう。
誰が言わなくとも。
カリグラがそうだったように、な…。
…カリグラは俺に言っていたよ。
自分は英雄になりたかった。
アイツの言う英雄ってのは自分自身を見て欲しいっていう願望の裏返しだったんだろうな。
偉いパパをもつ2世はその影を背負う。
そりゃいいことだってあるかもしれない。
でもよ、結局のところは親や祖先の影の中でもがかなきゃならないんだよな。
普通に、凡々に生きていく事を許して欲しい。
幸せとは何だろうな…何でだろうな。
なんか、無性に母ちゃんに会いたくなった。
会うって言っても声だけだったけどなぁ笑
…ネロ!俺はお前のためにできる事を色々やってみるつもりだ!
俺には学がない。
でも、お前への愛なら誰にも負けないつもりだぞ!
可愛い娘には胸を張ったかっこいいところを見せたいもんだろ?
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シュルカヌスよ。
余は知っておるぞ。
其方が余のことを娘の様に愛してくれていることを。
余も同じだ。
余も其方を愛している。
もう7年近くも胸に秘め留めてきたのだ。
余は其方を何よりも誰よりも愛しているぞ。
たとえ…"未来の栄光"を天秤に載せられたとしても。
余は刹那の迷いもなく其方を選ぶ。
余の心中は本当はずっと前から決まっているのだ。
…余は知っているのだ。
余は、其方にとって娘の様なものであることを。
余は其方を愛している。
だが!
私が貴方を愛しているのだ!
余ではない!
私なんだ!
先祖の神々よ、どうかこの気持ちを果たさせておくれ。
私の愛をどうか結ばせておくれよ。
主人公がこんなにまともになるとは考えていなかった汗
しかし、少なくとも愛情深い漢という本来の最大のコンセプトは違わずに、寧ろますます増す予定なので作者としては満足。