鹿狩りの料理人 作:ガチャ敗者
「ぐ〜〜っ、あぁ……これで終わりっと」
鹿狩りの裏口で大きく伸びをして、退店時のチェックリストと鍵をバッグにしまうミラー。今は夜、営業時間を過ぎた鹿狩りの閉店作業を終え、今から家路に着くところだ。
(最近冷えてきたなぁ……もう一つ厚手のヤツに変えるか)
ミラーのボヤきを攫った風は確かに冷たく、若干の冷気が上着の布地越しに肌を刺す。寒さで震えるほどでは無いが、明日からは少々厚手のコートでも問題は無さそうだと思った。
(晩飯は何か暖まるモンにしよっと。ま、そろそろ帰り……ぁ?)
家にある食材で夕食のメニューを組み立てながら、暗い路地へ一歩踏み出したところで鹿狩りを挟んだ反対、店の正面に何者かの気配をミラーは感じ取った。サラが忘れ物でも取りに帰って来たのならいいが、退店前にそんな物が無いのは確認済み。
そっとバッグを裏口に置き、携帯している刃渡り5cmも無い小型ナイフを抜く。いざと言う時の為に、光を反射して目立つ事が無いよう加工してある黒刃を、ミラーは自身の袖口に忍ばせた。
動作音を限りなく抑え、ゆっくりと店の側面を通り正面へ向かう。まだ気配の主がミラーに勘づいた素振りは無く、慎重に近付くと徐々に人影の輪郭と独り言のようなものが聞こえてきた。
「やっぱり閉まってるよね〜……はぁ、どうしよう」
(……………脅かすなよ)
殺していた息と気配を戻し、人知れず安堵の息を漏らしながら仕込んでいた小型ナイフをポケットに仕舞う。視線の先には何も警戒する必要のない常連客が、肩を落として何やら困っている様子。
影から出てミラーがその名を呼ぶと、「うわぁ!で、でた!」と飛び上がり高速で祈りの言葉を唱え出す。その正体は、西風教会の祈祷牧師にして正真正銘モンドの人気者バーバラだった。
「出とらんわ!よく見ろ俺だ、お前の知った顔だろ」
「不義に立ち向かう勇気を授けたまえ……えっ?」
「よっ、こんばんはバーバラ」
「こ……こんばんは、ミラー?」
「おう、んでどうした「脅かさないでよ!」なはは、悪い悪い」
『湿潤』した眼でバーバラはミラーに物申すが、彼は軽く躱し改めて用件を聞く。何故こんな時間に鹿狩りを訪ねてきたのかという問いにバーバラが口を開きかけるが、その前に彼女のお腹が簡単に伝えてくれた。
「あー、なるほど?飯食い損ねたのか」
「うぅ、そうなの。ていうかお腹の音聞かないで……」
なんでも夕食前に大ケガをした急患がバーバラの元に運ばれてきたらしく、その人はひとまず何とかなり後は安静に、というくらいまで落ち着いたようだ。神の目を通じた水元素の力で人を癒す事の出来るバーバラは、いつも人々の笑顔の為に頑張っているのをモンドの人間なら誰もが知っている。
当然ミラーもその例に漏れず、そんな彼女が今こうして目の前で困窮しているのは放っておけない。しかも人一倍お節介な彼はなおの事で、顎に手を当て暫し考え込みどうにかしてやれないか頭を回した。
「うーむ、すまんが店を開けるのは無理だし……バーとか」
「だよね、はぁ……スパイシーフィッシュぅ」
(スパイシー?あっ)
バーバラのちょっと情けない鳴き声(?)がミラーの耳に届き、ある提案が頭をよぎる。がしかし、それはあまりにも言い出しにくかった。
「ミラー、どうしたの?」
(めっっっちゃ言いにくい、どうしよう)
逡巡が表に出たのか、悩むミラーを気遣うように心配そうな声色で歩み寄ってくるバーバラ。タイミングがいいのか悪いのか、またもや「くぅ」と彼女のお腹が空腹を訴えてくる。暗くてよく見えないはずなのに、バーバラが涙目で顔を真っ赤にしながらプルプルしているのが、ミラーはわりかしはっきりわかってしまった。
「二度も聞かれた二度も聞かれた、何で今日はこんなにツイてないんだろう……」
「あー、その、バーバラさんや」
「うぅ……なんでございましょう」
「嫌なら断って、つかマジで断った方がいいとは思うんだが」
「?うん」
「えっとだな、食材がウチにあるから家に来る……か?」
「───ミラーの家」
バーバラは凍結した。それに対しミラーは「そりゃそんな反応もするわな」とある意味納得する。「部屋に来たら飯やるよ(意訳)」、受け取り方によっては通報されても仕方ない提案だ。
僅かな沈黙に耐えきれなくなり、ミラーは自身の発言を取り消すべく再び口を開いたが、そのタイミングはバーバラとモロに被った。
「やっぱこの件は無「行きたい」ゑ?正気?」
「ミラーの部屋、見てみたい!」
「……あ、そう」
こうして鹿狩りの料理人は、モンドのアイドルと共に自宅で晩餐の時間を過ごすことになった。店の裏に置いていたバッグを回収し、変な動悸を覚えながら夜のモンド城を歩く。
「全然他意は無いけど上着貸すからフード被っててくんね?誰かに見られたら俺刺されそうな気がする」
「さっきから顔色悪いのそのせい!?」
割と本気の焦りが伝わったのか、バーバラは素直にミラーの言う通りにしてくれた。変なところで妙に過敏なミラー、アイドルという言葉がまだ一般化していないこのご時世でスキャンダル回避は光るものがあった。
「適当に待っててくれ」
「うん、ありがとう!……ところで自室は「座って待ってて下さい」むぅ、はーい」
ミラーにとっては幸運な事に誰とも遭遇すること無く、無事五体満足で家に辿り着いた。彼はバーバラをリビングに案内し、髪留めで前髪を留めつつ不穏な動きをする彼女に釘を刺す。
バーバラが不承不承といった感じで着席したのを確認してから、ミラーはお望みの『鹿狩りスパイシーフィッシュ』に取り掛かった。
「ターンタララーンランタララーンラン〜♪」
(……ご機嫌だなぁ)
キッチンに届くバーバラの鼻歌をBGMに、ミラーは手早く調理を進める。時々バレないように様子を窺うと、ノリのいいメロディを口ずさんだままキョロキョロと部屋を見回しており、その目には興味の輝きが見え隠れしていた。
(そんな面白いモンも無いってのに……さっさと持って行くか)
「出来たぞー、並べるから机空けてくれ」
「あ、じゃあ何か手伝うよ!」
「サンキュ、ならそこにコップがあるから適当に飲み物頼む」
「オッケー!バーバラ、
「フッw、力抜けるからやめて?」
「な、なんで?笑うところじゃないでしょ!?」
「いや、フフンwなんか……そんな元気に茶の準備されると面白い」
思わぬところでミラーが若干ツボり、頬を膨らませてプリプリと抗議するバーバラ。そんな彼女がヘソを曲げないうちに軽く謝り、二人は揃って席に着く。食欲を刺激する香辛料の香りが食卓を包み、早速いただきます……とはいかなかった。
その前にバーバラは目を閉じて自身の手を組み、静かに食材への感謝の言葉を紡ぐ。今から頂くのは風神の風が育んだモンドの恵み、西風教会の祈祷牧師としてこの工程を疎かにする訳にはいかない。
一方のミラーはと言えば、彼もまた手を組み寸分違わぬ一連の言葉をバーバラと合わせた。まさか重ねてくると思っていなかったのか、彼女は少しばかり驚きがあったようだが、言葉を途切れさせる事無く唱え終える。
「……びっくりした、もしかしてミラーもご飯を食べる前にお祈りしてるの?」
「悪いがそんなに敬虔じゃないな。鹿狩りに来た時お前がやってるのを聞いて憶えただけで、ただの見様見真似だから……しない方が良かったかもしれん」
「ううん、付き合ってくれてありがとう。それに私はミラーが、ちゃんと食材を大事にしてるのを知ってるから」
「はは、それはどーも。んじゃ冷めないうちにどうぞ」
「そうだね!私もうお腹ペコペコだよー」
「存じ上げております」
「なら言わなくていいの!はぁ〜、鹿狩りのスパイシーフィッシュだ……いただきます!」
待ち望んだ実食タイムの前では、ミラーの茶々もへっちゃらなバーバラ。一口食べれば口の中でピリ辛の味付けが淡白な魚の旨みをグッと引き出し、湖と山の調和が存分に感じられる。
「美味しい〜、今日食べられて良かった〜!」
「バーは全然乗り気じゃなかったもんな」
「うん……どこもいいお店なんだけど、やっぱり私はコレがいい。モンドで辛い料理が一番上手なのはミラーじゃないかな?」
「さぁ、どうだか」
ミラーも自分の夕飯に手をつける。味覚に届く刺激はあまりモンドらしくなく、少なくとも『エンジェルズシェア』や『キャッツテール』では味わえないだろう。
「“璃月”にはこんな料理が沢山あるんだよね!」
「───あるよ。多分」
「山も背が高くて壮観みたいだし、一度は見に行ってみたいな〜!」
目を輝かせて岩神の国を語るバーバラに、ミラーは簡単な相槌を返し着々と空腹を満たす。特に料理の出来には何も言わず、先に食べ終えたミラーは腰を上げた。
「コーヒー……いや苦いの嫌いだったよな、紅茶淹れてくる。ゆっくり食っててくれ」
「えっ?あ、うん」
足早にキッチンへ戻り2つのティーカップを取り出すミラーは、リビングのバーバラに聞こえないようこっそりと溜め息を零し、先程までの自分の態度を省みて軽い自己嫌悪に。作業の手際に淀みは無いが、適当にでも合わせるべきだったかと反省する。
「ん……お待たせ、砂糖は欲望の数だけ好きに入れな」
「そう言われると途端に入れにくいんだけど……う〜〜〜ん、2つくらいにしようっと」
ミラーが戻ると皿の上は綺麗に片付いており、バーバラは満足げに彼の帰りを待っていた。ソーサーに乗せた二人分のティーカップをテーブルに置き、小瓶に入った角砂糖を軽口と共に彼女の前に差し出すと、葛藤した末に2つをカップの底へ沈めた。
「そうだ、ミラーは今も城外で食材集めをしてるの?」
「勿論、晴れの休みは外に出てるぞ」
「ふーん」
あっけらかんと答えるミラーに、バーバラは何か物申したそうな目を向ける。カップを両手で包み温かな香りと糖分で少し間を置く少女に、ミラーはジトっとした眼差しで続きを促した。
「なんだよ、言いたい事あるなら言ってくれ。ヒント少なくて察しもつかねーって」
「……いつになったら公演に来てくれるの?」
「う″っ、あー……予定が会ったら近いうちに「ダ・ウ・ト」嘘じゃない、行きたいとは思うけど、なぁ……」
「むぅ〜〜〜!……私のこと嫌い?」
「好きですが?」
「しゅ!?じ、じゃあなんで、な〜ん〜で〜来てくれないのっ」
指で突っつきたくなるほど頬を膨らませて「私不満ですっ」とでも言いたげにむくれるバーバラ。煮え切らないミラーの態度にご立腹の彼女は、飲み終えたカップのふちを指でなぞりながら詰問する。
若干上気した顔を悟られないよう、バーバラがそっぽを向いているが恥ずかしいのはミラーも同じ。丁寧口調で少し誤魔化したものの、軟化しすぎた雰囲気に「これならコーヒーの方が良かった」と謎な後悔の念を抱いた。
「ほら、バーバラの公演って人気じゃん?」
「見たことないでしょ」
「いやあるある!見てみたいなと思って行ったことあるんだよ!ただその、観客の熱気がなんつーか……別世界過ぎて、ちょっとついていけそうにないな、と」
「あっ、あー……ナル、ホド」
甘い空気は何処へやら、お互いそれ以上何も言えずお通夜ムードに早変わり。観客のマナーが悪いという訳ではなく、バーバラの公演は大変盛況で通りがかった人が「あれ今日収穫祭だっけ」と勘違いする程盛り上がる事もある。
見る者を癒し、また熱狂させるのはひとえにバーバラの魅力が成せる技。それは素晴らしい事だが、ごく一部の熱狂的過ぎる観客は本当に凄かった。ミラーが今日家に帰るまで彼女の隣でビクビクしていたのも、その人達の「( 'ω')ウオオオオオオオイアウオオオオオオオ!!!!!」を一度目にしているからである。
「あぁーうんまぁあれだ!俺も陰ながら応援してるから!」
「エッアッそ、そうだね!バーバラこれからも頑張る!」
「時間も時間だし、そろそろお開きにするか!」
「うん、ごちそうさま!お代はいくらかな!?」
お互いかける言葉を見失い、光量を間違えた輝かんばかりの笑顔で席を立つ。お別れくらいは明るくしようという思いが空回りし、変なテンションを引きずったままバーバラは財布を取り出した。
「え、モラはいいよ」
テンションは戻った。
「……いや、それはちょっと、流石に気が引けるよ」
「んー、あっそうだ。モンドの今を輝くアイドルの鼻歌を独り占めできた、これ以上の贅沢は無いだろ?」
今度はフォロー全開のスマイルと違い、どこか誇らしげに胸を張るミラー。「ほら財布しまって、忘れ物すんなよ」と導かれるまま、バーバラは帰宅準備を進めるが「うん……」「わかった……」と心ここに在らずな返事しか返さない。
「──なら、もうちょっと欲張って独占してくれても──」
「……ん、なんか言った?」
「なーんでーもなーいよー、今日はありがとうミラー」
「あ、上着渡すのでフードお願いしますバーバラさんあと今日のことはできれば他言無用で……」
「はいはい、仕方ないなぁ。じゃあ私たちだけの秘密の時間にしておくね!
「や、どうせ明日からコートにしようと思ってたから、返さなくていいぞ。手間取らせるかもだけど邪魔なら捨ててくれ」
震えながら懇願するミラーに苦笑しつつ、バーバラは彼の上着に袖を通してフードを被る。これならパッと見でバーバラだとバレる事は無いだろう。ミラーの安眠は約束された。
「またね、おやすみ。ミラー」
「あぁ、気をつけてな。おやすみバーバラ」
小さく手を振り別れを告げ、扉の向こうで足音と気配が離れていくのが分かると、ミラーはつけたままだった髪留めを外して一人呟く。
「──これ以上独占したら、俺マジでファンに袋叩きにされるわ」
(……ミラーの匂いがする。思わぬお土産を貰っちゃった)
(ちょっと大きいけど、お姉ちゃんみたいに背が高くなればピッタリになるかな)
(もしそうなったら、見せたらどういう反応をするんだろう……『いつまで持ってんだ恥ずかしい!』とか?)
(きっと照れるだろうけど、それでも笑顔はみせてくれる気がする。ふふ、今からちょっと楽しみだな)
「……ターンタララーンランタララーンラン~♪」
次回は旅人