記憶がないので、答えようがない。
首を傾げて、苦笑いをするしかなかった。
「あぁ、ごめんなさい。記憶がないからわからないのよね。軽率だったわ」
「いえ。でもどうして、そう思ったのか聞いても良いですか?」
レイラさんは、あたしが書いた字を指差す。
「字がね、とても綺麗なの。平民の子達の中には字が書けなかったり、読めなかったりする子が多いのよ。ここはそういう子達の学習の場なの。書けても字が汚かったり、綴りを間違えていたりするんだけど…そういえば貴女、オリヴィエから聞いたけど陛下達の前でカーテシーしたんですって? それも見せてもらえない?」
「別に良いですけど」
椅子から立ち上がり、レイラさんに向かいカーテシーをしてみせる。
彼女は驚いたようで、固まってしまった。
「完璧だわ…礼儀作法は、教えなくても良さそうね…」
「ありがとうございます」
色々なことを知っていて、礼儀作法も教えられるという事は、レイラさんこそ貴族令嬢という事ではないのだろうか?
本当にここの親衛隊って、どういう経緯で集まった集団なんだ?
「なら、世界史の方をやりましょうか。王歴以前、数千年前ね。大陸は三つしかなかったの。今は複数に分かれていて、うちの国はこの大陸の南側ね」
黒板の半分を埋め尽くすほどの世界地図。
その下の方の大陸を、レイラさんは指差した。
大陸というか、大きい島といった方が差し支えないかもしれない。
「閉鎖を行っていたミキシム、リューネの始祖が住んでいたエデン、魔族や魔物が棲息している暗黒大陸。まぁ、だいたいこんな感じかしら?」
黒板の空いているスペースに、レイラさんは大陸を書いていく。
エデンから分たれたのがリューネを含む大陸というわけか。
「紀元前10世紀、エデンに聖女様が現れたの。黒髪黒目と伝えられているわ。お名前の方は失われてしまったけれど、とても強く美しく、大剣を携え世界を平和に導いたそうよ」
大剣を掲げる聖女様って…そんなのアリなの?
すごい違和感しか無いのだけど。
あたしが知ってる、というか、自分と自分に関係する事柄以外は思い出せる事に気付く。
聖女といえば、有名どころだとジャンヌダルクだろうか?
それとも、聖母マリア?
「レイラさん、世界を平和にって仰いましたけど、その時代は戦国時代だったんですか?」
「暗黒大陸から魔物が襲来していたそうよ。それを聖女様が打ち倒し、暗黒大陸にいた魔王も倒した、との逸話が残っているわ」
武闘派の聖女様か。
聖母より、オルレアンの乙女の方がイメージしやすい。
午前は世界史に費やし、お昼の時間になったのであたし達は食堂に向かった。
◆◆◆
「貴女、食事の所作も綺麗ね…」
一緒に食事をしているレイラさんから、そんな感想をいただく。
マジマジ見られると食べづらい事この上無いのだが。
「…そうでしょうか?」
「ナイフとフォークの扱いがキチンと出来るなんて、ちゃんと習わないと出来ない事よ。うーん…隊長に言って、調べてもらった方がいいかしら…」
調べた所で、あたしの出自なんて分かるわけがない。
だって神にあの空間から落とされて此処にいるのだから。
「レイラさんも、所作が綺麗じゃないですか。なんで親衛隊に入ろうと思ったんですか?」
「お給料が良かったから、かしら?」
それだけの理由で?
あたしのジト目に、レイラさんは苦笑する。
「学校に行って、戦闘の成績が良かった者は希望すれば王族親衛隊に入隊出来るの。城に勤めるという事は、それなりにお給金が出るでしょう? そのお金で領地を支えたり、家族を養ったりする子もいる。平民でもお金を積めば学校に入れるし、それで親衛隊に入れればそのお金は戻ってくる。勿論、血反吐を吐くような努力の上に成り立っているものだけれど」
手でパンをちぎり、口に運ぶ。
王族のご飯を作っている料理人達だからか、親衛隊のご飯も少しばかり豪華だ。
勿論、王族の人たちに比べて質素ではあるけれど。
「それに、陛下の妾になってしまえば、その限りではないけれど」
「…そんな人達が、いたんですか?」
あたしの問いかけに、レイラさんは肩をすくめる。
「私が入る前にいた、という噂は聞いた事があるけど、真偽の程は定かじゃないわ。陛下に逆らえるわけもないし…唯一逆らったのは隊長だけって噂だけど本当かしらね?」
クスクス、とレイラさんは笑う。
笑い事じゃないと思うのはあたしだけだろうか?
ちょうど食事を終える辺りで、ナズナが食堂に来た。
一体何しに来たんだと思った瞬間、彼はあたしを見つけるなり傍に寄り、頭を撫でてくる。
「…殿下、何の用ですか」
「朝からシャルが見えなかったもんでな。俺も俺で忙しいから、癒されに来た」
どういう理屈だそれは。
というか、あたしが勉強する事はニーナさんから聞いているはずだ。
見えなかったじゃない。
「やめてくださいませんか? 髪が乱れますので」
「そうか、すまん」
言えばすぐやめてくれるんだけど、真面目な顔して何してくれてんだこの王子は。