鹿狩りの料理人   作:ガチャ敗者

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忙しい人って甘やかしたくなるよね。


ノエル

「この前ガイアさんが言ってたのはこの事か……」

 

 ミラーは今、西風騎士団に居た。正確には騎士団内のキッチンだが。

 

 何でも会食の規模が当初の予定より大きくなってしまったらしく、手が足りない為に急遽ミラーに声が掛かったらしい。それ自体は光栄な事だし文句も無いが、ガイアはこの状況を見越していたのだろうと思うと「前来た時にそのまま教えてくれよ」と零さずにはいられない。

 

「はぁ、疲れた。流石にこれは人手要るわな」

 

 ミラーは自分の仕事を思い返して一人で納得する。何せ作業量が多かった、いくら『何でもソツなくこなす万能メイド』でも一度に出来る仕事は限られるだろう。

 

「いや、ノエルなら平気でやりかねないか……めちゃくちゃ手際良かったし」

 

 先程までミラーと共にキッチンで包丁を握っていたノエルは、出来上がった料理を持って行っているのでこの場には居ない。一緒に仕事をしていて「あれ、俺別に居なくてもいいんじゃ」と何度思ったことか。

 

 ともあれ今日やるべき事は完遂したミラーは、覚えている配置通りに食器や食材を片し、髪留めを外しながらキッチンを後にする。会食の邪魔はできない為、裏から出ようとしていた所を駆け足で近づく気配に呼び止められた。

 

「お待ちください!」

 

「ん……おっ、ノエル。会食のサポートはいいのか?」

 

「はい、今回は外してくれと言われまして。代わりにミラー様を労うよう仰せつかりました」

 

「労うって、いいよ別に」

 

「いいえ、そうはいきません!応接室を空けて頂いてますから、こちらへどうぞ」

 

(……あれ?)

 

 自分の想定と違う流れにミラーは小首を傾げた。最近会っていなかったので確固たる認識がある訳では無いが、果たしてノエルはこんな子だっただろうか。

 

 ミラーが疑問符を浮かべている間の沈黙を肯定と受け取ったのか、彼の手を取り軽やかな足取りで応接室へエスコートするノエル。

 

(んん?マジでこんなだったっけ、なんと言うか……少し強引な気が……)

 

 少なくとも、やんわりとは言えもてなしの提案を断った相手に、「それはできない」と返すようなことは無かったはずだ。しれっと握られた手も、恐らく振り解けるだろうが「逃がさない」という強い意志を感じる。

 

 あれよあれよと応接室へ連れ込まれたミラーは、そのまま促されソファへと着席。ノエルはと言うとその真横、ほとんど密着と表現して差し支えない距離感で座った。手こそ離したが再び握るのに何の苦労も必要無いほど近い。

 

「ではミラー様、何なりとお申し付けください」

 

「″では”じゃないが。お前そんなキャラだったか?」

 

 耐えきれずツッコミと疑問を口にするミラーに対し、ノエルはツンと聞こえないふり。そんな反応に益々戸惑うミラーは、このまま黙られてもしょうがないので適当に部屋を見回す。

 

 目の前のローテーブルとそれを挟む上質なソファ、窓から窺える空と月はモンドに夜の帳がおりている事を示し、窓辺に飾られているイグサの花が淡い光を放っていた。

 

「あ〜……そうだ、お仕事お疲れさん。こんな時間まで大変だな」

 

「いえ、どうということはありませんよ。ミラー様こそ、本日はお呼び立てしてしまって申し訳ありません」

 

「や、良い経験になったし気にすんな。俺の事はいいから、今日はもう休んだらどうだ?」

 

「そういう訳にはいきません、今の会食が終われば片付けが残っていますから。それよりも何か私にして欲しい事はありませんか?」

 

「頑張り過ぎだろ……」

 

 呆れ混じりに呟くミラー、本音を言うなら今すぐ自分に構うのをやめて次の仕事まで身体を休めて欲しいが、今日のノエルは素直に聞いてくれそうにない。

 

 何故今日の彼女はこんなに頑固なのか、普通に聞いても答えてくれないのであれば、アプローチの方法を変える必要がある。多少言葉を変えたところで、聞こえないフリをされてしまえばどうしようもない。

 

 ミラーは少し考え、自分の要望を待機するノエルを見て腹を括る事にした。「……こっち来い」と彼女の頭に手を回し、ゆっくり引き寄せて自身の膝に着地させる。世間一般で言うところの膝枕だ。

 

「?……!?こっ、これは少々気恥しいと申しますか、からかっていますか?」

 

「俺だって恥ずいわ……でもお前、ちょっと休め。何でもしてくれるんだろ」

 

 ノエルが身に付けている赤いバラの髪飾りを潰さないように、彼女を寝かせて頭を撫でる。ミラーは内心「訴えられたら負けるなこれ」とある意味ドキドキしているが、現状拒まれていないので暫く続ける事にした。

 

「……またこうやって、私にお返しをさせて貰えないんですね」

 

「お返し?って、あ〜はいはい……そんな事考えてたのか」

 

 ノエルの少しむくれたような呟きに、ミラーはようやく強引な彼女の態度に納得がいった。

 

「そうです。数ヶ月前ミラー様にご教授頂いた時のお礼を、ようやく出来ると思っていたのに……」

 

「はぁ……その気持ちだけで十分って、その時も言ったろ」

 

「それはそうですが、でも……」

 

 ノエルの言う通り3、4ヶ月前、彼女に頼まれたミラーは数回に渡ってノエルに料理を教えた。だがなにも0から指導した訳でなく、元々十分な腕を持っていた彼女に、幾つかアドバイスを贈った程度。

 

 そんな事で礼をされても困ると当時は適当に躱していたが、まさかまだ引き摺っているとは思わず申し訳なさを覚えるミラー。

 

「悪かったよ、ノエル。お前はそういう子だった」

 

「……何だか子供扱いされている気分です」

 

「そんなつもりは無いけど……でもまだ成人してないんだから、別にいいだろ?」

 

「ミラー様も未成年ではないですか」

 

「むっ、俺の方がちょっと年上だし〜、ノエルはいい子だなぁ〜。よしよし」

 

 イイ笑顔を浮かべるミラーに、「ちゃ、茶化さないでください!」と顔を赤くして物申したげなノエルは体を起こそうとするが、「はいダメで〜す」とミラーがそれを優しく制した。ノエルの形勢逆転とは行かず、段々調子に乗ってきたミラーは、彼女に対し常々思っていることを口にする。

 

「まだそのまま、ノエルは頑張りすぎだからな」

 

「そんな、私は別に……」

 

「言うと思った。まぁ目標を持ってるのは知ってるし、止めようって話じゃないさ。ただ、俺相手に力入れなくてもいいぞってだけで」

 

「だから子供扱いするのですか?」

 

「どうせ年が来たら否が応でも大人として見られるんだ、なら今のうちに甘やかされといた方が得だろ?子供のうちに子供扱いされとけ」

 

 ミラーから見てノエルは頼りになる分、甘え下手のような気がしてならなかった。騎士団内や彼女の近しい人の中に、こうして頑張り屋な彼女を甘やかす者がもし居ないのであれば、今くらい自分がそれを務めてもバチは当たらないだろう。

 

「よしよし〜、ノエルはいつも頑張ってて偉いなぁ。どうだ、何かやって欲しいことあるか?お兄さんに何でも言ってみ〜?」

 

 疲れから来る夜テンションもあったのか、楽しくなってきたミラーはニッコニコで畳み掛ける。普段であれば「流石に引かれるか」や「これ以上はウザいか」など引き際を考えて話すミラーだが、そんな理性のブレーキは完全にブッ壊れていた。

 

「おにい、さん……」

 

 そしてノエルもノエルでなんか刺さっていた。

 

 戯れとは言えこれ程までにダダ甘な言葉を掛けられたのは初めてな上、自身の頭を撫で続けるミラーの変わり様に、頭より先に目が回ったノエル。

 

 甘えたいという願望を抱えていた訳では無い、常に己を律し目標までひたむきに邁進する事を後悔したことも無い。ただ、ノエルには『ダメにされる』経験とその耐性が皆無であり、しかもそれを急に過剰に与えられたものだからどうしていいのか、どうしたいのかがまるで分からなかった。

 

「では、もう少しこのままで……」

 

 とうとうこの非現実的な状況に理性的な思考が追いつかなくなり、半ば無意識で呟くノエルは自分が何を言ったかすら曖昧だった。ただ胸中に広がる熱を持った心地良さが脳に感覚の渋滞を起こし、彼女の意識を段々と微睡みに引き込む。

 

 普段は人当たりが良くお節介で話好き、なのに一枚奥の深いところには踏み込まず踏み込ませない。料理を教わった時もノエルに知識や技術(とささやかなお菓子)を渡すだけ渡して、「俺も勉強になった」と言い訳じみた主張で一歩引きどこか淡白さを感じさせるミラー。

 

 そんな彼が今は自分だけをただひたすらに甘やかす、壁なんて微塵も感じない掛け値無しの言葉で、自分を愉しそうに弄ぶ。ノエルにはそれがあまりに現実味が無く、まるで月の光が見せる幻影か、自身の深層が創り出した夢想世界に思えた。

 

(ぅぅ、気持ちいいです……それになんだか変なかんじ……ドキドキするのに、ねむく……)

 

「ん、眠そうだな。適当に起こしてやるから、そのまま寝な」

 

「ふぁぃ……ミラーさん、すこし、おひざを……」

 

「ああ、少しと言わずいくらでも貸してやるよ。だからおやすみ、頑張り屋の可愛いノエル」

 

 

 

 

 

 その言葉を最後に、ノエルは規則正しい穏やかな寝息をたて始めた。少ししてミラーは彼女の頭から手を離し、柔らかい笑みを浮かべたまま窓の外へ目を向ける。

 

(恥っっっっっっっっっっず!!!)

 

 ノエルを起こさないよう声に出す事こそ無かったが、ミラーは先程までの自分のイキった振る舞いを省みて、噴火寸前の羞恥心でプルプル震えていた。しかしこればかりは、ノエルの反応が楽しいあまりつい戯れ過ぎたミラーの自業自得。

 

(何かもう涙滲んできた、顔熱いな……夜風に当たってそのまま溶け去りたい)

 

 結局ノエルは時間通りに自ら目を覚まし、ミラーは仕事の残っている彼女に色々と平謝りして逃げ帰った。騎士団を出て家路につくと冷ややかな風がミラーの思考を冷まし、ため息と共に後悔の言葉を吐き出す。

 

「1、2を争う黒歴史だ……言いふらされたら終わるな俺」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう、ノエル」

 

「ガイア様。何か御用ですか?」

 

「いや?後片付けを任せて大丈夫かと思ってな。少し顔が赤いように見えたもんで」

 

「ご心配には及びません、私は大丈夫ですよ」

 

「そうか、ならミラーと何かあったようだな。随分と慌てて帰っていたのを見かけたが、迫られでもしたか?」

 

「せま……いえ、ミラーさんの名誉の為に、それは否定させていただきます。ただ、何があったかは……」

 

「ふむ、モンドのバラにかけて……か。まぁお前の口の堅さはよく知ってるさ、大丈夫ならすまないが片付けは頼むぞ」

 

「はい、お任せ下さい!───顔、まだ赤いのでしょうか

 

(ミラー()()、ね。やれやれ、ノエルの守りを破るとは中々大した奴だよ。アイツは話すネタに事欠かないな、次に鹿狩りに行く時も楽しい時間になりそうだ)




次回はリサ
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