鹿狩りの料理人   作:ガチャ敗者

11 / 13
年内間に合った〜。

今回はダイジェスト形式でお送り致す。

あと糖度高め。




銀鏡と刻晴②

 銀鏡が刻晴に連れられてやってきたのは、彼女の自宅兼仕事場だった。広さはあるが必要以上に豪奢ということはなく、璃月七星の住居としては少しばかり控えめと言えるかもしれない。

 

 そこで空き部屋の一つを銀鏡の部屋とし、刻晴は簡単に家の案内を済ませていく。リビング、書斎、仕事場などを見て回り──流石に彼女の寝室は口頭での説明に終わった──2人は一度腰を落ち着けた。

 

「幾つか取り決めをしましょう。そうね……まず起床時間は7時くらいかしら。ちょっと、露骨に嫌そうな顔をしないの」

 

「毎朝7時起き……クソめんど、無理無理」

 

「じゃあ叩き起してあげるわ、私はもう起きてる時間だから」

 

「年寄りかよ「ん?」なんでもねーです〜、もう好きに決めてくれよ。疲れたし眠いし、てか飯はどうすりゃいいんだ」

 

「そうね……1ヶ月の活動資金をあげるから、まずはそれでやりくりしてみて。外で食べてもいいし、ここにある食材なら使ってもいいわ」

 

「……狂ってんな。金持ち逃げしたって知らんぞ」

 

「君はそんな事しないでしょ」

 

 何故か自信ありげに断言する刻晴に、銀鏡は「アホくさ」と聞こえるように呟いて席を立つ。向かうのは先程彼のものとなったばかりの空き部屋だ。

 

「適当に決めて書いといてくれ……明日見るから」

 

 その言葉だけを一方的に残して、刻晴の反応を待つことなく部屋に入った銀鏡。部屋の中に特筆して物は無く、簡素だがしっかりした机と、シンプルながらも上質な心地のベッドがあるくらいで、恐らく急な来客に貸し出す為の空間なのだろう。

 

 そこで彼は家具の調子だけ調べると、それらを使う事は無く部屋の隅で壁に背を預け、静かに座り込んだ。

 

(怒涛だ、俺の人生がひっくり返っちまった)

 

 銀鏡はこの半日で盗賊としての身分を失い、代わりに住む場所を渡された。だが当然ながら1から10まで納得している訳ではなく、あくまで割り切っただけで「心機一転がんばるぞ」と思うような良い子ちゃんではない。

 

 他の誰でもない、自分が承諾した提案だからこそ、その責任も自分のもの。ならば今更ジタバタするのは自分に反する事になる。

 

(……明日は7時か)

 

 必要性を感じなかったために明かりは点けず、暗い部屋には耳が痛くなるような静寂が響く。音がしないあたり時計は無いのだろうが、 正確な体内時計が機能している銀鏡にとってはさしあたって問題は無し。

 

(片腕折れたまま出来ることなんてたかが知れてる……寝よう)

 

 髪留めを外して目を閉じると、今日1日の疲れがドッと押し寄せ、意識はあっさり眠りへと落ちていった。

 

 

 

 次の日、銀鏡はリビングの机に置かれていた1枚の紙を手に取り、『幾つかの取り決め』に目を通していた。そこへ、既に髪まで決まっている刻晴がやって来て、彼の姿に少し驚いた様子を見せる。

 

「あら、まだ7時前よ?なんだ、起きれるんじゃない。おはよう」

 

「……なぁ、聞きたいんだけど」

 

「何かしら、質問は手短にお願いね」

 

「なんで俺なんだ」

 

「どういうこと?」

 

 銀鏡の持つ紙に連なる文字は、『本を読み得た知識を実行して知恵とすること』や『目標を定めて日々努力すること』など自己啓発本に書かれていそうなものから、『眠くても毎朝7時にしっかり起きること』『お風呂には毎日入りなさい!』という日常生活を送る上での注意書きまで様々だ。

 

 だが、それよりも銀鏡は「そもそも」の話をしたかった。『自分の人生は自分のもの、神にさえも干渉されたくない』という人生哲学に刻晴は同調したが、彼からすればそんな考えの人間なんて他にも居るだろうと思う。

 

「璃月の人間に俺みたいな奴が居ない訳じゃないだろ。まぁ大体は神にべったりかもだけど、それでもアンタが構うのは俺じゃなくたっていいはずだ」

 

「ふむ……君の言葉を借りるなら、私には君が幸せになれる人間に見えたから?あとはそうね、私がその手伝いを出来る気がしたのよ」

 

「意味不明だし、お節介だな」

 

「正直言うと私もはっきりとは分からないの、だから今は『君に興味を持った』あたりにしておくわ。これでいい?」

 

 いいかどうかを問われれば、銀鏡としては何らよくない、答えになっていないような答えだ。しかし元々大した期待はしておらず、納得できる理由が欠片でもあればいいな程度しか思っていなかったため、この話題に早々に見切りをつけた。

 

「呆れた……風呂入ってくる」

 

「ええ、そうしなさい。お金はここに置いておくから、私は外の仕事に行ってくるわね。そうそう、その腕は早いうちに医者に診てもらうのよ!」

 

「はいはい、従う従う」

 

 早口で伝えるべきことを伝えて家を出る刻晴を後目に、銀鏡は脱衣所の扉を開けて左腕の怪我に巻かれたハンカチを解く。

 

(……アイツの決めたことは全部こなす。そのうえで俺は俺のまま、真っ向からアイツをコケにしてやる)

 

 昨日自覚したばかりの自分の芯を折られないように、銀鏡はこれからの根競べを覚悟した。『璃月を変える』という大層な理念を鼻で笑い、『跳ねっ返りを矯正する』という的外れな戯言に反抗で返し、『幸せになる手伝いが出来る』という恥ずかしい驕りを分からせるのだ。

 

 かくして銀鏡と刻晴の奇妙な生活が始まった。

 

 

 

 その日の夜、帰ってきた刻晴を銀鏡は書斎で出迎えた。

 

「戻ったわ……あら、服を買ったの?」

 

「まぁな、璃月の通りを歩くならそれなりの恰好をしとかないと、千岩軍に職質引っ掛けられるし。医者のとこにも行った、治るのにそんなに時間は掛からないらしい」

 

「それは良かった……ところでずっと書斎に?」

 

「出来る事が無いからな……まさか、晴れてるから外で動け、なんて言う気か?」

 

「流石に怪我人を動かす気は無いわよ。腕が治るまでは本を読むのが懸命だと思う」

 

「あっそ、なら暫くはこうさせてもらう」

 

「ええ、それがいいわ」

 

 

 

 一週間後、自宅で書類仕事をしていた刻晴は資料の本を探しに書斎へ入る。そこで積み上げられた本の山にぎょっとした。

 

「何?なんか探しモンか?」

 

「そうだけど、この山は?」

 

「読んで終わったヤツ」

 

「早っ……こんなに?出てこないなとは思ってたけど……」

 

「やる事ねーし、んでどれが要るんだよ。もしかしてコレか?」

 

「えーっと、そうね。今君が読んでる本、えっ内容分かるの?」

 

 読んでいた本に栞を挟み、無愛想に刻晴へ手渡す銀鏡。そのタイトルは『建築積算資料』。

 

「アンタはここにある本で勉強したんだろ?ならその跡を辿って読んでれば、分かるようになって当然じゃね?」

 

「道理としてはそうでしょうけど、それを一週間で……君は中々優秀みたいね」

 

「優秀……ま、伊達にガキの頃から宝盗団に入ってないな。つかアンタの本棚クソつまんねぇ、読むモンが早々に無くなったからそんなのに目を通すはめになったじゃねーか」

 

「そ、それは知らないわよ!」

 

 

 

 さらに一週間後、左腕が治った銀鏡は使っていた刻晴のハンカチを返す為、仕事場に足を踏み入れた。

 

「あぁ、治ったのね。わざわざどうも」

 

「そんじゃ俺はこれで」

 

「あ、待って」

 

「……え、何?」

 

「もう、またそうやって露骨に嫌そうな顔を……明日からどうするつもりなの?」

 

「明日からねぇ、昨日見つけた本の知識でも実践してみるか」

 

「へぇ、先週は私の書斎をつまらないなんて言ってたのに」

 

「なんか奥の方に押し込まれてたのを発掘したんだよ」

 

「!……も、もしかしてそれって」

 

「?普通の料理本だったけど」

 

「やっぱりぃ……」

 

「何だよ、不満なのか」

 

「い、いやいや!料理ね、君はすごく器用みたいだしいいんじゃないかしら!それはあげるから是非とも有効活用して頂戴、いつか私にも振舞ってくれる?」

 

「えぇ……気が向いたらな」

 

 

 

 出会ってから一か月、銀鏡は刻晴の外の仕事へ半ば強引に連れられていた。彼女曰く「私の仕事を見て、私の理想や他人との関わり方から何かを得てくれたら嬉しい」ということらしい。

 

「じゃあよろしく、言った通りに進めてね。必要な書類は2日以内に作って持ってくるから」

 

「え、それは何と言うか、無理が過ぎるのでは?刻晴様は少しお休みになられた方が……」

 

「いいえ、持ってくるわ。だからすぐに始められるよう、現場の準備も終えておいて」

 

「刻晴様、この修正した建設計画……ちょいと詰めすぎじゃねぇですかい?」

 

「最初に渡したスケジュール通りに進めていれば、多少天候に嫌われても問題は無かったはずよ。これでもそれなりにゆとりを持たせてるんだから、今以上の遅れが出るのは容認しかねるわ」

 

(はぁ……アンタから何を学べって?反面教師にしろってことか?)

 

 言いつけ通り刻晴の仕事を見ていた銀鏡は、ただただ溜め息が止まらなかった。彼女自身の熱量は確かに大したものだが、周囲との温度差が凄まじい。他人との関わり方は見習う気が全く起きず、正直「刻晴も周りも大変だな」と僅かに同情するほど。

 

(この調子だと、大層な理想が形になるのはまだまだ先だな)

 

 

 

 三か月が経ち、夕飯の仕込みで空き時間が出来た銀鏡はほんの気まぐれで、書類と格闘する刻晴の仕事風景を眺めていた。相も変わらずの人間離れした作業量と効率に彼は舌を巻き、周囲の部下が休息を促すのも少し頷ける。

 

 適当に摘み上げた紙面には必要以上の文字が並び、彼女の仕事に対する完璧主義がよく分かった。

 

「私の仕事、気になる?興味を持ってくれたのかしら」

 

「いや全然」

 

「そう……君が力を貸してくれたら、仕事のスピードがかなり上がりそうだったんだけど」

 

「アホか、俺が自分から他人に関わる訳ねーだろ。自分の仕事は自分でやれ」

 

「むぅ、君はかなり手ごわいわね……」

 

「簡単に変えられてたまるか」

 

 そう言ってキッチンへと戻る銀鏡だったが、自ら刻晴の様子を見に行くという、気まぐれにしても今までは微塵も選択する気の無かった行動を実行したことに対しては、原因の追究に保留の判を押した。

 

(よくやるよ、あんな仕事生活……それだけ璃月の事を想ってるんだろうけど)

 

「いつか潰れるんじゃねーのか……?」

 

 1人零したその呟きは誰に届くでも無く床に落ちて霧散した。

 

 

 

 銀鏡と刻晴が一つ屋根の下で生活を共にして半年。

 

「熱がある」

 

「……そんな、わたしは、熱なんて……」

 

「黙れ、病人がベッドから出るんじゃねぇ」

 

 いつも通り自分の朝食の準備をしていた銀鏡は、珍しく7時「10分」にリビングへ出てきた刻晴に少し驚いた。そしてここぞとばかりに煽り倒してやろうと、ニヤつきながら近づいたところで、急に倒れ込んできた彼女をなんとか受け止める。

 

 脱力した刻晴の身体を支えて感じたのは体温の高さ、続いて上気した頬と整っていない息。僅かに汗の滲む額に手を当てて、大きなため息をつくと銀鏡はひとまず彼女を椅子に座らせ、現実を伝える。

 

「今のアンタを鏡で見せてやろうか、髪は結えてないし服もヨレてる。その感じだと自分で気付けてないな」

 

「……」

 

「肩貸してやるから、何と言おうと部屋に叩き込むぞ」

 

「……わかった」

 

 小さく頷く刻晴の腕を取って、おぼつかない足取りを支えつつ彼女の私室へ足を踏み入れる。効率性を重視する彼女らしい、よく整理整頓がされた部屋と落ち着きのある内装だが、小物や服などは銀鏡がイメージしていた数よりも多かった。

 

 しかし今、目に付くのは恐らく脱ぎっぱなしにしてあった寝間着の方だ。普段からこのように床に衣服を散らかしているとは考えづらい、「よく仕事に行こうとしてたな」と呆れる銀鏡は、刻晴をベッドの端に座らせる。

 

 そして落ちている寝間着を彼女へ渡し、雑に結われた髪を解いてヘアピン等を机に置いた。

 

(っ、髪を下ろしてるのは初めて見るな)

 

 一瞬頭によぎった思考を無視し、「着替えて寝ろ」と一方的に告げてから早々に退室する銀鏡。

 

「要るのは何だ、氷嚢と……」

 

 

 

「……寝たか」

 

 刻晴の部屋のドアを少し開け隙間から覗くと、先ほど渡した氷嚢もちゃんと使って寝息を立てているようだった。静かに扉を閉め、足音を抑えてリビングに戻ってきた銀鏡はようやく一息つく。

 

(アホらし、体調管理もできないのか……あんだけ張り切ってて寝込むようじゃ世話無いな)

 

 すっかり冷えた朝食を口に運びながら思うのは、刻晴に対する不満。人様の為に働くのは結構だが、自分あっての他者だろうと思う。

 

 手短に朝食を終え、さっさと食器を片付けて嘆息する銀鏡は、そこで無性にイラ立っている自分に気付いた。

 

(なんだ……めっちゃムカつくな。普段大見得切っといてあのザマだ、愉快なはずだろ)

 

 璃月を変えると言って憚らず、時間の浪費に厳しく、人外じみた仕事量を抱え、それを近しい者にも要求する。

 

 自分の信念に揺ぎ無く、誰よりも時間の価値を理解し、常に自分の選んだ道を見据え、理想を現実にする為に邁進する。

 

 そんな刻晴に巻き込まれ、彼女の生き様を半年間見続け、一切変わることのない真っ直ぐな瞳に見られ続けた銀鏡。

 

「……こんなとこで足止め食らってんじゃねーよアホ」

 

 そう吐き捨てて、銀鏡は外出用意の為に自室の扉を開けた。

 

 

 

「……ん、ここは……」

 

「ようやくお目覚めか」

 

「えっ……銀、鏡?」

 

 刻晴は自分の呟きに対して、すぐ側から反応が返ってきたことに驚いた。顔を横へ向ければ、椅子に座って読んでいた本を閉じる銀鏡。

 

 鉛の板が張り付いたような怠さがのしかかる身体をなんとか起こした刻晴は、その拍子に自分の額から布団の上へ落ちたハンカチを見る。

 

「ぁ……これ、君がしてくれたの?」

 

「まぁな、ハンカチは後でまた冷やす。熱は〜っと」

 

 銀鏡は本を置いて立ち上がり、まだ少し惚けている彼女の額に手を当てる。彼の手のひらに伝わってくる体温は、倒れた朝ほど高くはないが平熱にはまだ遠い。

 

「マシになったくらいか」

 

「ねぇ、いまって」

 

「昼過ぎ、だから飯の時間だ。食欲無くても少しくらい腹に入れろ。薬もあるんだからな」

 

「薬も……?」

 

「不卜盧で貰ってきた。クッソ苦いやつ」

 

一度部屋を出た銀鏡は、作っておいた卵粥と薬舗『不卜盧』の薬を持って戻り、刻晴に渡した。

 

「アンタの今日の仕事は飯食って、薬飲んで、寝る。こんだけだ」

 

「仕事……そうね、現場には出れそうにないし。せめて休む連絡が出来れば良かったんだけど」

 

「連絡は俺がした」

 

「───えっ?」

 

あっけらかんと言う銀鏡に、刻晴は一瞬理解が追いつかず目が点になる。

 

「書類も処理してる。アンタみたいに完璧に仕上げてはないから、明日にでも目を通して完成させろよ」

 

「ま、待って待って。冗談でしょう?君は今まで見てただけで、私は仕事を教えてないんだから」

 

「フフン……俺は元宝盗団だ、盗むことに関しては一家言持ってんの。だから他人の仕事を見て盗む程度は余裕ってワケだ……まぁ分かるとこしか埋めてないし、完全に片付けたとは言えないけどな」

 

「───」

 

 かなり無理のある理論を言い放った銀鏡は、呆然とする刻晴にドヤ顔でイキる。なぜなら、彼はめちゃくちゃ頑張ったから。

 

 それはもう大変に頑張った、彼女の仕事場でスケジュールを確認し、今日まわるはずだった現場に走り彼女の休みを伝え、その足でアホみたいな段数の階段を駆け上がって、不卜盧で薬を買って二段飛ばしで階段を下り、家に帰ってミスだけは出ないよう注意しながら爆速で資料を作り上げ、刻晴に食べさせる卵粥を準備する。

 

 今まで生きてきた中でも1、2を争うくらいに頑張った銀鏡は、正直もう今日は泥のように眠りたかった。だが、彼には刻晴が目を覚ました時に言っておくべき事があった。

 

「……そうだ、明日からアンタの飯は俺が作るぞ。アンタの食への関心の薄さが、倒れた要因の一つでもあるんだからな」

 

「ほんと!?いいの?」

 

先程までの覇気のなさは何処へやら、途端に元気になる刻晴に、銀鏡は少し身を引いた。

 

「おい、そんな目を輝かせんな。勘違いすんなよ、食う人間が増えればそれだけ料理を試せるし、そもそも風邪をうつされるのは御免だ!ニコニコするんじゃねぇ、今日みたいな忙しさだって俺はもうお断りだからな!」

 

 銀鏡がキッチンに立つようになって半年、ようやくその腕前を披露してくれる上、まるで倒れた事を心配していたかのような物言いに期待が隠しきれない刻晴。そんな彼女の様子に、言い訳になりきっていない言い訳を早口で並べ立てる銀鏡は逃げるように話を切り上げる。

 

「さっさと薬飲んで横になれ、じゃあ俺は「ねぇ、待って」……まだなんかあんの」

 

「ありがとう、君がいてくれて良かったわ。銀鏡」

 

 まだ完全には気力の戻っていない目、上体を起こし続けるのも楽では無いだろう。それでもしっかりと銀鏡を見据えて、口元に僅かな笑みを浮かべる刻晴は、目の前の少年に素直な感謝を伝えた。

 

 ただそれだけの事に、銀鏡は面食らって一瞬固まった。自分の胸の中に()()()()()()()がトンと落ちると、すぐに自分の体内の血液が上ってくる感覚が分かり、何でもないように装って彼女に背を向け扉へと向かう。

 

「……ハンカチ冷やしてくる。ついでに薬の口直しも持ってきてやるよ」

 

「あら?ふふ、もしかして照れてる?」

 

「寝言は寝て言え」

 

 熱冷ましの効果を失ったハンカチを持って部屋を出る銀鏡は、刻晴に悟られないよう少し離れてから、上がった体温を絞り出す気で長く長く息を吐いた。

 

 落ち着かない心臓を押さえつけて、この家で過ごした半年間を後悔とともに振り返る。何故自分は今、こんなにも刻晴の為に頑張っているのか。

 

(目の良さが命取りか……)

 

 その原因はすぐに分かった。どこが致命的だったという話ではなく、単に銀鏡は刻晴を近くで見すぎたのだ。

 

 もし彼女の思想を延々と説かれていたのなら、銀鏡は未だに皮肉と屁理屈で噛み付いていただろう。もし仕事をずっと振られていたのなら、自分の事で手一杯になり彼女を見る暇も無かっただろう。

 

 だが現実はそうはならず、刻晴は必要以上に自分を語る事無く、ただただ自分がどういう人間かを愚直に行動で示し続けた。

 

 端的に言えば、銀鏡はそんな刻晴に魅せられていた。

 

「なんだよ……また俺の負けなのか」

 

 

 

 

 

 それから一週間が経ち。

 

「う~ん、やっぱり君の料理は多くの人に提供すべきだと思うわ!」

 

「えぇ?アンタが大袈裟に言ってるだけだろ」

 

「そんな事無いわよ、特にこの『エビのポテト包み揚げ』!ほんとにおいしいんだから、私一人で味わうには勿体ない!」

 

「はいはいどうも」

 

 

 

 一か月が経ち。

 

「なぁ、ちょっといいか」

 

「えっ、何?今はスケジュールを組んでるから……」

 

「それだよ、周りと足並みが合わないんだろ?」

 

「そうね、幾ら私が一人で準備をしても現場は思い通りとはいかない……難しいわ」

 

「ならさ、周りにはまだ先の仕事をさせてみたらどうだ?アンタならどうせ追いつけるだろうし」

 

「先の仕事……それ、いいかもしれない。ありがとう、考えてみる!」

 

 

 

 三か月が経ち。

 

「ほい、こっちの資料終わったぞ。次は?」

 

「私も終わりっ、なんとか片付いた……ごめんなさい、こんな時間まで手伝ってもらって」

 

「いいよ、おつかれさん。でも今から晩飯作ってたら少し遅くなるな……」

 

「そうね、今日は外で食べましょう。君も疲れてるでしょ?」

 

「あぁ~、うん疲れた。俺はアンタみたいに仕事はできないし」

 

「なら決まりね、どこに行こうかしら……」

 

「……よかったら万民堂に行かないか?最近気になってるんだ」

 

 

 

 半年が経った。

 

「ごちそうさま、私はそろそろ出るわ。今日は貴方に手伝ってもらう仕事は無いから、好きに過ごしてね」

 

「ん、なら万民堂に顔出すかぁ。最近卯さんに声かけられたし、香菱がまたどっか行ったみたいだからな」

 

「あら、いいわね。お昼なら現場から近かったはず……働いてるとこを見てみたいから顔を出すかも」

 

「なんか恥ずかしいんだけど……まぁいいや。そういうことならまた後で」

 

「ええ。それじゃあ行ってくるわ、銀鏡!」

 

「行ってらっしゃい、刻晴」

 

 

 

 

 

出会ってから一年、銀鏡は刻晴によって立派な好青年になっていた。彼女のハードワークを支え、放っておけばおろそかになりがちな食生活を整える毎日。

 

神にも仙人も頼らない璃月を目指す刻晴の隣で、その理想の終着点を見届ける為に。

 

この一年後に刻晴のもとを去る事になるのを、この時はまだ思いもしないまま。




恋は涙のように、目から発して胸に落ちる──ってね!誰の言葉かは忘れた。

「お前が落ちるんかい!」とか言ってはいけない、刻晴の生活みたらそら惚れる。だって頑張ってるもの。時間的には2年間刻晴と一緒に居て、そのあと1年間モンドで生活って感じになるね。

もう年内更新は絶対無理どころか、次回どちゃくそ難産だと思うので更新日未定です。そろそろ本腰入れて雪山攻略もせにゃならん……つら。

年末年始休み無いしね、会社カレンダーは控えめに言って○んで欲しい。

では皆様、良いお年をお迎えくださいますよう。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。