多分、そんな事ないんだろうけど。
「駄目だ。俺はお前を大切にしたい。お前と離れたくない。だから、わかってくれ、シャル」
「…お願い、お願いだよ、ナズナ…あたしこのままじゃ、ナズナと一緒に戦えないよ…。あの光景がいつもちらつくの…。お願い…」
泣き始めてしまったあたしに、ナズナは逡巡しているようだった。
暫く抱き合っていると、ナズナがため息をつく。
呆れられてしまったかと、はしたない女だと思われてしまったかと、肩を跳ね上げた。
「…わかった。だが、カヅキに許可をとってからだ。もし子供が出来たとしても、俺は責任を取るつもりだし、ターニャに殺されても文句は言わないつもりだ。それで良いな?」
「うん…わかった…」
もしターニャやカヅキがナズナを殺してしまったのなら。
あたしは後を追うつもりである。
二人には悪いとは思うけど、ナズナの方があたしの中では重いのだ。
少し待っててくれと、ナズナはあたしの額にキスを落とした後、部屋を出て行った。
何もする気が起きなくて、あたしは目を閉じる。
どれくらい経ったか、物音がしてあたしは目を開けた。
窓の外を見たらもう暗くて、眠ってしまっていた事に気付いた。
「ナズナ…?」
「ただいま、シャル」
何かいい匂いがして起き上がると、ナズナが持っているお盆に食事が乗せられている。
あぁ、もうそんな時間か。
あたしがこんな状態だから、カヅキも気を遣ってくれたんだろう。
「食事取れそうか?」
「食べれるけど…ごめんナズナ、錯乱した。さっきの事は忘れて…」
確かにトラウマがフラッシュバックする事はある。
頻発にではないけれど。
なんて事を口走ったのかと、あたしは顔を覆う。
「それについてなんだが、やはり許可は貰えなかった。私が黙ってた所で、勘の良い師匠は気付くだろう、とさ」
「はは…ですよね…」
あたしの心身のケアをしてきた彼女なら、ナズナと繋がった時点で、すぐわかるだろう。
あたしは苦笑いを浮かべるしかない。
「それと、もうそろそろ座標の特定が出来そうだとルカから話があった。雛桔梗の整備も終わったそうで預かってきている」
机の上に何かを置く音がして、あたしは顔を上げた。
雛桔梗の待機状態のアンクレットが、そこに鎮座している。
「お帰り、雛桔梗」
【ただいま戻りました、我が主】
雛桔梗に頬擦りしてると、ナズナが苦笑した。
「冷めるから頂こうか、シャル」
「あ、うん」
テーブルに並べられた食事を、あたしとナズナはお互い向かい合うように座りいただく。
黙々と食事をしていて思う事は、気まずいのただ一言。
いや、言い出したのはあたしなので、気まずいと感じるのはナズナの方だと思うのだけど、会話も何もない状態なのは、とても気まずいものを感じるわけで。
「そういえばシャル」
「ひゃいっ!」
ナズナに話しかけられ、あたしは声が裏返る。
そんなあたしを見た彼はふっと吹き出した。
「なんでそんなに緊張してるんだ、お前。食事を終えたら、書斎に来て欲しいとカヅキから言伝を貰っている。食器を片すついでに、メイドに案内してもらえ、とも」
「あ、あぁ…カヅキね。うん、わかった」
くっくっと、ツボに入ってしまったのかナズナがまだ笑っている。
そんな彼に、あたしは少し複雑そうな感情を抱いた。
そんなに笑う事ないじゃない。
それに、錯乱してたとはいえ恋人からの懇願を冷静に返すとか…ナズナの理性は鋼なのかしら。
好きな女性から誘われたら男なんてコロっといきます、お嬢様は可愛らしいので相手がそんな考えを持っているかもしれません、だから発言には気をつけてください…って、あの時長谷川も言っていたのに。
コロっといかないじゃない、長谷川もといターニャ。
「むぅ…」
「すまん、シャル。お前は本当に可愛いな。そんなに不貞腐れないでくれ。悪かった」
本当に悪いと思ってるのかしら、とジト目でナズナを見てしまう。
食事を終えて食器をお盆に戻していた彼は、あたしの頭を撫でてきた。
あやしているつもりなんだろうけど、誤魔化されないからね。
更にムッとなったあたしに、ナズナは困ったように笑いあたしの耳元に口を近づけてきて言った。
「婚約したら足腰立たなくなるまで可愛がってやるから、覚悟しておけ。休みの日は寝かさないからな」
とても低い声でそう言われ、あたしは思わず立ち上がって後退った。
「なっ、なぁっ…!」
囁かれた方の耳を押さえ、顔を真っ赤にしながらナズナを見る。
彼は少し肩をすくめ、
「なんで顔を真っ赤にする必要がある? お前が望んだのはこういう事だぞ。まったく…俺の妃は可愛いな。あれがなければ、直ぐに手を出していたところだ」
そう言って、クスクス笑いながらあたしにお盆を差し出してきた。
片付けが終わったから、持って行けという事だろう。
「うぅ…」
「手は出さないさ…まだな」
ナズナが部屋の扉を開けてくれ、あたしは彼の横を通り過ぎる。
その際そう言われて、さらに顔が熱くなるのを感じた。