風魔龍ことトワリンの襲撃があった翌日の夜────俺、ジン、ディルックは人払いされたアカツキワイナリーに集まった。そしてこの3人以外に俺が協力者として紹介していたウェンティ、それから唐突に参加が決まった蛍とパイモンも来てくれている。
「兄さん、どうして蛍やパイモンまでここに?それに彼は……」
「ま、色々あってな。みんな、トワリンを止める為に必要な奴らだよ」
特に蛍はトワリンを正気に戻す為に一番の要となる存在だ。彼女こそが龍災解決の鍵となるだろう。
「…………」
「ん~?どうしたんだい、ディルック」
「……いや、そういえば酒を飲めない年齢の吟遊詩人が詩でモラの代わりに酒を恵んでもらっている、という話を聞いた事があってな」
「えへへ~」
「誤魔化しながら店の酒に手を伸ばすな」
ウェンティはアカツキワイナリーの常連である。しかし自分でモラを稼いで買う事は見た目上できない為、殆どは詩の代わりに客から恵んでもらったり、事情を知ってる俺が買ってやったりと風神という肩書きの割にやってる事はそんなんである。
「アレン、そこにいる異邦人の活躍は僕も聞いている。ウェンティも、君に神話を話した吟遊詩人が彼とは思わなかったが……彼らを何の為にこの場に呼んだのか、まずはそれを説明してくれ」
ま、確かにそれぞれの役割は話しておかないといけないよな。俺はトワリンと戦い、ジンとディルックも共に戦ってくれるが本来の目的はモンドを代表する人物として龍災の結末を見届ける事。ならばウェンティと蛍にも呼ばれてる以上、役割があると考えるのが当然だろう。
「まず大前提として……まぁ、信じられるとは到底思えないが」
「内容によるな。何だ?」
ディルックが先を促す。俺は棚に陳列されてる酒の瓶に目移りしている中身はおっさんな少年……ウェンティを親指で指差す。
「この飲んだくれは、風神バルバトス本人だ」
「……えっ?」
「はぁーっ!!?」
「な、なんだって!?」
「…………」
小さな声と共に目を見開く蛍、店内に響く程の大声を上げたパイモン、珍しく困惑した表情を見せたジンと驚き方は様々である。唯一、ディルックだけは眉を少し動かしただけに留まっているが。
一応、ウェンティと相談して決めた事である。協力してもらう以上、いつまでも正体を隠してるのは味方に対して失礼だというのはある。ただそれ以上に仲間に正体を明かしておけば、今後の作戦を立てる上で理由や理屈を堂々と話し、トワリンを救う中で協力できる幅が広がるというのが一番の理由だ。ただし、モンドが掲げる『自由』を今後も守る為に今回協力してくれる仲間以外には教えるつもりはない。
「じょ、冗談だよな?そいつが風神だって!?」
「残念ながら本当だ。こいつの正体は風神バルバトス、このモンドの神だ」
「風神バルバトス様が……本当にこの少年だというのか?兄さん」
「ああ、そうだよ」
西風教会を筆頭に数少ない人々が信仰している風神バルバトス。それがこのモンドのどこにでもいる吟遊詩人で、見た目は少年の酒好きな飲んだくれとは誰も思わないだろう。言われても思わないだろうが。
「んー……今のボクってそんなに神としての威厳がないかな?まぁ、その方がありがたいんだけどさ」
「ねぇな~。
べろんべろんに酔うまで飲みまくってエンジェルズシェア前に転がってるような奴だし。
「……その話が本当だという証拠は?」
「証明できるものはないな。ウェンティは?」
「う~ん……ボクも風神だっていう証拠は出せないかな。ボクは信仰を集めていないせいで七神の中で一番弱いんだ、だから大きな力も使えないしね」
……ウェンティが七神最弱、ねぇ。神の心を取り出せばそれが証明になるだろうが無闇やたらに取り出していいもんじゃねぇし、誰彼構わず見せていいもんでもないしなぁ。
「君が風神だとして……何故信仰を集めようとしない?」
「モンドを象徴する言葉は『自由』だろう?ボクは統治とか嫌なんだ。だから────」
「『君達が王のいない自由な城を作ればいい』……あっ」
「うん。だからボクはモンドから姿を消したんだ。神がいる国じゃ人々は結局、縛られた自由の中で生きていく事になるからね」
七神……その本質は『俗世の七執政』である。俗世を7つに分け、それぞれが治める。その神の責務を果たす事で神の力を蓄える事が出来るが……バルバトスは人々の自由を尊重し、思想を縛らない事も厭わなかった。モンドが本当の『自由』の国である為に、バルバトスは姿を消し去ったのである。
……まぁ、面倒くさがって仕事を放棄した、なんて可能性もなくはないが。
「ちょ、ちょっと待てよ!それじゃオイラ達はずっと風神と、正体を知ってる奴といたって事か!?」
「……兄さんは彼がバルバトス様だと前から知っていたのか?ならどうしてその事を騎士団に教えてくれなかったんだ?」
「すまん。今回は特別だが、正体を誰にも言わないってのがウェンティとの約束だったんだよ」
正体がバレてしまえばモンドの『自由』に亀裂が入るからな。良くも悪くも自身が去ってから現代まで繁栄し続けてきたモンドに顔を突っ込み、人々を縛り付けるような事はしたくないだろう。
「蛍も黙っててごめんな。風神を探しにモンドに来たってのに」
「ううん、大丈夫だよ。話せない理由があったのならしょうがないし、こうして会えたからね」
ウェンティが風神バルバトスだという証拠を出せない事や、俺がウェンティの正体を黙っていた事に対して思う事もあるだろうが、とりあえずは俺の話を信じてくれるらしい。あとは……。
「ディルック」
「……別に君の話を信じないとは言ってないだろ。まだ整理できてない所はあるが……彼が風神だという事は信じてやる」
「おう。ありがとな」
「こんな神がいていいのかと思いはするがな」
それは俺も昔から思ってる。ま、とりあえずこれでウェンティが風神バルバトスだという事はこの中では共通の認識となった。次はウェンティと蛍の役割か。
「それじゃ2人をここに呼んだ理由を話すが、まずウェンティにはトワリンを風龍廃墟から外に呼び出してもらうんだ」
「トワリンが根城にしている風龍廃墟は今、暴風で囲まれてるからね。あれはアビスの魔術師が生み出した特殊な障壁だよ。ボクは魔力が織り成す韻律を読み解いて突破する方法を考えてるんだけど、まだもう少し時間がかかるんだ」
「ならどうやってトワリンを?バル……いや、ウェンティ殿」
ジンにとって、風神バルバトスはヴァネッサと同様に信仰する対象である。その相手が身分を隠し、名前を偽ってまでここにいる意味を考え、ジンは正体を知りながら敢えて風神の名でなく、今の名前を口に出したんだろう。
「ありがとう、ジン。ボクをその名前で呼んでくれて。……心配しなくても、トワリンを呼び出す為に必要な道具は揃ってるよ。まずはジンが持ってきてくれた天空のライアー」
ウェンティが指差す先にあるのは椅子の上に置かれた天空のライアー。ファデュイに密かに狙われていた事と、手順通りに貰えた3つのサイン、そして念の為に騎士団団長であるジンの担保も加えた事により数日間のみ騎士団に保管される事になったモンドの至宝。
かつて風神バルバトスが眷属であるトワリンを呼び出す為に使ったりしていたものであり、長い時を経てようやく本来の持ち主の手元に戻ってきたって所か。
「うん、風が流れるような紋様と薔薇の木の木材、少し冷たい星鉄の弦……懐かしいなぁ。でもボクが予想していた通りだ」
「予想していた通り……とは?」
天空のライアーを抱え、懐かしむように呟くウェンティだが、それに問題点がある事を俺は聞いている。だがその問題点を知らない4人の中からジンが尋ねた。
「千年の時を経てライアーの弦に宿っていた風元素が枯れ果ててしまってるんだ。トワリンを呼ぶどころか、この酒場で歌う位なら出来なくもないけど」
「……僕の酒場のステージに出演したい歌手はたくさんいる。残念だが、風神様の番は当分来ないだろう」
「いや、ツッコミそこじゃねぇだろ」
不完全な天空のライアーに自分の酒場のステージを引き合いに出されたからって機嫌損ねんなよ。まぁ、バーバラとかステージで歌いたい奴がたくさんいるのも確かだし、確かに今からウェンティがステージを予約した所で順番が来るのはずっと後だろうが。
「せっかくジン団長に持ってきてもらったのに、詩を聞かせる相手は酔っぱらい相手なのかよ?」
「……えへっ」
「『えへっ』て何だよ!?」
パイモン、気にすんな。こいつはこういう奴だから。
「大丈夫だよ、パイモンちゃん。直す方法はちゃんとあるからさ。君の出番だよ、蛍」
「えっと……楽器の修理は出来ないよ、私?」
「安心して、重要なのは君だけど直すのは君じゃないからさ。
そう言って促すウェンティに、蛍はある物を3つ取り出してテーブルの上へと置いた。
「これらは……」
「っ……これはもしかして全部、トワリンが流した涙の結晶か!?」
「うん、そうだよ。昼間、ボクとアレン達で集めておいたんだ」
蛍が取り出したのは今日の昼間にモンド中を駆け巡って集めてきた、“黒い血”により濁ってしまっている龍の涙の結晶である。
蛍とウェンティが拾った結晶は偶然見つけた物だ。トワリンが人気のない場所で悲しみ泣いている事は分かっていたが、モンドは広い。人気のない場所なんていくらでもある。
故に前にジンから教わった探し物を見つけるコツ?を使った。曰くコツは意図せず探し物を見つける点にあり、探す事を考えず適当に見渡す事で不意に見つかると言う。視線も集中させる事で逆に見つかりにくくなるが、目の端で見るような感覚で探せば見つかるはずだと。
コツというよりは感覚的な話だが、言ってる事は分かる為、それを利用して結晶を探させてもらった。パイモンには呆れられていたが、そう説明したのはジンであって俺じゃねぇし。
「蛍、結晶の浄化を頼めるかい?」
「うん、任せて」
蛍が結晶に手を添え、目を閉じる。ジンとディルックがその様子を怪訝そうに見つめる中、全ての結晶の色はあっという間に濁りが消えて透き通った水色へと変化していった。
「!これは一体……!?まるで結晶の中にあった不純物が取り除かれたような……」
「……不思議な現象だ。異邦人、今のは君の力か?」
「うん。どうして出来るかは分からないんだけど」
「ふむ……」
初めて見た結晶の浄化に驚きを隠せないジンとディルックは蛍に問い掛けるが、返ってくるのは答えとは言えないもの。それを聞き、思案を始めるディルックだが今はそれを考える時じゃない。
「それでこの涙の結晶をどうするんだ?」
「ふふっ、どうすると思う?」
「えっ?え~っと…………うぅ、分からない!ムカつく奴だな……お前のこと
吟遊野郎……昔から付き合いがある俺は「お前」とか「こいつ」とか呼ぶ事もあるが、パイモンもだいぶウェンティに対してフランクだと思う。
「やる事は簡単だよ。蛍、この3つと君とボクが持ってる涙の結晶を弦に落としてみて」
ウェンティが渡した分と蛍が取り出した分、それと今浄化した分も含めて合計5つの涙の結晶を、蛍はウェンティが持つ天空のライアーの弦目掛けて落とした。
ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤピチョン……
「あっ……!」
「うん、ボクが想像していた通りだ」
水滴が水溜まりの中に落ちたような音を酒場中に響かせながら、天空のライアーに変化が起きた。弦には風元素を彷彿とさせる緑色の光が宿り、ライアーにもかつての色が戻っていく。その周囲には活発化した風元素が渦巻いている様子がここからでも分かる。
トワリンは風神の眷属だが、元々の正体は龍の姿をした風元素の元素生物である。つまりトワリンが流した涙も風元素そのものだ。だから浄化させて不純物である“黒い血”を取り除けば、天空のライアーに足りない風元素を与える代物になったって事だな。
「さっきまでとはまったく違う……ウェンティ殿、これが本来の天空のライアーなのか?」
「そうだよ。これならトワリンを呼び出せるはずだ」
かつてトワリンがこの地に降り立ち、人々に理解されなかった時、そして500年前に毒龍ドゥリンを止める為に召喚の音色が奏でられた天空のライアー。風元素を宿し、当時の力を取り戻したのであればトワリンは必ずその音色に応えるはずである。
「じゃあ、オイラ達の出番はこれで終わりって事か?」
「いや、蛍達にはまだやってもらいたい事があるんだ。とても大事な役目だよ」
パイモンは涙の結晶を浄化させ、天空のライアーを復活させる所までが蛍の役割だと思ってたみたいだが、それは違う。何ならここからが蛍の役割だと言っても過言ではない。
「何をすればいいの?」
「話にすりゃあ簡単だが……涙の結晶に含まれていた不純物。そしてトワリンを苦しめてる毒は似たようなもんだ。つまり蛍なら浄化する事が可能だ。だから……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ兄さん!」
俺の説明をジンが大声で遮る。ここまで言えば蛍の役割なんて誰でも分かるだろう。話にすりゃ簡単、でも実際にやるとなると難しさは何倍にも跳ね上がる。
「それは彼女が危険すぎる!浄化できるとはいえ、相手は元は風神眷属のトワリンだ。一歩間違えれば……!」
「だから俺がいるんだろ。ウェンティがトワリンを呼び、俺が大人しくさせて蛍が毒を浄化する……それがトワリンを救える唯一の作戦だ」
既に正気を失っているトワリンだ、そう易々と浄化はさせてくれないだろう。一発ぶん殴るとかでもしないと、奴の動きは止められない。モンドでそれが出来るとしたら、俺しかいないだろ。
「……なるほど、面白い作戦だ」
「だ、大丈夫なのか?こいつがトワリンに食べられたりしないか?」
「大丈夫だよ。アレンさんの強さはパイモンも見てたでしょ?」
「何かあっても俺が絶対に全員守ってやるからよ、心配すんな」
ここまで一緒に旅をしてきた蛍が怪我してしまわないか心配なのは分かる。俺の言葉でどこまで安心させられるか分からないが、蛍からの信頼の言葉もあって少しは不安が取れたのか頷いてくれた。
「…………」
「ジンはアレンの作戦に納得がいかない?」
「あ……いや、そういうわけじゃないんだ。兄さんの強さならよく知ってる。きっとうまくいくだろう。ただ……」
俯いていたジンにウェンティが話しかけている。成功か失敗かではなく、作戦に伴う不安を口にする義妹に俺は近寄る。ジンが何を不安に思い、そして何を思い出してるのかは俺がよく知っている。
「ジン、大丈夫だから」
「……兄さん」
「もうお前を悲しませるような光景は見せねぇよ」
モンドに龍災を引き起こしているトワリン。その姿はジンにある存在を思い出させる。酷似しているわけではないが、同じ“龍”という名を冠するあの魔龍を思い出さずにはいられないんだろう。
その名は──────『魔龍ウルサ』。
俺が2年間テイワットを巡る旅に出るきっかけを作った相手であり、奴を討伐したあの日、
「では作戦の決行日は明日の正午にするとして、トワリンをどこに呼び寄せる?」
作戦に不安を抱える者もいるが、トワリンを苦しめる毒をどうにかするしかない以上、危険なのはもはや仕方ない。作戦の決行日を明日に決め、あと残すはトワリンをモンドのどこに呼ぶか。
「そうだね……詩人の歌声は海風、それか高い所を吹く風が遠くまで運んでくれるんだ」
「海風……もしくは高い所を吹く風かぁ~」
ディルックからの問い掛けに答えたウェンティの返答は『海風』と『高い所を吹く風』がある場所。トワリンを確実に呼ぶのであればどちらの条件にも当てはまる場所の方がいいだろう。さて、どこにするべきか。
「星拾いの崖……はどうだろうか?」
「おっ!そこなら確かに条件が合いそうだな」
クレーがよく遊びで爆弾を投げ込む星落としの湖。そこから東に進んだ先には砂浜があり、更にそこから南に向かうと山地が見えてくる。山の伸びる方向へ沿って進んだ先にある崖こそが星拾いの崖だ。
「星拾いの崖か……ふむふむ。確かにあそこなら海風も高い所を吹く風もある。ボクの歌声に相応しい場所だよ」
「では明日の正午、各自準備をして星拾いの崖に集合しよう。みんな、遅刻しないように」
代理団長として日頃から指揮を出す立場だからか、自ら指示を出すジン。俺と目が合うとハッとし、戸惑い始めた。作戦を考えた俺を差し置いて口を出した事を申し訳なく思ったのか?別にみんなをまとめてくれた事に何か言うつもりはないんだがなぁ。
とにかく明日でトワリンとの決着をつけよう。この龍災を終わらせ、後始末を片付ける。そしてモンドに落ち着きが戻った後は──────
次回からACT.PROLOGUEが終わりに近付きつつ、しばらくなかった戦闘シーンが加わっていきます!