シルフ2の月。
先月とんでもない事態に巻き込まれ、お義父様とターニャに物凄く怒られた。
一応不可抗力だという説明はしたが、ターニャに身体調査をされてしまい、ナズナに改めて感謝する。
鋼の理性で耐えてくれてありがとう、ナズナ。
おかげで、まだあの念書有効だよ…。
カヅキに治療された事も話したので、キスと同衾が禁止になってしまった。
その後、ナズナはユキヤ君の婚約者とお話する為に辺境の地へと赴き、春休みに話し合いをするという事になったとあたしに告げ、その際一緒に来るよう言われる。
そんな日の夜。
あたしは不思議な夢を見た。
どこかの洞窟なのだが、あたしはその知らない洞窟をスイスイと進んでいく。
分かれ道も全てわかっているかのように進み、一番最奥に辿り着いた。
地底湖とでもいうのだろうか、大きな湖の真ん中に、大きな岩が鎮座している。
そこへ続く一本道を歩いていると、大きな岩の麓。
金色の髪に、ピンクに近い赤の目をした女性が座っているのが見えた。
オフショルダーの白い、袖なしのワンピースを着ていた女性は、私がそこにいる事に気付いたのか、話しかけてくる。
しかし、女性の言葉が聞こえない。
貴女は誰?
何を話しているの?
聞こえないわ…。
女性は腕を上げ、あたしを軽く突き飛ばす。
普通ならそれでよろめいたりしないのだが、夢の中のあたしはよろめき、そして何故か物凄い勢いで洞窟の入り口まで吹き飛ばされた。
勢いは止まる事を知らず、あたしは上空まで飛ばされる。
このままじゃ、落ちて死ぬ…っ!!
夢の中なので、雛桔梗は呼び出せない。
そもそもそんな思考が、夢の中のあたしにはなかった。
下方を見ると、とても大きい森が見える。
これは…。
そう思った瞬間。
「シャル!!」
ナズナの声で目が覚めた。
あたしは一瞬、夢と現実の区別がつかず、目を左右に動かしてからナズナを認識する。
「ナズ、ナ…? どうしたの…?」
「お前が魘されていると言って、レヴィに叩き起こされたんだ。酷い汗だな…怖い夢でも見たか?」
ナズナはあたしの顔に浮かぶ汗を、自分の寝巻きの袖で拭ってくれた。
まだ部屋が暗い事から、寝て少ししかたっていないのではと思う。
「ごめん、ナズナ…起こしちゃって…。今、何時…?」
「夜中の2時だ。まだ寝直せる時間だから良いが…シャルは寝直せそうか?」
あたしは起き上がり、ふるふると首を横に振った。
寝汗が気持ち悪いし、寝たらあれをもう一度見そうで、寝る気にもならない。
「もう一回お風呂入って、お散歩行ってくる。ナズナは寝てて。ルティを控えさせておくから、大丈夫だと思うんだけど」
「お前が起きているなら、俺も起きていよう。心配するな。一日二日寝ない事など、城にいる時はザラだったんだ」
あたしの頭を撫で、ナズナは部屋を出ていく。
お風呂に入る準備をして、リビングで本を読み始めたナズナの横を通り、お風呂場に向かった。
汗を洗い流し、新しいものを着たあたしは、ナズナの隣に座る。
湯冷めしないようにと、レヴィがショールを持ってきてくれたので羽織った。
「何読んでるの?」
「軍事書」
それ、面白いの?
ナズナに寄りかかり、彼の肩に頭を乗せながら目を閉じる。
人が活動していない深夜。
静かな部屋に、ページを捲る音。
彼の呼吸音と、服越しに伝わる体温。
とても心地いい。
「シャル? 寝るならベッドに戻った方がいい。湯冷めして風邪を引くぞ」
「ん…」
ナズナが本を閉じた音がする。
だけどあたしは、彼の傍が良くて甘えるように頭を擦り付けた。
「…仕方ない女だな、お前は。だがそこが愛おしい」
あたしの肩に手を回し、ナズナが抱き寄せてくる。
そのまま抱き上げられた。
「…ナズナ。このままが良い…」
「夜は冷える。お前が眠るまで傍にいるさ」
ベッドに横たえられ、掛け布団をかけられる。
あたしの左手を握り、彼は頭を撫でてくれた。
「おやすみ、シャルロット」
ナズナのその声を聞いた瞬間、あたしは深い眠りに落ちたのだった。
今度は夢も見ずに。
◆◆◆
「あの夢、何だったんだろう…」
朝食後、食器等を片付けている最中にあたしはポツリと呟くように言う。
女性と、大きな岩と、広大な森。
どれも見覚えがなさすぎる。
夢なのだからと片付けてしまえば、その通りなのだが。
「シャル? どうかしたか?」
ナズナが心配そうに話しかけてくれる。
あたしは笑いながら、首を横に振った。
「昨夜に見た夢が気になっちゃって。それのせいでナズナ起こしちゃったし。ごめんね」
「それは気にしなくていいが。どんな夢を見たんだ?」
作業している横で、ナズナは壁に寄りかかり腕を組んであたしを見つめている。
うーん、とあたしは思い出しながら彼に話した。