そんな馬鹿な。
「2番目の項目、ターニャが許可した場合は除くに変更してあるから、これ署名してね。持って帰るから」
「ん…わかった…」
あたしが差し出した書類に自分の名前を書き、ナズナはまた突っ伏してしまった。
「ナズナ、寝るならベッドで…」
「シャルがいないベッドで寝る気にならん…」
全くこの人は。
甘えんのもいい加減にしなさいよ。
「あと半年の辛抱でしょう? それに、あたし陛下から魔王討伐の褒賞貰ってないの。貴方との婚約を褒賞にしてもらうつもりなのに。貴方が体を壊したら元も子もないと思わない?」
ナズナは上半身を起こし、椅子の背もたれに後頭部を乗せた。
「…ターニャはどこまで許可した?」
「抱き合うのと、手を繋ぐまでは許すって」
まぁ妥当だよな、と彼は苦笑した。
「今までが許されてたんだ。俺も浮かれまくっていた。すまなかった、シャル。今後は、そういうのは控える」
「…抱き合うのはいいって。ターニャ言ってたもん…」
薄暗い部屋の中だからだろうか。
ナズナの言葉と態度が、拒絶を示している感覚に陥った。
「あたしだって、寂しいもん。でも、まだ婚約者じゃないから、そういうのダメだって…」
「シャル…」
ナズナは立ち上がり、あたしを抱きしめてくれる。
頭を撫でてくれる彼の背中に、手を回した。
「辛いな、シャル。悩ませてしまってすまない」
「お互いの、身分が…低かったら。周りの目を気にせず、貴方とずっと一緒に、いられるのに…っ!!」
涙が溢れてしまう。
泣いたら彼が困ってしまうのがわかっているのに、止まらない。
「あぁ、それも良いな。俺も、この地位を捨てられたらどんなに良いだろうかと、考えた事はあるよ。やっぱり、似た者同士だな俺達は」
「ナズナ…」
彼の抱きしめる力が強くなる。
離れたくないと、言われているような気がした。
「周りから見たら、滑稽に映るのでしょうね。あたし達は」
「あぁ、滑稽だろうな。俺達の恋は。だからなんだという話だが。この念書、守ってみせるさ。お前との将来とのためにな」
ナズナはあたしから離れ、跪くと手の甲にキスをしてきた。
「社交での挨拶だ、過剰ではないだろう?」
「そうね」
クスクス笑っていると、ナズナの表情も綻んでいる。
あたしが泣いていたのが、心配だったのだろう。
本当に優しい人だ。
「シャル、すまない。昨夜から風呂に入っていなかった。汗臭かっただろう? 少し待っててくれ、すぐ入ってくる」
「…今度はあたしが扉の前で待ってるわ。貴方、過労死しそうな働き方するんだもの。お風呂の中で溺れそうだわ」
シャワーだけ浴びてくると言って、彼は部屋に備え付けのお風呂場に行ってしまう。
手持ち無沙汰になってしまったので、あたしは部屋のカーテンを開けた。
それから窓を開け、陰気な空気を入れ替える。
ベッドはナズナが一切使ってないため、綺麗なまま。
ソファーに腰掛け、背もたれに頭を乗せる。
早く喪が明けないだろうかと、どうしようもない事を願ってしまった。
暫くして、ナズナがお風呂場から戻ってくる。
ちゃんと髪を拭いていないのか、ポツリポツリと服に水滴が滴っていた。
「ナズナ、今の気候考えて」
「あぁ。すまん、シャル」
バスタオルを奪い、ナズナの頭を乾かす。
手がかかる、と思う反面、可愛いとも思ってしまう。
というか、これナズナに罰則はあるけど、あたしにはないのよね。
あたしから触れる分には大丈夫…なわけないか。
「シャル、もういいぞ」
言われてバスタオルを畳んで洗濯物かごに放り込む。
あとでメイドさんが来て、回収していくのだ。
「シャル、話す事がある。向かいに座ってくれるか?」
ナズナの真剣な顔に、あたしは言われるがまま向かいのソファーに腰を下ろした。
というか、話す事ってなんだろう。
まさか、まだ喪も明けていないのに婚約者が決まったとか?
え、嘘。
側妃扱いになる?
あたし。
あたしの百面相に、ナズナが困った顔をした。
「お前、少し悲観的すぎないか? なんでそんなに自分に自信がないんだ」
「いや、元々は平民ですし? 異世界から転生してきたって言ったって、信じてくれる人って貴方か、同じ境遇の人だけだし? そんな真剣な顔されたら悲観的にもなるでしょうよ」
顔を覆って嘆きながら俯く。
彼が立ち上がり、あたしの隣に座った。
「何を考えていたかは知らんが、前も言っただろう? 俺の妃はお前だけだって。もし親父が何か縁談を持って来たとしても、突っぱねてやる。だから安心してくれ、シャルロット」
肩を抱かれ、そう諭される。
「…うん。で、話って?」
「魔王が出現した時、王家との因縁の話をしたのは覚えているか?」
確か、宮塚があたしを探して村を焼き払っていた時ね。
あたしは彼の言葉に頷いた。
「名前は、ハイクロッカス・ド・ヴァンデルゼンセン。当時の王の側近で、魔術師だったらしい。当時の王妃に懸想していたらしいが、詳しい記録は残っていない。そいつは、王と王妃を巡って対立し、結果反逆者として討伐されたと聞いている。死ぬ間際、自分に蘇りの術をかけた。それで、100年周期で復活する、という話なんだ」
100話行きましたー