「ノエルがまた無茶をしたぁ~?」
騎士団本部の団長室で俺はジンからその話を聞いた。今日はジンがノエル同様また無茶をし続けているとリサから聞き、ちょっとでも楽をさせようと城外の依頼を片付け、その報告をしに来たのだ。ジンからは「兄さんに頼るわけには」と言われたがフラフラな体で言われた所で心配するだけだわ。それに騎士団も最近は人の手が足りないようで、あのガイアも真面目に働いてる。……まぁ、たまにサボってるが。
おそらくその隙を突かれ、ノエルに無茶をさせてしまったんだろう。
「ああ……ドラゴンスパインで遭難者が出たと報告があったんだ。それを聞くなりノエルが1人で飛び出してしまったらしい」
「誰もノエルを止められなかったのか?」
「恥ずかしい話だが……みんな、自分の仕事に手一杯でノエルの行動に気付けなかったみたいだ」
はぁ……西風騎士団唯一のメイド兼騎士見習いとしてノエルはよく頑張っているんだけどなぁ。時々その頑張りが行き過ぎてしまう話は騎士団では俺がいた頃からよく話題になっていた。名前を大声で呼ばれただけでその場に颯爽と現れたり、バーベキューの火の付け方を聞けば肉の焼き方から火の消し方まで教えたり。さらには会食の準備と後片付けを全て自分1人でこなしたりとその努力と手際の良さは評価されるべきだ。
だがそれらはまだまだ可愛いものだ。ノエルは誰かの為なら自分を犠牲にする事を躊躇わない。今回だってそうだ。遭難者を半日かけて見つけ、山を降りたノエルは誰が見ても凍え死にそうで見事に風邪を引いたらしい。しかも2日経つが高熱でなかなか熱が下がらないとのこと。
「ノエルまで遭難しなかっただけまだいいか……」
「私もそう思う。山を降りてきたノエルを見つけ、モンド城まで2人を運んでくれたアンバーには感謝しているよ」
「流石は偵察騎士。あのじーさんの孫ってだけはあるよなー」
偵察騎士としての本領発揮だろう。みんなで行方不明となったノエルを探したと聞いてるが、彼女の足跡や落ちていたバラから痕跡を見つけ、その跡を辿ってノエルを見つけたと言っていた。モンド周辺のヒルチャールの動きを把握できるアンバーの観察眼があったからこその発見と言えるだろう。
「兄さん。よければノエルに会っていってくれないか?兄さんが来たとなればノエルも喜ぶだろうから」
「いいぞ?というか元々寄っていくつもりだからな。部屋にいるのか?」
「ああ」
騎士団のメイドであるノエルは本部にある部屋で寝泊まりしており、そこが彼女の生活スペースになっている。
他にアルベドも研究室近くに自室(使ってるかどうかは別として)があるし、騎士団に預けられてるクレーも部屋を用意されている。他にも騎士団本部の空き部屋を利用している騎士はいるから、ノエルだけが一人ぼっちで過ごしてるわけではない。ジンもほぼ毎日団長室で寝泊まりしてるし。
「朝尋ねた時、まだ辛そうだったから寝てるとは思うんだ。だがもしも起きてたら」
「無理しないよう言っとくから心配すんなって」
「……助かるよ。ありがとう、兄さん」
無理をし過ぎてるのは自分もって事、理解してんのかねぇ?仕事のし過ぎて体調崩されたらたくさんの人から心配されんだぞ。姉妹揃って体調崩してめちゃくちゃ心配した俺の心をちょっとは察しろ。
ギィ……。
「ん?」
椅子から立ち上がり、さぁノエルの部屋に行こうとした所で団長室のドアが開いた。誰だろうか?ジン曰く西風騎士のほとんどは外に出払ってるらしく、今日は誰も団長室を訪れる者はいないだろうと言っていたのだ。図書館に引き籠ってるリサの可能性もなく、彼女も今日は「返却期限を過ぎてる本の回収」の為に外に出ている。アルベドとスクロースも研究の為にとドラゴンスパインにある研究拠点に行ってるし。
リサの怒りが誰に落ちるのか考えてると、僅かに開いたドアの隙間から顔を出してきたのは今までジンと話していた内容の中心人物である
「はぁっ……はっ……あっ、アレンさま。騎士団本部に、いらしてたのですね。何のおもてなしを出来ず、申し訳ありっ、ゴホッゴホッ!」
「いやいやいや!何してんだよっ?お前、体調悪いんだろ、寝てなきゃダメだろうが!」
外側のドアノブに手を掛けているノエルは今にも倒れそうな程体調が悪そうだった。頬が赤いが上半分は青ざめてるし汗も凄い。声も若干鼻水混じりだし。そんな状態でいつも身に付けてるメイド服型の鎧を着られるはずもなく、今着ているのはそういったものが一切使われてない普通のメイド服である。
「ノエル!?どうしてここに────」
「ジン団長……ケホッ、幾分か体調は良くなりましたので、わたくしに仕事を……」
「出来る状態じゃねぇだろ」
「だ、大丈夫です!この程度の風邪で寝込んでいては、正式な騎士には、っ!」
ドアから手を離し、団長室へと踏み入れたノエルだったがここまで壁を伝うかして来たんだろう。限界を迎えてる体は支えを無くし、前のめりに倒れる。しかしそうなるだろうなと予想していた俺はノエルに駆け寄り、体をクッション代わりにするように受け止め、左手で支える。
いつもの鎧がない事で女性特有の肌の柔らかさや胸の
「おーい。大丈夫か、ノエルー?」
「はぁっ、はぁっ……」
うーん、まともに喋る余裕もないか。そりゃそうだろう、体調の悪さを「さっきよりも良くなった」と誤魔化し(切れてないが)、1人で立つ事すらままならないのにそれを無理してここまで来たんだ。体調が悪化するのは当然だろう。
「に、兄さん!ノエルは……!?」
「治りきってない体でここまで来たのがトドメだったんだろ、あまり良くない。とりあえずノエルを部屋のベッドに寝かそう。ジン、手伝ってくれるか?」
「ああ、勿論だ!」
右腕が残ってれば1人で抱えるんだが、ない以上は仕方がない。とにかく今は早くノエルをベッドに寝かせようと、ジンと共に自室へと彼女を運び始めたのだった。
ノエルの部屋は彼女の性格を表すかのように綺麗に整理整頓されている。壁には騎士団ガイドの第1条から第11条までの規則が書かれた紙が貼られ、机の上にはメイドとして必要な“口の堅さ“の意味を持つ薔薇が花瓶に入れられて飾られてる。そして机の部屋に置かれた本棚……そこには何十冊もの本が収められている。「モンド流メイド育成講座」や「メイドとしての在り方」、「騎士団ガイド」、「剣術の極意」。さらには人々の悩みに答える為にか様々な分野の本や専門書が並べられていた。図書館から借りて読んでる本を含めれば、ノエルはこれまでに軽く百冊以上の本を読んでるに違いない。
「よいしょっ……と」
「兄さん、これを」
「おう、あんがと」
ジンと共に運んだノエルをベッドに寝かせ、布団を掛ける。そして額には氷元素を研究して作られた「冷却シート」を貼り付けてあげた。移動中に眠ってしまったらしく、今は規則正しい静かな寝息を立てている。とりあえずは一息つけたって感じだな。
「ちゃんと薬は飲んでるんだよな?」
「ああ。騎士団の医師に診てもらって1日3回分の薬を処方してもらっているよ」
騎士団のかぁ……まぁ、悪いってわけじゃねぇけど本音を言えば
「なら昼飯食べさせて薬飲ませちゃおうぜ。丁度よくそろそろ飯時だし」
「なら私が何か作って……」
「いいって。みんな忙しいだろうし、俺が何か作ってやるから」
ノエルみたいな豪勢な料理を作れる程の腕は元々からないが、簡単な物ならチャッチャと作れる。それに騎士団の厨房なら色んな食材があるはずだし。米は稲妻が鎖国してるせいで璃月からしか買い取れない分、量は減ったと聞いてるがノエル1人に使う事くらい訳ないだろう。
「しかし……」
「ノエルの面倒は俺が見とくから心配すんな。というかお前も仕事適当な所で切って少しは休め」
「う……でもまだ「新人騎士に配備する武器をワーグナーに頼む鍛造依頼書の作成」と「来月の夜の巡回ルートの配置表の作成」、あと「風魔龍の調査報告書のまとめの仕上げ」、それから……」
「ストップ」
忙しいのは知ってるけど、相変わらず凄い仕事量だなぁ。他に回せばいい仕事まで自分でやって、尚且つ困ってる人がいれば自分を後回しにして助けてるんだから当然と言えば当然だが。
「じゃあ、せめて鍛造依頼書を作ったら休め。いいか、絶対に休めよ?徹夜して倒れるのはマジで止めてくれ。お兄ちゃんの心がもたないから」
「だがそれでは「冒険者協会との連絡会議に使う資料のまとめ」が……」
「いいから、や・す・め」
「……はい」
渋々といった表情で部屋を出ていくジンを見て、小さな溜め息が出た。前にガイアがジンとノエルの仕事について「ジン団長は『疲れすぎ』、ノエルは『忙しすぎ』」と評していたが、まさしくその通りだろう。仕事を頑張るのはいいが、自分の体調をもっと考えてほしい。
「ん……んぅ……?ア……アレン、さま……?」
「おっ、起きたかノエル」
振り返り、ベッドを見ると瞼を少し持ち上げてこちらに顔を向けるノエルが視界に入った。頭上に?が浮かび上がってるような不思議そうな表情をしているが、どうしたんだろうか?
「どうして、アレンさまがわたくしの部屋にいらっしゃるのですか……?」
「あぁ……何だ、さっきまでの事覚えてないのか?」
「さっきまでの事……?」
どうやら団長室に来るまでと辿り着いてからの時はほとんど限界に近かったからか、俺やジンとのやり取りはほとんど記憶にないらしい。その為、ノエルが無理して団長室を尋ねてきた時の事を説明していると途中でノエルが「あっ」と声を小さく出した。どうしたんだと見れば、赤くなった顔を両手で覆っていた。
「あ、あの……わ、わたくしが倒れた時、アレンさまがわたくしを受け止められたんでしょうか……?」
「ああ、そうだぞ」
「うう……メイドにあるまじき失態です。お客様であるアレンさまにそんなご無礼を……」
まぁ、そのおかげで俺はいい思いが……こほん。
「そんな気にしなくていいって」
「で、ですけどっ」
「気にするんだったらあまり無理しないでくれ。俺も騎士団のみんなも心配するから」
「はい……」
これはジンにも言える事だが、自分の身を犠牲にしてまで働こうとする相手には周りから心配されてる事を伝えるのが一番効く。効くだけでまた無理をしないというわけではないが。
「あ、そうだ。ノエル、お腹空いてるか?」
「お腹ですか?少し、だけですが……」
「ならお粥作ってきてやるよ。それ食べて薬飲んで、今日はもう休んでな」
「!そ、そんなダメです!お客様であるアレンさまにご飯を作ってもらうなんてっ」
起き上がろうとするノエルをやんわりとベッドに押し戻す。自分に厳しく仕事に忠実なノエルの悪い癖だ。自分から他人には喜んで施しを与えんのに、自分が受ける側になるとすぐ拒否し始める。
「仕事熱心なのはいい事だけど、体調が悪い時くらい甘えろって。休める時にちゃんと休むのも騎士には必要な事なんだぞ?いざって時に疲れて動けないんじゃあ、騎士失格だからな」
「う……わ、分かりました」
「んじゃ、ちょっと待ってろ。……いいか?ぜ~ったい、待ってろよ?」
「は、はい」
一応念には念を入れてノエルに言っておく。「やっぱり私も……」なんて言って厨房に手伝いに入ってこられたらたまんねぇからな。
騎士団の厨房はここで寝泊まりしてる人達の食事の他、たまにある会食の料理を作る際にも使われる為、結構広い。初めて入った人ならどこに何があるかなんて探さないと分からないだろうが、かつて騎士団にいた俺は大体覚えてる。主に徹夜するジンの夜食を作っていたからな。
「トッピングは……まぁ、普通でいいよなぁ」
釜戸の中で弱めの雷を使って焚き火を起こし、その上に置いた土鍋でお粥を作りつつ添え物を考える。お腹少ししか空いてないって言ってたし、そんなに量はいらないだろう。卵は出したからあとはキンギョソウ入れて、味付けに塩を入れれば一般的なお粥の完成だ。
「あら?貴方がここで料理なんて久し振りね」
キンギョソウをまな板の上に用意し、一口大に切り分けようと包丁を持つと突然後ろから声を掛けられた。後ろに顔を向ければ厨房のドアを閉め、こちらに近付いてくるのは遊撃小隊隊長にして波花騎士のエウルア・ローレンス。透き通った水色の髪や動きの優雅さが特徴的であり、今もこちらにコツコツと歩いてくる姿は見ていて綺麗だと思う。ただ今は仕事中ではないのか服装はあの透けてそうな服ではないな。
「まぁな。つか珍しいな、エウルアが城内にいるなんて。休みか?」
「ええ。と言っても、しばらくしたらまた出発だけどね」
エウルアが率いる遊撃隊は普段城外で活動し、ヒルチャールやアビス教団の退治を行っている。範囲はかなり広く、滅多に城内に戻ってくる事はない。戻ってくる場合はそれは休みの時であり、少し滞在したらまたすぐ任務に出発するのだ。
「それで?お粥……って事はノエルのかしら?」
「おう」
「ふぅん……ねぇ、ちょっと。包丁貸しなさいよ。片手で切るとか危なくて見てられないわ」
「えっ、そうか?んー……じゃあ、頼むわ」
まぁ、押さえらんないからどうしても切り口が歪になったりとか、まな板が動いてうまく切れないとかあるけど。それでもどうするか悩んだが、心配そうにこちらを見てくるエウルアの申し出を断るのは無理そうだったから素直に頼んだが。
「もし貴方が指を切ったりとか怪我をしたら、私はノエルを恨んでやるわ」
「恨むな恨むな。というかそんなんで俺が怪我すると思うか?」
「……思わないわね。でも私に心配をさせたこの恨みは覚えておくから」
「優しいなぁ、エウルアは」
ザクッ!とエウルアがキンギョソウを突然力強く切る。何だ、どーした?気になって表情を窺ってみるとポカーンとしていたが、しばらくすると顔を赤くしながら俺を睨みつけてきた。
「やっ、優しくなんかないわ!ただ貴方が私の────」
「俺が怪我をしたらお前が手当てをするから、か?」
「っ……え、ええ、そうよ」
……?何だ、違ってたか?エウルアにしては随分と慌ててたけど。いつもならすぐに皮肉っぽく返してくるのに。
「……はい、切り終えたわよ。土鍋の中に入れていいのかしら?」
「ああ、頼む。あとは卵を割って……」
「貸してちょうだい。ここまで来たら私が作った方が早いでしょう?」
「そうか?ならお願いするよ」
エウルアに卵を渡すと片手で割って土鍋に入れ、コトコトと煮込みながら中身をかき回していく。そしてしばらくすると完成したらしく、エウルアの放った氷元素により焚き火の炎は一瞬にして消え去った。
「はい、完成よ。熱いから少し冷ましてから持っていく事をオススメするわ」
「ありがとな~。やっぱ両手が使えねぇと料理は難しいか。エウルアのおかげで助かったぜ」
旅してた頃はできるだけ店で食べ、野外では保存が長く効く料理を買って食べていたなぁ。買った料理が尽きた時には野生の猪や兎などを狩って丸焼きにしたり、食べられそうな木の実や植物を採取して食べたりもしていた。まぁ、作ったものは到底他人に見せられるもんではなかったが。今は左手でも細かい動きをする事に慣れてきたからちょっとは改善してるけど。
「……貴方はその腕を失う原因を作った代理団長に本当に恨みを覚えないの?」
「何だよ突然。どーした?」
「私は覚えてるわ。この恨みは何十年経とうと忘れられないし、返しても返しきれない恨みよ」
「そっか」
エウルアの頭の上にポンッと左手を置き、優しくワシャワシャと撫でる。サラサラしてて気持ちいいなぁ。一瞬エウルアの手が動き、弾かれるかなと思ったが……しばらくするとその手を降ろし、俺のなすがままに撫でられる事となった。
幼い頃からモンドの人々に恨まれてきたエウルアはどんなに恨まれてもそれらを必ず復讐として人々に返してきた。しかしそのエウルアが「返しても返しきれない」と断言する辺り、ジンへの『俺の腕の恨み』は本当の意味での恨みなんだろう。
まぁ、そこは恨まれる事に慣れてるエウルアだ、線引きは出来てるんだろう。じゃなきゃジンかエウルアか、または2人共今ここにいないだろうし。
「……この辱しめの恨みは忘れないわ」
「ちょっと嬉しそうにしてるけどな」
「しっ……してないわよ!!」
俺の指摘に顔を真っ赤にしたエウルアは今度こそ手を叩き落とし、後ろを向いてしまった。いってぇなぁもう。小さい頃は自分から撫でてもらいに来てたくせに。
「俺の事でジンを恨むのも程々にしてくれよ?あいつ、俺の妹なんだから」
「分かってるわよ。代理団長には他にも復讐しなくちゃいけない恨みがたくさんあるんだから!」
確かに。そういう事ならジンとエウルアの間で
「ふぅ……それじゃあ、私はそろそろ行くわね。ノエルにちゃんと休むよう伝えておいて頂戴」
「おう、伝えておくよ。それじゃあなー」
そう告げて手を振りながら立ち去るエウルアを見送り、視線を完成したお粥に向ける。さてさーて、これを持ってノエルの部屋に行くとしますか。
「ノエル、入るぞ~」
部屋のドアを軽くノックした後に小さな台車に乗せて持ってきたお粥を中へと入れる。ベッドへ視線を向けると、ちゃんと大人しくしていたノエルが上半身のみ起き上がらせてこちらに顔を向けてきた。
よかった。ベッドがもしも脱け殻だったら探しにいかないといけなかった。
「ア、アレンさま。ありがとうございます……」
「いーのいーの。つーか作ったの半分くらいエウルアだし」
「えっ、エウルアさまが……?」
「休みで戻ってきててな。作ってたら厨房に顔を出してきて、片手じゃ危ないっつって、手伝ってくれたんだ」
「っ……も、申し訳ありません!わたくしのせいでアレンさまやエウルアさまにご迷惑をっ……!」
そう言って頭を下げようとするノエルの額に人差し指を当てて動きを止め、ピンッと弾く。「あぅっ」と声を出して仰け反った彼女だが痛みはほとんどないだろう。しかし反射的にか両手で額を覆う姿はなかなかに可愛い。
「別に俺もエウルアも迷惑だなんて思ってねぇって。ちゃんと休むようにって伝言も預かってきたしな。今も元気になった後も、ちゃんと休めよ?」
「は、はい」
エウルアからの伝言をノエルに伝えると、タイミングよく彼女のお腹から『くぅ』という音が聞こえてきた。咄嗟に両手でお腹を押さえ、顔を真っ赤にしたノエルが顔を伏せる。残念だがお腹の音はバッチリ聞こえてしまったぞ。
「腹減ってきたか?ならお粥は食べられそうだな」
台車をベッドに近付け、机とセットだった椅子も引っ張ってきてそこに座る。土鍋の蓋を開けると中から湯気が溢れ、一緒に持ってきたスプーンでお粥をかき回して熱を逃がしていく。そうしていると、不思議そうな顔をするノエルからの視線に気付いた。
「ん?どーした?」
「あっ、いえ……アレンさま、一体何を……?」
「何って冷ましてんだよ、火傷したら大変だろ」
「そ、それは分かります。その程度でしたらご自分でっ」
「いや、さっき倒れたばっかの病人に言われてもな」
まぁ、大分調子も良くなってきたとは思うがノエルが俺を心配させないようにそう見せてるだけって事もある。仮にそうだとしても今の様子なら食べる分くらいは問題ないだろうが、病人は看病してくれる人に甘えてくれていいと思う。バーバラなんかは言わなくても割と甘えてきてたけど。まぁ、つーわけで。
「ふーっ、ふーっ……ほれ、あーんっ」
「アッ、アレンさま!?あ、あのっ。わたくし、ご自分で食べられますのでっ……なので、そのっ」
「ほれほれ、早くしないとこぼれちゃうぞー?」
「うぅ……あ……あーん……」
めちゃくちゃ恥ずかしながら小さく開いたノエルの口にスプーンを差し込み、含んだ事を確認してからゆっくりと引く。あーんの恥ずかしさから伏し目がちになったノエルはそのまましばらくモグモグと口を動かし、ゴクンと喉を動かして飲み込んだ。
「どうだ?うまいか?」
「ぁ……えっと……その、も、申し訳ありません。あまり分からなくて……」
「んじゃ、もう1口。ほれ、あーんっ」
「あ、あーん……」
……とまぁ、ノエルに食べさせ続けて味が分かってきたのはほぼ完食した頃だったんだが、美味しいと言ってくれたので良かった良かった。一緒に作ってくれたエウルアには感謝だな。
「んじゃ、ちゃんと休めよ?治ってないのに仕事して無理しないようにな」
「だ、大丈夫ですよ。アレンさま達の心配はよく分かりましたから」
「ほんっと~にか?」
「本当ですって」
「ならいいんだけどな。じゃあ、俺はこれでおさらばするから。お大事にな~」
そう言って椅子を片付けようと立ち上がろうとしたが、突然服の裾を摘ままれた。相手は当然ノエルであり、本人も無意識の行動だったのか驚いた表情をしている。
「あ……その……ア、アレンさま」
「ん、どーした?」
「あの……じ、時間があるのでしたら、わたくしが眠るまでここにいてほしい、のですが……ダ、ダメでしょうか?」
今回の事でノエルが自分から甘えてきたのはこれが初めてだろう。そもそも他人への奉仕を喜びとするノエルが甘えるなど中々見れない光景だ。この部屋にずっとたった1人で心細かったのかもしれないし、もしくは風邪で不安なのかもしれない。何にせよ、俺からの返事は決まっている。
「いいぞ。ノエルが眠るまでここにいてやるから。ゆっくり休め」
「!……あ、ありがとうございますっ」
──────それから数日後。
「アレンさま、おはようございます!本日の朝は紅茶と珈琲、どちらがいいでしょうか?あっ、他にリクエストがあればすぐに用意しますから!」
「おう、おはよ……じゃあ、珈琲で」
「はい!かしこまりました!」
ノエルの手にどこからともなくポットとカップが現れ、珈琲を注ぎ、鹿狩りで注文したモラミートや目玉焼きなどの朝食セットの横へと置かれた。
ノエルは風邪から復活した次の日、看病してくれたお礼として俺の専属メイドを言い出してきた。期間はちゃんとあるし、俺が依頼で城外に出る時は足手まといにならないようにその間は騎士団本部で仕事をしてるみたいだからジンも許可を出したんだろうけど……。
「えーっと、ノエル?」
「はい!何でしょうか?」
「別にもう俺の世話をしなくてもいいぞ?お礼がしてもらいたくてお前の看病をしたわけじゃないし。騎士団の仕事もしてるんだったら尚更やめるべきだ。また無理して倒れたらどーすんだよ」
ノエルの気持ちはとても嬉しいが、正直に言うとこのお礼はいらない。そもそもメイドさん達に身の回りを何でもかんでもされ、落ち着かないから家に帰らずに宿屋で生活してるくらいだし。ちょっとした事ならいいんだけど、ずーっと傍で命令を待ち構えられてんのは居づらくてしょうがないんだよ。
「も、申し訳ありません!わたくし、アレンさまにどうしてもお礼がしたくて……」
「ん~……」
どーすっかなぁ。ノエルも簡単には自分の意思を曲げないだろうし。何か別の方法でお礼をしてもらうのが一番手っ取り早いか……あっ。
「ならさ、今度ノエルの特製パンケーキ作ってくれよ。騎士団抜けてからはなかなか食べる機会なかったし」
騎士団のメンバーならアフタヌーンティーで口にするチャンスがあるんだが。まぁ、あるってだけで見回りの時間が被ったりして食べられない騎士もいるけど。
「そ、その程度でいいのですか?アレンさまが言ってくれればいつでも作って差し上げますよ?」
「いーんだよ、それで今回の事はチャラだ。お願いできるか?」
「はいっ!アレンさまの為に、一生懸命心を込めて作って差し上げます!」
うんうん。ノエルはお礼が出来て、俺はノエル特製パンケーキが食える。これならどっちにもちゃんと得が出るというものだ。
「ではわたくしはこれから騎士団の訓練に参加してきます!アレンさまも本日の依頼の解決頑張って下さい!」
「おー。ノエルも頑張れよー」
「はいっ!」
俺に一度頭を下げ、ノエルは騎士団がある区域へと走り去っていった。珈琲が入ったコップ置いていっちゃったけど……まっ、今度会った時に返せばいいか。
話書いてる時にキャラの情報を色々調べる事がありますが、次の舞台であるスメールは草の神の国なのに場所は砂漠という事でみんな色々考察してますね。元から砂漠なのか、草神が何かして砂漠になってしまったのか(民から愛称で呼ばれてるから違うと思うけど)……砂漠が普通で草が異常なんて考察もありますし、早くスメールの情報が知りたい!話書く為に!