カヅキは頭が痛そうに手を当てているし、ユウリさんはニコニコ笑って状況を見ている。
「殿下! 食事時に何を…っ!!」
「普段はナズナと呼んでいるじゃないか、シャル」
あたしの手を取り、手の甲にキスを落とす彼を見て、顔が真っ赤になるのを感じた。
カヅキは舌打ちして、ナズナに注意する。
「ナズナ、ナツキも言ったが食事時だ。あと、次ナツキにんな事しようものなら、その舌切り落とすぞ」
「愛情表現をして何が悪い。それに、俺を傷つけようものなら、シャルに嫌われる事を覚悟の上で言っているのか? あの時も、シャルに嫌いになると言われて怯んだじゃないか」
いつの話をしていると、カヅキはナズナを睨む。
険悪な雰囲気になってしまったのを見たあたしは、食堂の隅にピアノが置いてある事に気付いた。
「カ、カヅキ! あれ、あれ調律してあるの?」
「あ、あぁ。私も練習で使っているしな」
あたしの剣幕に彼女は少し驚いたようで、素直に質問に答えてくれる。
ナズナもあたしの様子に、手を離してくれた。
「弾きたいのだけれど、良いかしら? あの、リクエストあればそれ弾くけれど…」
「…お前の好きなように弾けばいいさ。師匠には悪いが、この場でお前のピアノを聴けるなんざ、役得しかないな」
カヅキはあたしの傍に寄ると、ピアノまでエスコートしてくれる。
あたしはピアノの前に座ると鍵盤蓋を開け、鍵盤を一つ叩いた。
とてもいい音…ちゃんと調律されてて、大事にされているのがわかる。
とりあえず、有名どころであるラ・カンパネラを弾き始めた。
指の動きが激しいが、あの頃はピアノを弾いている時が一番楽しくて、勉強するのも忘れてしまったくらい。
後で長谷川に笑いながら注意されたっけ。
まだ指の動きを覚えていて良かった。
とちったりしたら恥ずかしいもの。
続いてこうもり序曲、くるみ割り人形と弾いていく。
陽気な曲から一転、ボレロや魔王、月光をあたしはピアノで奏で始めた。
この曲達好きなんだよね。
特に月光は。
弾き終わると、拍手が上がる。
あたしはそちらの方を見て、ニコリと微笑んだ。
間髪入れず、カヅキがあたしを抱きしめる。
「え? ちょっと、カヅキ?」
「お嬢様…あぁ、お嬢様ぁ…っ!!」
ちょっと貴女、泣いてるの?
それに少しお酒くさい。
酔っ払ってる?
唖然とカヅキを見ていると、ユウリさんが彼女をあたしから引き剥がした。
「すみません、ナツキさん。カヅキは酔うといつもこうでして。君達、お開きにしようか。ナズナ君もごめんね。ナツキさんを大切に思うあまり、攻撃的になるみたいでね」
「気にしていない。シャル、帰ろうか。あまり食べていないだろう? 何か貰ってくるか?」
ユウリさんが謝罪してくるが、ナズナに対しては謝っている感じがしない。
むしろ、お前がその行いをしなければカヅキもここまでならなかったと、言外に言っている。
ユエちゃんとユタカちゃんは、気付いたらもういなかった。
あたしがピアノを弾いている間に食事を終え、部屋へ帰ったのだろう。
ナズナがあたしに差し出してきた手を取って立ち上がった。
「いえ、大丈夫よ。ユウリさん、カヅキをお願いします」
「勿論」
カヅキを抱き抱え、ユウリさんは食堂から出ていく。
あたし達もその場から退出したのだった。
◆◆◆
部屋に着いたらお茶菓子が用意されていた。
どうやら、ユウリさんが手配してくれたみたい。
流石カヅキの旦那様、気配りが上手。
お茶の用意もされていたので、あたしはナズナに聞く。
「貴方も飲む?」
「お茶だけ頂こう」
二つのティーカップにお茶を注ぎ、あたしはナズナの前にそれを置いた。
自分の分も淹れて、席に着く。
「シャルはピアノも上手かったのだな。初めて知った」
お茶を一口飲んだナズナが、微笑みながらそう言ってくれた。
「下手じゃなかったかしら? 聞き苦しくなかった?」
「とんでもない。お前より指の動きも、弾く姿勢も、演奏の技術さえ上回る者を見たことがない。俺の妃はなんでも出来るな」
褒めすぎだ。
それは褒めすぎだ。
照れるを通り越して、嘘っぽく感じてしまう。
「いや、褒めすぎだと思う。何十年も練習してきた人と比べたら、相手に失礼だと思うよ、ナズナ」
「ピアノはここ数年で入ってきた音楽技術だぞ? 一応、嗜みで奏者が奏でるものを聞いた事があるが、どれもシャルの域までは到達していない。俺は、お世辞なんぞ言わん」
ここ数年?
…またターニャか…。
大体何かあればターニャの知識がもたらしたものばかりで、それを可能にしてしまうお義父様の技術の高さに、脱帽する。
それもこれも、全てあたしのためという行動理念なのだから、手に負えない。
止めたところで聞きはしないもの、ターニャは。
「それもテスタロッサ製なんでしょうね…」
「まぁな。テスタロッサの財産は、うちの国庫に匹敵するんじゃないか? かなり稼いでいるようだし…後継はどうするつもりなんだ、ベルファの奴」
それはあたしが聞きたい。