目が合った彼の瞳は、少しの熱を帯びているように見えた。
◆◆◆
通りがかりのメイドさんに事情を話し、お盆を受け取ってもらった後、カヅキの書斎まで案内してもらう。
「カヅキ、あの…」
中に入ると、革張りの椅子に足を組んで座っているカヅキが見え、あたしは話しかけた。
彼女はあたしを視認すると、盛大にため息をつく。
「お前、性急すぎやしないか?」
「ごもっともです…錯乱してました。ご迷惑おかけしました…」
あたしが項垂れていると、彼女は自分の横にある椅子を指差し、座れと言ってくる。
大人しく従うと、カヅキはあたしの頭を掴んだ。
「…カヅキ?」
「良いか、ナツキ。今からお前に催眠を施す。解ける条件はそうだな…ナズナと初夜を過ごしている最中にしてやるよ」
迷惑!
それ凄い迷惑!
「というか、何の催眠を施すつもりよ。確かに、あたしの言動で迷惑はかけたけれど…」
「お前のトラウマを一時的に封じるやつだ。ナズナからお前の言動を聞いて閃いた。ナズナとヤってる最中なら、癒されるだろ?」
それはそうだろうけど言い方!
元男なんだけど、あたしの婚約者だったの忘れてるのかしらこの人!
顔を赤くして、あたしは目を逸らす。
そんなあたしの様子を見て、カヅキは笑った。
笑い方はあの頃そっくりなのに、あたし達の関係は変わってしまったな、なんて少し感傷的になる。
「良いか、ナツキ。深呼吸しながら目を閉じろ。私が数を数えるから、それに合わせて呼吸を繰り返せ、良いな?」
そんな簡単な事で催眠なんてかかるのかしら?
あたしは言われた通りに、呼吸を繰り返し…彼女の手を叩く音で目を開けた。
「…え?」
「今日はここまでだな。もう帰っていいぞ。大丈夫になるまで毎夜繰り返すからな」
あたし、意識飛ばしてた?
いつから?
時計を見ると、あたしがカヅキの部屋を訪れてから数時間経っている。
「え? え?」
「ほら帰れって。ナズナも心配…いや、迎えに来てるな。おいナズナ、連れて帰れ」
後ろにある扉が開き、聞き慣れた足音があたしの背後に来た。
そして両肩に手を置かれる。
「シャル、少し散歩してから帰るか。カヅキ、失礼する」
「あぁ。明日も仕事なんだ、早く帰れ」
ナズナが横に来て手を差し出してくれた。
その手を取って立ち上がる。
そのまま、あたしは有無を言わさず部屋から連れ出されてしまった。
「あの、ナズナ…迎えに来てくれて、ありがとう」
「中々帰って来ないからな、少し心配になっただけだ。あぁ、シャル。庭に少し行かないか?」
彼の提案にあたしは頷く。
一体どうしたというのだろう?
カヅキの自慢の薔薇園に来たあたしとナズナだったが、彼に手を引かれる形だったあたしは首を傾げる。
なんか、ナズナの様子が少しおかしいような?
口を開こうとした瞬間、彼に抱きしめられた。
「ナズナ? どうしたの?」
尋ねてみるが、返答がない。
身動きをしてみようとするが、思いの外キツく抱きしめられているようで、離してくれそうになかった。
「不甲斐なくてすまない。お前の気持ちに応えたかったんだが…」
「だから、錯乱してたんだから忘れてってば! 何? あたしが出てった後、やり過ぎたとか、カヅキに言わなければ良かったとか、そんな反省してたわけ?」
またナズナが押し黙る。
これは肯定しているのと同義で、あたしはため息を吐いてしまった。
「ナズナ…」
「すまん…」
なんかこっちに来てから、ナズナ謝ってばかりだなぁ。
あたしは彼の背中に手を回し、胸に頬擦りする。
「ねぇ、ナズナ。カヅキが一時的にだけど、トラウマを無くしてくれるんですって。まだ暫くかかるみたいだから、学校に行きつつのんびりしようよ。その間、あたしと貴方は王族でも貴族でもない、ただの二人になるの。いい考えだと思わない?」
ナズナを見上げ、微笑む。
彼は少し驚いた顔をした後、眉尻を下げて笑った。
「あぁ、いい考えだな。肩肘張らなくて済む。俺の女は聡明だ、天才だ。愛してる、シャル」
「褒めすぎだし…でも、あたしもだよナズナ」
どちらからともなく口付けを交わす。
月明かりしかない薔薇園で、あたし達は笑い合った。
◆◆◆
「データ出来た、喜べ帰れるぞ」
あの騒動から一ヶ月。
カヅキの催眠ももうそろそろ必要無くなってきたかな、なんて思っていた時だった。
ルカさんが、データディスクを持って現れそう言う。
「え、帰れるの?」
「漸くか。シャル、もうそろそろカヅキからの治療も終わるんだろう? 面倒だが、あちらに帰ろうか」
ルカさんが持っていたディスクを、ナズナが取ろうとして、拒否された。
「お前だけ帰ればいいだろ。ナツキは置いてけ」
「…はぁ?」
そう言えば、と思い出す。
ルカさんとナズナ、すごく仲が悪くなってたんだったな、と。
きっかけはやはり、初めて会った時の印象だっただろうか。
ナズナもルカさんも、あたしが大好きって表現してくれるが、お互いの存在が気に食わないらしい。
あたしとしては、仲良くして欲しいところではあるのだけど。