ネロの衷情は甚だ酸鼻極まる憤怒に塗り固められている。
シュルカヌスを牢から半ば強引にも解放したその時より、後退という選択は既に無い。
彼女は案の定自らの成人の儀という祝福、つまりは神事が重視される機会に狙いを定めた。
機とは雖も何も成人の機会ではない。
同様に、シュルカヌスの復権もまた真の目的では無い。
目的は現皇帝の排除である。
公言憚らざるを得ぬ重大な叛意の噴出。
しかし止まることはできない。
その楔までもを砕いたのは皇帝であるクラウディウスその人であったからだ。
無常にも彼はネロの恫喝に慄くあまりシュルカヌス解放の事を諾し、彼女に自身にとってシュルカヌスが如何に大事無比であるかを再確認させてしまった。
恋、否。
迷いなき愛を胸に宿した麗人の前には聖邪の清汚など蚊の羽ばたき程の意味もなさないのだ。
行動は駆け抜ける雄牛が猛進せるが如き激しさを伴うだろう。
がしかし、彼女は天賦の才を思う存分に使えるだけの意志力、人望、冷酷の全てを身に宿していた。
悲しいかな、彼女の成熟を待ったのは養父の愚帝が色好き故、彼女の成熟を促したのはシュルカヌスの丹心故であった。
両雄並び立たず、最後に遺った雄は仁愛、愚暗のいずれかではなく爛漫のネロであった。
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ネロにとって重要なことは明確な指導力と正義を市民に対して見せつけ、不動の支持を獲得することである。
その為には心苦しいが自身の最愛をも利用する必要があった。
彼女の最初の政治活動は現体制、つまりは現皇帝クラウディウスとの明確な決別を示すことであった。
「余は成人の儀に際して、この身を祝福する神祇官を指名する。この要求が飲まれない様であれば余は皇統から席を外すものであると心得よ。」
ネロはあくまでも冷静に状況を鑑みた上で決断した。
妥当であるとの判断はやはり正確であった。
クラウディウスが皇帝になれたのはネロの母ユリアがネロを次代の皇帝とする為に日陰者であったクラウディウスに自身との婚姻をネロを養子とするのを条件に提案したからであった。
これをクラウディウスが二つ返事で了承し、当時退位間も無くで未だ皇帝としての風格十分なカリグラが主宰し、当時引き継ぎのために近衛長官であったシュルカヌスが警備と儀礼・祝福を執った式で結ばれた。
結果として本来ならば皇統の外に捨て置かれる筈のクラウディウスが皇帝位に就くこととなった。
この背景にはシュルカヌスが自身の希望としてネロが伸び伸びと成長できるように準備期間を求めたこと。
シュルカヌスの支持を受けて国内でも有数の人気を誇り、かつ英雄であるゲルマニクスと記憶に新しい明君カリグラの血族であるユリア・アグリッピナが皇位継承に大きな影響力を持っていたこと。
そして何より、彼女はアウグストゥスの血を継ぐ謂わば正統を強く発揮できる存在であったのだ。
故に、妻ユリアとの元来の対立はもちろんのことその娘であるネロの皇統廃位などというのは一見都合が良さげに見えて、全く不都合極まりない事であった。
市民と元老院の支持の没落が招くものは暗殺であることが、支持失墜時期に暗殺計画が騒がれたカリグラという前例から浅からずクラウディウスも理解していた。
故にクラウディウスは丸二日間一切の公務を放り出して、只管に元老院との合議と執政官の説得と折衝に駆り出されることとなった。
皮肉なのは苦労する目的が暗に目の仇にしていたシュルカヌスの復権への足掛かりとなることであろうが、其れを加味して自身の状況を推察するだけの余裕は現皇帝にはなかった。
結果、三日目の早朝に元老院が折れたことでシュルカヌスの元へ早馬が送られた。
皇帝はというと休む暇もなく突貫の工事と市民への宣伝までして成人の儀の会場を整えることとなった。
少しでもシュルカヌスを辱めてやろうと、見窄らしい格好で登場する姿をより多くのものが目にする様にと、その一心で徹底的にシュルカヌスが神祇官としてネロの祝福を司ることと、限定的とは言え復権が許される事を喧伝したクラウディウスの汗血はしかし違う人物の思惑を成就させるのだった。
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ネロの成人式が延ばされていると聞いた。
俺はこの地に来たばかりの時を思い出す。
あの時の俺は兎角無気力で、やる気がなくて、何をするにも日記に不平不満をぶちまけるような奴だった。
社会経験もゼロの俺にとっては新鮮なことばかりだったが、一方でとても幸せな時間だったと思う。
今だから思うんだろうけど。
俺は凄く恵まれてた。
何かにつけて仕事を割り振られたりトラブルに巻き込まれたりというのは実際多かった。
だけど、どんなときもなる様になったんだ。
カリグラに頼られたり、ユリアさんに甘えられたり、ドルススさんが熱い視線を送ってきたり、クラウディウスに睨まれたり……ネロに告白されたり。
案外楽しいことだったし、運が良かったんだ。
俺はネロから、う〜ん…あれは殆ど告白だよなぁ。
「ずっと余の側に居てくれ!」
ユリアさんの熱烈な感じとは違う、こっちまで照れて顔が赤くなる様な想いを感じた。
抱きしめたかったけど、それは何だか悪い気がして…「ありがとう」の一言で片付けてしまったな。
俺はネロを愛しているのだろう。
彼女のことは生まれた時から知ってるんだ。
悪いところも良いところも。
だから何があっても嫌いになれるわけがなかった。
多分、彼女のおかげで俺はしっかり生きられる様になったんだ。
自分の身体が丈夫で、食べなくても死ななくて、歳も取らなくて…そんな、言っちゃ変テコな存在だってこともあんまり深くは考えてこなかった。
でも、ネロが産まれてから自分の腕の中に抱いていたのが一人で立つ様になって。
走り回る様になって。
お喋りもするようになって。
ふと隣を見ればもう大きくなって、自分の隣で笑っている。
あっという間だったけど、何か出来たのだろうか。
そんな風に思う。
ネロが成人になるってことは、俺がない頭を使って考えた"チキチキ!ネロちゃま皇帝化計画!!"は成功したってことで良いかな?
…まぁ、俺は隣にいてやれなくなっちゃったけど。
……辛くなっちゃうな。もうこの話はやめよう。
さぁ!今日は何をしようかな?ネロのおかげで初めて正式な自由民認定受けられたからな!
かかかっ!なぁ、本当に驚きだよなっ俺、あれよあれよと出世してた癖にローマ市民として認定受けてなかったんだぜ⁉︎
この国の人たちは多分書類仕事が苦手なんだろーな。
皇帝があんなに大雑把なのに覇権国なんだから制度も何も知ったこっちゃないな。
ふふふ。うーん。どうしようかな。
ペテ郎くんのところに行ってミサという名の俺が人生観を語るだけのライブに行くか?それとも、お隣のセネカさんの朝ごはんにお邪魔するか?
…どっちも捨てがたいなぁ。
ドンドンドンドン!!!!
うぉぉ⁉︎なんだ?またか!また逮捕か⁉︎
ドンドンドンドン!!
…仕方ねぇ。開けてやるか。
ぎぃぃ…
「火事でも起きたのかい?こんな朝早くにご苦労様。」
早馬…?…何かあったと見た。
「元老院より参りました!!至急神殿に参られますよう身支度をなされよ!!お急ぎ願う!!」
「!…成人の儀に参加しろってことで良いのか?」
…晴れ姿を観れるんならなんでも良い、か。
そう問うと比較的キチンとした格好の隊長らしい男が進み出て声を張った。
「いえ!成人の儀を掌る神祇官として!皇女であるネロ様からの直接指名で御座います!お急ぎを!我々が護送いたしますので安全に関してはご安心召されよ!」
声がでかいのは近所迷惑だが…
「喜んで!!よしっ今行く!あっ!ち、ちょっと待ってろよ!」
ドアドタドタっ!
申し出自体は最高だぜっ!
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別にクラウディウスに恨みはありません。
そろそろ旭が登ります。
どうか今後ともご贔屓に。
私は少しでも血の通った歴史を紡ぎたい。
たとえそれがフィクションであったとしても、私の愛を歴史を通して表現したい。
鬼滅の世紀でも同じですけど、不幸が誰かを強くするなら、私は強くなりたくないな。