鹿狩りの料理人 作:ガチャ敗者
「……暇だなぁ」
キッチンに適当な椅子を持ち込み、腰掛けながら自分以外誰も居ない店内を見回すミラー。本日何度目かの宙に溶けて消えるぼやきは、鳴いている閑古鳥にしか届かない。
別に何かあった訳では無い、ただたまたま客が来ない日というだけなのだが、営業時間内である以上勝手に出歩く事もはばかられる。当然モンド城を出て個人的な食材の採集なんて、もってのほかだった。
食料庫の整理、フロアの掃除、備品のチェック……時間を潰せるような事は既にやり終えてしまい、ただただ暇な時間を過ごす。
壁越しに感じる街の活気、それとは対象的な静寂に満ちる鹿狩り。料理中に使う髪留めをポケットに入れて暫く経つが、再び取り出す時は一向に訪れない。
時計に目をやると、意識の方向を定めたせいか秒針の音がやけに大きく聞こえ、規則正しく一定に鳴る退屈さに、思わずあくびを噛み殺す。
「ふぁ……ぁ、これはヤバいかも……」
ここで居眠りをしては、表で働いているサラにあまりに申し訳が立たない。しかし頭では椅子を戻して顔を洗った方が良いと理解しているのに、まぶたの重さがミラーの体を押さえつけて思うように動かなかった。
「───Zzz」
「───はっ!」
飛び起きて時間を確認する、どうやら5分ほど意識が旅立っていたらしい。こちらへ向かってくる気配が無ければ、本格的に夢の世界へ落ちてしまうところだった。
タイミングを合わせたように小窓をノックするのは、『焼けた肌と眼帯が特徴的な男』。ミラーと目が合うや否や、疑問、推測、納得、そして「いいネタを掴んだ」と上機嫌な表情になる。
「あちゃー……こりゃ口封じしないとだなぁ」
何かサービス出来るものはあったか思い起こしつつ、ミラーは来客を迎える為に小窓を開けた。
店内で対峙するミラーとガイア。他に客は居ないため、ミラーはオーダーの『鶏肉と野生キノコの串焼き』をもう1本オマケしてガイアに渡し、そのまま対面の席に座っている。
「お前の作る料理はいつもうまそうだな、こうしてまずは目で味わおうと思えるのは鹿狩りぐらいだ」
「串焼きでそんなこと言われましても」
「シンプルな料理でここまで他と違って見えるのは、お前の腕が確かだってことだろう」
「それはどうも、ならその眼帯外してくれたら2倍おいしいのでは?」
「……ふむ、それも一理あるか。では失礼して」
「えっ!?」
そう言って俯きながら眼帯に手をかけるガイア、思わずガタッと席を鳴らし「いや冗談で」と止めようとするミラーは、彼が『既に手の中に握っている物』を目ざとく見つけた。
「って……騙しましたね?外すフリまでして、いつ仕込んだのやら」
「ほう、まさか見抜かれるとは……俺の手品もキレが落ちたみたいだな」
悪びれる事無く『スペアの眼帯』をポケットに戻し、肩をすくめるガイアにミラーは口を尖らせる。最近になってようやくまともに返せるようになったが、このようなやり取りでガイアから一本取るのは難しそうだ。
「しかし、お前もサボる事があるとは思わなかったぞ。俺が来るまで寝てたんだろう?」
「うぐ……まぁ、はい。後でサラに謝りますよ」
「真面目だな、もう少し力を抜いた方がいいと思うがね」
「俺はガイアさんほど世渡り上手じゃないんで、これくらいで丁度良いんです〜」
「はは、よく言うぜ。お前を取り巻く人間関係は相当上手くやらないと成り立たないぞ?」
「?言ってる意味が分かんないですよ」
「騎士に必要な謙虚さまで備えているとはな。西風騎士団はいつでもお前を歓迎しよう」
「それは前も聞きました、冗談は織り交ぜるくらいにしといた方がいいと思います」
「これは冗談じゃ無いんだが……まぁ今回はこれくらいにしておこう」
閑話休題、ガイアは串焼きを手に「これで酒があればな」と零す。それに対しミラーは「テイクアウトも承ります、お酒はエンジェルズシェアに頼んでください」と懇切丁寧に突っぱねた。少しして、ガイアは食べ終え手元に残った串を弄びながら、唐突に話を切り出す。
「さてミラー、お前さん西風騎士団に来ないか?」
「今回はこれくらいにするのでは?」
「ここから本気で口説こうと思ってな、俺達はお前を求めてるんだ」
ミラーが溜息混じりにお断りしようとした途端、ガイアの手元が閃いた。木製串の切先が風を裂き、刹那の内に殺傷力を持った鋭さがミラーの喉元へ添えられる。
「ガイアさん?」
「……やれやれ、少しは取り乱してくれると可愛げがあるのにな」
口元に笑みを浮かべ串を引っ込めるガイアと、彼の行動の意図を汲み損ね疑問顔のミラー。そこに一触即発のような雰囲気は無く、和やかな歓談風景だった。
「少しお前を探りたくなったんだ、予想より大人しい反応だったよ」
「腹芸でガイアさんに勝てるなんて思ってませんし、俺相手に探りを入れる必要無いでしょ」
「それは俺を信用してくれてるのか?」
「ええまぁ、害意を向けてきたことも無いですし」
「なるほど、傷つけないのが分かってたから対処もしなかったわけだ。ともあれお前に刃を向けたことは謝ろう、すまなかったな」
「じゃあ今日の居眠りはサラ以外に他言無用で」
「ははっ、ちゃっかりしてやがる。オーケーだ」
「ごちそうさん」と席を立ち、出口の方へと向かうガイアを目で追うミラーは、珍しく座ったまま動こうとしない。去っていくガイアの背をじっと見つめ、ドアノブへ手を掛けたところでようやく口を開いた。
「で、本題はなんです?」
「おっと、さっき言っただろ?まぁこうしてフラれちまったが」
「まさか本気じゃないでしょ、俺なんかが西風騎士団に入っても出来ること無いですし」
「それこそ本気じゃないよな?俺と張り合う腕を持っているくせに」
「……はい?人違いですよ、剣術の天才と料理人が同じ土俵に立てるわけ」
「″剣″はな。だがナイフならどうだ?」
一瞬バツが悪そうに顔を顰めるミラーは、これが本題だとすぐに気づく。どうやらガイアは、どこからか仕入れてきたミラーの情報に興味があるようだ。
しかしここで肯定すれば、これから先絶対に面倒なことになるという事も同時に直感していた。瞬きにも満たない時間とは言えガイア相手に動揺を晒した以上、どうせ逃げ切るのは不可能と半ば諦観しながら返事をするミラー。
「俺が使ってるのはナイフじゃなくて包丁、俺の戦場はヒルチャールの集落じゃなくキッチン。以上です」
「仕事の日はそうだろう。仕方ない、勧誘するのはお前が言い逃れできないよう、食材集めをしている時にするか」
「……スライムやヒルチャール達を追い払う程度しか出来ませんって」
「ほう?ヒルチャール″達″、ね。お前の中でヒルチャールとアビスの魔術師は一括りなんだな」
「いやマジでどこまで知ってんだアンタ!?」
ミラーの装っていた平静は容易く崩された。確かにミラーは今までの食材集めのモンド探索で、徘徊する脅威と何度か交戦した事がある。だがその時は近くに誰も居ない事を確認しているし、仮に偶然見られたとしてもアビスの魔術師を相手取ったのはその中でもほんの1、2回。たまたまにしては出来すぎている、とミラーは頭を抱えた。
「ははは、まぁそれは置いといて……真面目な話、いくらお前がやり手でも危険は付き纏う。神の目も持っていないだろ?」
『神の目』、この世界を取り巻く7つの元素に干渉できる、選ばれたものが授かる外付けの魔力機関。確かにミラーはその神の目を所持しておらず、ガイアの言ったことは的を射ている。
「危ないから出歩くのはやめろって話ですか?」
「いや?ただ俺たちを頼ってくれてもいいんじゃないか、ってことさ」
「……なんというか、そういう事ならスッと言ってくださいよ」
ミラーはなんだか肩透かしを喰らった気分になった。いつにも増してやけに勿体ぶる物言いだった為に、ガイアが一体何を言いに来たのかそれなりに頭を回していたと言うのに。
「はぁ……そういう事ならお気持ちは有難く頂戴します。そうですね、危ない所へ行く時には誰かに相談しよっかな」
「あぁ、そうしてくれ」
投げやりな返答だがガイアは満足そうに頷き、「そうだ、お前は近いうちにウチへ来る事になる。恐らくな」と謎の予告を残して今度こそ店を後にした。
一人残ったミラーは長く細く息を吐き、脱力して椅子の背へ凭れ掛かる。去り際のガイアの言葉は内心で「そんな馬鹿な」と一蹴、それよりも考えるのは何故彼が自分の戦闘行為を知っていたのか。
「誰にも見られてないはずなのに、おっかしいなぁ」
「……ま、今悩んでも仕方ないか」
「幸い、どこで学んだかは聞かれなかったし」
鹿狩りを出たガイアは、悟られないように自然な動作で周囲を一瞥し、西風騎士団の方へと歩みを進める。その道すがら思考のリソースを割くのは、先程自分の目が一瞬捉えたあるモノ。
『紫電が造形を得たようなソレ』は、夜の羽に身を包み格調高い気品のようなものを滲ませながら、鹿狩りを向かいの屋上から睥睨していた。
「ミラーにあんな熱烈なファンがついてるとは……まぁアイツなら上手くやるだろう」
「しかし、面白い話が聞けるのは酒場とは限らないな」
「冒険者協会……少し気にしてみるか」
次回はノエル