鹿狩りの料理人 作:ガチャ敗者
「はぁ、はぁ……あのさ、神の目が無くても強いとか勘弁してくんね?」
「ふぅ……君こそ……その歳でその技術は何?」
肩で息をする銀鏡と、比較的涼しい顔で息を整える刻晴。最初の攻防で銀鏡が有利を取れたのは、あくまで刻晴に少なからず油断があったからで、真剣にぶつかり合えば軍配が上がるのは彼女の方だ。
暫く切り結んだ銀鏡が分かったのは、腕を磨く時間も、踏み越えてきた修羅場も、力への向き合い方も何一つ届かない。それ故に彼が先に音を上げるのは、当然と言えば当然だった。
だが刻晴としては、ここまで決定打を与えられていない事に驚きを隠せずにいる。どれほど追い込んでも紙一重で躱され、彼女の死角や消しきれなかった隙を嫌がらせのように的確に突いてくるのだ。
「ははっ、人の嫌がることとかスリは大得意でさ」
「最悪ね、折角の器用さを盗みに使うなんて」
「こうでもしないとおまんま食いっぱぐれるし、俺だって住むとこ奪われたんだから奪ったっていいじゃないか」
「盗賊の理屈を聞く暇は無いわよ」
「分かってんじゃん、璃月七星……あ?」
「……?」
銀鏡は唐突に言葉を切って、刻晴を前にして静かに目を閉じた。行動の意図が掴めずに怪訝そうな目を向ける彼女に、少年は少しすると薄目を開けて眉をひそめる。
「アンタ、その様子だと気付いてねーのか。気配察知は俺が上みたいだな」
「気配?一体何のこ「よっ、と」っ!?」
刻晴の問いを遮って軽い調子でナイフを投げる銀鏡は、大気を切り裂いて彼女へ迫っていた一本の矢を撃ち落とした。鋭利な金属同士が奏でる硬質な音と、自分の側で転がる矢を見て合点がいった刻晴は、弾かれたように顔を上げ周囲を見回す。
そして自分たちを取り囲むようにして展開する数体のヒルチャールと、それらを従える『アビスの魔術師』の存在を認める。神の目が手元に無い刻晴にとって今この状況は、少々劣勢と言えた。
「あーあ、こんなとこにまで……どこにでも湧いてくるよな。アビスさんよぉ、嫌われ者同士仲良くしようぜ」
「フン、なら何故璃月七星を助けた?もう少しで始末出来ていたものを……」
「いやー、手が滑って飛んでったナイフがたまたま邪魔しちまってさー」
「抜かせ、これ以上は時間の無駄だ」
半透明の元素の殻で自分を覆い、これ以上の対話を拒否するアビスの魔術師。杖や棍棒を構えて完全にやる気な相手の様子に、銀鏡は渋々ポケットに手を入れて、引っ張り出した神の目を刻晴へ投げ渡す。
「おい女、ほら」
「っとと……神の目?」
「返してやるからそれで魔術師はやれるだろ。他の雑魚は俺が抑える」
「どういう風の吹き回しかしら、盗賊が盗品を手放すなんて」
「別に?元々俺はソイツが要らないモノを盗む主義でね。あとは、俺が死ぬのは雨の日って決めてる。今返さないとアンタと心中することになりそうだしな」
「へぇ、おかしなこだわりね」
「美学がなきゃ、人は人として生きられない。ケダモノだらけの宝盗団で俺が学んだ一つだぜ?」
「……いいわ、背中は任せる」
「お気に召してくれたようで」
剣を片手に印を結び、雷楔の狙いをアビスの魔術師へ定める刻晴と、突っ込んできたヒルチャールを短剣で食い止め、飛んでくる矢を片手間で迎撃する銀鏡。
「行ってら」
「迅影が如く!」
(……速えぇ~)
こうして、銀鏡と刻晴の予定外の第二ラウンドが始まった。
「終わり……あぁ、疲れた〜」
刻晴と力を合わせて全ての脅威を排除した銀鏡は、「もう動きたくねぇ」と無気力に立ち尽くす。そんな彼の左腕には
有言実行しヒルチャール達を抑えきった銀鏡だったが、その前の刻晴との戦闘でとうに集中の弦は切れており、反射神経の鈍化が一撃の被弾を許してしまったのだ。
その甲斐あってか、刻晴はアビスの魔術師を相手に完璧に立ち回り、見事無傷での勝利を収めていた。
(痛ってて……利き腕じゃないだけマシだな)
「ちょっと、大丈夫!?」
銀鏡の異変に気付き駆け寄ってくる刻晴、その手にはポーチから取り出したハンカチが握られている。
「問題ないから、こっち来んな」
「手当てしないといけないでしょ、ほらそこに座って頂戴」
「いいっての、1人で出来る」
右手で「しっしっ」と追い払う銀鏡に、刻晴は退くことなくさらに距離を詰め彼の肩を掴んだ。
「私がやった方が早いわ、いいから座る!」
「うるっせぇな!?構うなって、俺は他人に世話してもらうのが嫌いなの!」
「そんな意地張るのは後にしてよ!時間は有限なんだから、こんな問答させないで!」
「知るかそんなアンタの理屈!あとアンタ汗臭「お黙り」痛ってぇぇぇ!ブチ56すぞクソ女!」
患部を指で押され、走る痛みに絶叫し思わずお口が悪くなる銀鏡。一向に譲らない刻晴に嫌気がさし、彼女を押しのけて逃走を謀る。
「ははっ、捕まってたまるかバーカ!じゃあな!」
だが意固地になってしまった刻晴は、雷楔で瞬時に銀鏡の前方空中へ転移し、重力の力を借りて強引に押し倒した。
「は!?ぐえっ、痛っっっ!」
「逃げようとするからよ、大人しくしなさい」
疲労困憊の銀鏡が咄嗟に反応できるはずもなく、固い地面に怪我をぶつけて悶絶している上で、彼に騎乗する刻晴は諭すような口調で落ち着くよう促す。がしかし跳ねっ返りのお年頃が、その程度で屈することは無い。
「離れろ、重いんだよ!」
「なっ……君ねぇ、そんな訳ないでしょ!」
「ハッ、愛してない女の身体なんて世界で一番重いね!黙ってさっさと降りろデb『ドスッ』……」
返答は銀鏡の顔の横に突き立てられた片手剣、チラリと横目に見れば刀身に映っている自分と目が合った。今の刻晴は誰がどう見ても噴火寸前で、今回ばかりは彼も気圧され口を噤んだ。彼女はとびきりの笑顔を浮かべているのに、悪寒が止まらず何故か肌が痺れてくる不思議。
「──何を言おうとしたのか分からないけど、そんな事ないわよね?」
「……ソンナコトナイデス」
「大人しく治療を受けるでしょ?」
「……オネガイシマス」
「うん、素直でよろしい♪」
このやり取りで銀鏡が学んだことは、雷元素の神の目を持つ者が怒ると、言葉通りピリつくという事だった。
銀鏡はその場に座り腕を差し出し、刻晴はハンカチ等で応急手当を施す。斜陽が作りだす日溜りの中で橙色に染まる港を一望する男女、シチュエーションとしては中々に幻想的で優雅なのに、そこに甘美な雰囲気が一片たりとも存在しないのはある種の損失といえるかもしれない。
「ところで」
「は?何」
「いちいち喧嘩腰ね……なんで私を助けたの?」
「マジで何の話だよ」
「ヒルチャール達に私が気付く前よ。忘れたわけじゃないでしょう」
「……あぁ、アレね」
一瞬本当に何の話をしてるのか分からなかったが、刻晴の補足説明で見当がついた。戦闘前に不意打ちの一射をナイフで撃ち落としたが、あの矢は確かに彼女を狙ったもので、銀鏡が対処する必要は無かったといえばその通り。
適当に誤魔化してもよかったし、まだ隠し持っている武器を使ってさっさと話を切り上げてもいい。しかし疲れ切っていた彼はもう色々と面倒になり、ぶっきらぼうに答えを返す。
「なんか……多分、お前はここで死ぬべき人間じゃないって思ったから」
「いまいち要領を得ないわ、それは私を認めてたってこと?」
「別に」
長い前髪から覗く銀鏡の眼は、嘘の色をしていない。刻晴にとっては少々癪なものの、認めていないというのは事実だった。
「ただ、そう……身なりとか育ちがよさそうだしバカみたいに真っ直ぐな目だったから、きっと幸福な人生を歩むんじゃねーかなと思った」
「それは……君にとって面白くない事なんじゃないの?」
「俺を何だと……あ、盗賊か。コホン、俺そんな腐った思考してねーし……確かに俺はほんの少しだけ運に恵まれない過去がある。けど、だからって……他の人間まで不幸になればいいなんて考えてない」
言葉を整理しながらポツポツと口にする様は、恐らく自分の想いを外へ吐き出したことが無いのだろう。目の前でたどたどしく紡がれる銀鏡の想いに、刻晴はなぜか自分の心が落ち着かない事に気付く。
今からこの盗賊の少年は、何を言ってくれるのか。先ほどまでむき出しだった刻晴への敵意を一旦忘れ、自分の根っこの部分を探索する彼は、一体どんな人間なのか。
「えーっと、だから、あー……幸せになる奴は幸せになればいいんだ。うん、だってそれは良いことだから。頑張ってるなら報われていいし、運がいいなら幸福に迎えにきてもらえば。ただ俺には関係の無い話だ」
そこで「あっ、そうか」となにか納得したようにうなずく銀鏡。気になった刻晴が「どうしたの?」と訊ねれば、どうやら小さな胸のつかえが取れたらしい。
「俺はきっと、自分の人生の責任を全部自分で取りたいんだ。他人も仙人も、神様だって関係ない……俺は俺のやる全ての事を俺のせいにする。他の存在に世話されてちょっかい出されるのが嫌なのも理解できた」
「!……そう。はい、できたわ」
「こりゃどーも。さて、それでお前は俺をいつ千岩軍に引き渡す……え、何で笑ってんの?気持ち悪っ」
応急手当を終えて立ち上がる刻晴に、これからどうするつもりなのかを聞く銀鏡は同じように腰を上げて、そして彼女の口角が上がっている事に気付きドン引きした。
銀鏡の辛辣な一言もどこ吹く風、心から楽しそうにしている刻晴は、
なるほど、確かにコインがあれば身柄を引き渡す時に千岩軍も状況が分かりやすく無駄な時間が生まれない。今までの口ぶりから察するに、時間の重要性を人一倍理解している人間なのだろう。
刻晴、第一投、投げた。
「───えええええええ!?」
完璧な投球フォームが銀鏡の疲弊した神経をバグらせ、「宝盗団の証を投げ捨てる」という刻晴の凶行を止められなかった。沈みゆく赤い日の光を存分に浴びてキラキラと輝くコインは、やがて見えなくなり空と地の隙間に溶けてしまう。
「ふぅ」
「いや“ふぅ”じゃないが!?」
ひと仕事しました、とでも言わんばかりの一息をついた刻晴は、現実の把握に苦心する銀鏡の方を向いて自信満々に告げる。
「君はしばらく私のそばで暮らしなさい」
「いや意味分からん、マジで意味分からん怖い怖い怖い」
「君に興味が湧いたの、さっき教えてくれた思想は私の想いと重なるところがあるわ。だから私がいいって言うまで住む場所も用意する」
「だからの使い方分かる?あと人の話聞いてた?世話されるの嫌いって言ったよな?」
「世話なんてしないわよ、時が来たらちゃんと働いてもらうからそのつもりでね。償いは人の為の労働で果たして頂戴」
「めっちゃ干渉してくるじゃん……つかそんな権限持ってんのかよ」
「私は今の璃月を変える……けどその前にまずは君のその跳ねっ返りを矯正する。こじらせた男の子1人変えられないようじゃ、璃月を変えるなんて出来るはずないもの」
「だから話聞けや、全部ひっくるめて頭おかしいんじゃねアンタ」
「刻晴、そう名乗ったでしょ?」
少し前、銀鏡は刻晴の事を『
つまり、諦めた。
(とんでもないのに会っちまった……それも俺の運のせいか。喋りすぎたのもあるけどさ……口は禍の元ってマジだな)
「一応決定権を与えるわ、どうする?」
「もういい……好きにすれば」
「決まりね!君の考えは素敵だけど、人との接し方に関しては改善の余地があるわ。一人でなんて生きられないんだから、自分なりに他人との関係の持ち方を見つけなさい?」
「何様だよ、言っとくけどそう簡単に変えるつもりは無いぞ」
「当然、こればかりは時間を掛けるべきよ。でもコミュニケーションの基本として目は見せて……これをあげるから」
そしてポーチから刻晴が取り出したのは、何の変哲もない髪留め。顔なじみの店で貰ったもので、使えと言うことらしい。
今着けているボロボロのヘアピンと変えたらどうなのかと思ったが、おおかた愛着か思い入れがあるのだろうと、素直に受け取る事にした銀鏡。
「ところで、いい加減名前を教えてくれてもいいんじゃないの?」
「はぁ……銀鏡」
「銀鏡……綺麗な名前じゃない。さぁ、そろそろ日も落ちきるわ。行きましょう、時間は有限よ」
これが、璃月七星の玉衡星『刻晴』と元宝盗団『銀鏡』の出会いの物語。
次で回想は終わるはずじゃ……。
年内更新イケるかは分からない、1週間以内に投稿予定です。
次はイチャイチャするぞ!そろそろ甘いの書かせろ!