鹿狩りの料理人   作:ガチャ敗者

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リサさんの魔導書バサッて開くやつ好き(語彙力)


リサ

「雨か……」

 

 休日の朝、ミラーは雨粒の散った窓越しに空を睨んだ。今日のモンドは曇天に覆われ、いつも城内を流れる陽気な風にはまとわりつくような湿り気が混じる。

 

「通り雨でも無さそうだなぁ、食材を集めるのは今度にするかね」

 

 昨夜は少し遠出をするつもりでベッドに入ったのに、起きてみればこの調子で出鼻をくじかれたミラー。僅かではあるが徐々に雨脚が強まっており、待ってどうにかなるものでも無いだろうとため息を零す。

 

 折角の休みを布団の中でダラダラと過ごしたくないタイプである彼は、ひとつ大きく伸びをして意識を切り替える。これからある場所へ向かうべく、手の中で髪留めを弄びながらまずは自分のキッチンに立った。

 

「さーて、本格的に雨が強くなる前にちゃっちゃか始めよう」

 

 ミラーがこれから足を運ぶ場所は、西風騎士団内にある図書室。そして今準備しているのは、『馴染みであるそこの司書』への差し入れだ。

 

 

 

 

 

「何と言うか、災難でしたね」

 

「まったくだわ、お邪魔しちゃってごめんなさいね」

 

「いや、俺から言った事ですし」

 

 ミラーは傘を片手に図書室への道のりを歩いていた。目的地の主であるリサと並んで。

 

 何故二人が一つの傘に入り雨の中歩調を合わせているかと言えば、貸し出し期限を過ぎた本の回収をした帰りで雨に降られ、本を濡らすわけにいかず雨宿りをするリサの前を、ミラーがたまたま通りがかったから。

 

 水濡れ厳禁な荷物を守るべく肩が触れるほどに寄り添い、狭い安全地帯に身を押し込める。そのまま路地を抜けて何とか騎士団まで辿り着き、ミラーは興味深そうに自分たちへ目を向ける見張りに経緯を説明しようとした。しかしリサはそれを「後で言っておくわ」と制し、ミラーに早く図書室へ入るよう促す。

 

 軽く背を押され、言われるがまま図書室へ足を踏み入れるミラー。所狭しと並んだ背の高い本棚に収まる数々の本が彼を出迎え、知識の海から吹く風に乗った紙の匂いが懐かしい。

 

「はぁ……なんか久々だな」

 

「そうよ、わたくしの記憶だと2ヶ月ぶりくらいかしら」

 

「え、そんなに経ってましたっけ。よく憶えてますね」

 

 ノータイムでミラーの前回の訪問を答えながら、彼に新品のタオルを手渡すリサ。彼女は先程の帰路で、自分が全くと言っていいほど濡れていない理由を理解していた。

 

「お姉さんが気付かないとでも思っているの?わたくしに傘を傾けていたせいで、肩が濡れているわよ」

 

「あはは……見抜かれて気遣われるようじゃ俺もまだまだですね。あ、これをどうぞ」

 

 タオルの代わりに、ミラーは家から持ってきていた小包をリサへ預ける。中身は朝作った焼き菓子の詰め合わせで、当然カボチャは使っていない。

 

「今日は一日中ここに居るつもりなので、迷惑料ということで」

 

「もう、またそうやって……迷惑も何も、あなたはこの場所のマナーを知らない人間じゃないでしょ?いっそうるさく走り回るなら、わたくしも遠慮なく受け取れるのに」

 

「本当にそんな事したら、お菓子程度で許してくれないのでは?まぁ、何度か本の場所を聞くと思うので、その時はよろしくお願いします」

 

「それが仕事だから、あなたは気にしないで頂戴。ありがとうね、良ければアフタヌーンティーを一緒にどう?」

 

「リサさんのお誘いですか、乗らない手は無いですね」

 

「あんまり軽口を言ってると、どこかの騎兵隊隊長みたいになるわよ……じゃあ時間になったら声を掛けさせてもらうから」

 

 ヒラヒラと手を振り司書として受付へ向かうリサを横目に、ミラーも今日読む予定の本の探索を開始する。まずは自分で見つけられる物を集めるが、やはりと言うかどうしても見当たらない物もでてくる。

 

 暫く歩き回り探してみるものの、思い付く棚には入っていなかったので貸出中かもしれないと諦め、下層フロアの机に積んだ本から一冊を手に取り着席した。

 

 

 

 

 

(……足音、リサさんか?)

 

 沈潜していた意識を表層まで浮上させ、活字の世界から顔を上げる。視線の先にはミラーが思った通り、リサがこちらを見て少し驚いたような表情を浮かべていた。

 

「随分真剣な顔をしていたから、てっきり気付かないと思っていたのに」

 

「どうかしましたか?あ、もしかしてこの山の中に他の人が探してる本があるとか……」

 

「今日の来客はあなただけよ。そろそろ休憩の時間だから声を掛けに来たの」

 

「もうそんな時間ですか、分かりました。っ、痛って〜

 

 リサと話していて本を見ないまま触っていた為、ミラーはページで人差し指を切った。血がつかないようすぐに本を置いて指先を確かめると、一拍遅れて徐々に鮮血が滲む。

 

「本に噛まれちゃいました、まぁ雑に扱った俺が悪いですね……結構ザックリいってんなぁ」

 

「あら大変、ちょっと見せてみて」

 

「?はい、ここですけど……ハンカチ持ってるから別に」

 

 ミラーが言われた通りに指を見せると、歩み寄るリサは腰を屈め、座ったままの彼の手を取り自分の口を近づけた。

 

「あむっ」

 

「ふぁっ!?」

 

 そしてあろうことか、そのままミラーの人差し指を咥えて血を吸い出し始める。舌を絡ませグッと圧迫される度、彼は自分の指先から血液が抜けていくのを感じ、慌ててリサに呼びかけるが一向にやめる気配はない。

 

「ちょちょちょリサさんストップ、これは何かヤバっいや違う気が!」

 

「ん……む、んっ……」

 

 リサが若干屈むようにして吸い付いている故に、つばの広い帽子のせいでミラーは彼女の表情を窺い知る事が出来ず、視覚情報に思考のリソースを分散できないという危機的状態に陥っていた。

 

 つまるところその分聴覚と触覚が鋭敏になり、時折リサから漏れる悩ましい吐息とか彼女の口内の温かさとか圧迫する時の舌遣いとかが大変よく分かった。

 

「ふあ……もういいでしょう」

 

 ようやくリサはミラーの指を解放し、いつも浮かべる微笑みのまま再び立ち上がる。ほんの1、2分の事がミラーにとってはひどく長い時間に思え、暴れる鼓動を押さえつけながら患部を見ると、室内照明で照らされる濡れた指先の傷口は若干の赤みを帯びるだけ。

 

「あんまりからかわないでくださいよ……」

 

「うふふ、ごちそうさま……なんてね。血の汚れは落ちにくいんだから、ハンカチは使わない方がいいわ」

 

「だからってこんな……いや、処置ありがとうございます」

 

「どういたしまして。早く洗っていらっしゃい、アフタヌーンティーの時間よ」

 

 余裕ある振る舞いを崩さないリサは、一足先に上層フロアへ上がって行った。残されたミラーは「うーん、強いなぁ」と一人零しつつ彼女に続いて階段を上り、手を洗いに図書室を出た。

 

 

 

 

 

 その後、図書室へ戻ったミラーはリサと共に、菓子と紅茶の香りが彩る安らかな時間を過ごす。その中の話の流れで、話題はミラーに関するものとなった。

 

「雨はいいわね、外に出なくていいし読書に集中できるわ」

 

「分かります。雨音が耳に心地いいんですよねー」

 

「ええ。……あら、前にもこんな話をしたような」

 

「あ、そういえばしたかもです」

 

「ふむ、お姉さんの勘違いじゃなければ……あなたは雨の日だけここに来ているのかしら?」

 

「そうですね。晴れていれば外で体を動かすんですが、雨の日は読書って決めてますよ」

 

 それはミラーの昔からの習慣だった。晴耕雨読では無いが、雨の日に本を読み得た知識を晴れの日に外で実践する。そうする事で有限な時間を有効に活用でき、自らを成長させる糧となる。

 

 そう話すミラーの顔は何故か少し苦かったが、リサは特に追求すること無く相槌を打って「ああ、そうなのね〜」と頬杖をついた。

 

「とても立派だけど、お姉さん残念だわ。あなたと居るのは楽しいのに、雨が降らないとこうして一緒にお話が出来ないなんて」

 

「またそうやってすぐからかうんですから……鹿狩りに来てくれたら何時でも会えますよ?」

 

「ふふ、わたくしが出不精なのを知っているくせに。でもそうね……あなたに会えるなら外に出るのも悪くないわね」

 

「あはは、流石にそこまで自惚れてません。その手は食わない、ですよ」

 

「あら?別に冗談を言ったつもりは無いけれど」

 

「……はいっ、俺で遊ぶのはここまで。そろそろ読書に戻ります、ごちそうさまでした」

 

 何と反応していいか分からなくなり、少々強引にお茶会をお開きにするミラー。口に手を当てクスクス笑うリサは、名残惜しさを感じつつも彼と一緒に上機嫌で席を立った。

 

 窓から見えるモンドは依然として雨に濡れており、朝と比べかなり雨脚が強くなっている。二人の見解は「今日は止みそうにない」で一致し、リサは目をこすりながらあくびを一つ。

 

「ふぁ、ん……今日は誰もこないだろうし、気分もいいからわたくしは少し眠ろうかしら」

 

「あぁ、分かりました。誰か来たら起こしますよ」

 

「本当?ならお願いするわ〜」

 

「ごゆっくり……あ、そうだ!すみませんリサさん」

 

「ん?どうしたの?」

 

 ある事を思い出したミラーは、これから夢の世界へ旅立たんとするリサを呼び止めた。用件は探している何点かの書籍について、書名を伝えると彼女は顎に手を当てて記憶を掘り起こす。

 

「ふむ、あなたが探した場所は……なるほど。そこに無いとなると、向こうの壁の棚かもしれないわ。ただ1冊はもしかしたら貸出中かも……ちょっと待ってね」

 

 リサは司書机から貸出履歴の台帳を取り出し、ミラーはそれを覗き込まないように少し離れて待機する。すると、今度はリサが思い出したかのようにミラーへ話を振った。

 

「そういえば、あなたが下の机に積んでいる本。随分と多分野だったけど、全部読むの?」

 

「ええまあ、結構何でも読む方ですかね」

 

「小説や伝記はともかく、専門書や絵本まで?」

 

「面白いですよ?絵本は考えさせられる事も多いですし」

 

「うふふ、そう……あなたは考えて本を読める人なのね」

 

 どこか嬉しげに言葉を返すリサは、貸出履歴から目当ての本を見つけたようで手を止める。そして残念そうにその事実を告げるが、その声色は段々と冷ややかなものになっていった。

 

「あぁ、やっぱり貸出中、みたいね。ごめんなさい───はぁ……」

 

(っ!?あ〜、これは怒ってる……肌が痺れてきた。雷元素を扱う人って、怒るとホントにピリつくんだよなぁ)

 

 ミラーは己の経験則で、リサが静かにキレているのを感知。いつも理性的で余裕を持つ彼女が、頭にくる事と言えばやはり「貸し出し期間内に本が返却されていない」あたりだろう。

 

「いやいや、それなら仕方ないですし。また来るのでその時にでも」

 

「ん……そうね、それを口実にわたくしに会いに来てくれてもいいのよ?」

 

「ええ、そのつもりです」

 

 怒りというものは攻撃性を増長させ、その代わりに精神的な防御力を低下させる。リサは現在少々頭にきており、そんな状態の彼女に差し込んだミラーの返答はいつも以上に刺さったようだ。

 

 帽子の下で目をぱちくり、僅かではあるが頬を赤らめ、リサは珍しく動揺したような素振りを見せた。

 

「っ、へぇ?お姉さん、不覚にもちょっとドキッとしちゃったわ」

 

「お、マジですか。ようやく一本って感じですね」

 

「ふふ、なんだか悔しい。あなたってば存外油断ならないんだから」

 

 なんとか和やかなムードに戻し、ミラーは内心でほっとひと息ついた。それからは当初の予定通り、読書と午睡に分かれて雨降る午後を過ごす。

 

 時計の針は進み、ミラーが積んでいた本を全て読み終えると、モンドは既に月が浮かびそろそろお暇する時間となっていた。取った本を元の棚に戻し、帰り支度をする最中でタオルを返し忘れていた事に気付いた彼は、司書机で貸し出し履歴に目を落とすリサに声をかける。

 

「そろそろ帰ります。タオルありがとうございました」

 

「タオル?ああ、別にそれくらい構わないのに……こちらこそお菓子ごちそうさま、気を付けてね。またいらっしゃい」

 

「はい。では失礼します、リサさん」

 

 リサへの挨拶を済ませ騎士団を出ると、ミラーは雨の上がったモンド城の路地を一人歩く。行きと違って一人分しか鳴らない靴音に少しばかりの寂しさを感じながら、「たまには晴れてる時にも顔を出すかな」と休日のプランを見直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 膝の上で返してもらったタオルをこね、リサはボーッと今しがた出て行った来客を思い浮かべる。

 

(指を吸うのはちょっとやりすぎたかもしれないわね、反省しないと)

 

(それにしても……はぁ、わたくしの助手になってくれないかしら)

 

(本を大事にするし、根は真面目で律儀だし、知識も教養も申し分無い)

 

(からかい甲斐があって面白い子だけど、時々驚くような事を口にする)

 

(今思えば、怒っているわたくしへの言葉も気を遣ったのね……あとはなにかしら、料理の腕は言わずもがな価値観も結構合うと)

 

「──って、後半は助手に求める要素じゃなくなってるわね〜」

 

 何となく気恥ずかしくなり、リサは誰も居ない図書室で帽子を深く被り直した。

 

「次はいつ来るのかしら……ミラー君」




次回はバーバラ
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