あたしの肩に手を回し、顔を近づけたナズナが小声であたしにそう言ってくる。
あたしはそれを横目に、ため息混じりで返した。
「出来れば目立ちたくないのよ。貴方と婚姻を結ぶのは吝かではないけれど、だからって注目を浴びるのは少し嫌だわ」
「何を今更」
えぇ、そうですね!
目立つ行動しかしてなかったわね!
悪かったわよ!
深いため息を吐いて、あたしは窓の外を見る。
緑色の髪をした小柄な男の子が、空中に浮きながらあたしを見つめていた。
「え…?」
驚いて言葉を無くしたあたしに、ナズナが怪訝な表情をして、どうしたと聞いてくる。
「いや、あそこ…」
あたしが指差した方向をナズナは見るが、首を傾げられてしまう。
「何もいないぞ」
「え、見えてないの? 嘘でしょ?」
彼の方を向き、また窓の外へ目を向けると、男の子はいなくなっていた。
あたしは自分の顔を手で覆い、座り込む。
「シャル?」
「お姉様? 具合がよろしく無いの? 殿下、お姉様を保健室へお願いしますわ」
ナズナは軽々とあたしを抱き上げて、歩き始めた。
だが、具合が悪くなったわけではない。
初めて幽霊見ちゃった…こんな朝早く…幽霊って、夜に出るものじゃないの…?
そんな恐怖から、目を背けたくて蹲っただけなのだ。
「シャル? 大丈夫か?」
「うぅ…幽霊じゃないの、あれぇ…」
ナズナの首に腕を回し、更に抱きつく。
やだぁ、とカタカタ震えているとナズナが立ち止まった。
「シャル…お前が言ってた幽霊って、あれか?」
顔を上げて、ナズナが見ている方向を見る。
そこには、全身が水色の長髪の女性が立っていた。
「ーーーっ!!!」
ナズナの服を思い切り掴む。
驚きとナズナにも見えているのかという安堵感、そしてなんで朝に出るんだという恐怖感で、思考がごちゃ混ぜになった。
「シャル、落ち着け。お前そんな強いのに、なんで幽霊は苦手なんだ」
「スピリット系は殴れないじゃないの! あたしは聖魔法使った事ないのよ?! アンデッドなら燃やしてなんとかなるかもしれないけど!!」
あたしがそう叫ぶのと、女性が笑い出すのは同時だった。
え、笑った?
唖然と女性を見ていると、ナズナがため息をつく。
「シャル、あれは精霊だ。幽霊じゃない」
「せい、れい?」
とは何だ?
首を傾げると、雛桔梗がウィンドウで説明をしてくれた。
【精霊とは、この世界に存在する生命体の一つです。彼らに魔力を渡す事で、魔法を扱う事が出来ます。自らの魔力回路を使うより、彼らに渡す方が効率が良いのです。我が主は、魔力が無尽蔵にと設定されているので、彼らと会った事がないのは無理もない事かと】
「ありがとう、雛桔梗。じゃあ、さっきの緑の子は…」
言いかけて、服を引っ張られる感覚がし、そちらに目を向ける。
緑の子が、満面の笑みをあたしに向けていた。
「……この子も、精霊?」
「あぁ。シャル、降ろすぞ」
そう言いナズナはあたしを床に降ろすと、女性に対して跪き、頭を垂れる。
王族であるナズナが頭を下げるなんて、彼よりも位が高いという事だ。
あたしも慌てて頭を下げる。
〈良いのです、人の子よ。頭をお上げなさい。我々は、元素の精霊からお使いを頼まれただけですので〉
〈そうそう。精霊使い荒いよね〉
頭に直接響いてくるような声に、あたしは驚いた。
これが精霊というものか、と。
言われた通り、あたしとナズナは頭を上げた。
「四大精霊の二柱、ウンディーネとシルフ。元素の精霊は、何用がお有りか」
〈そこの娘を、精霊の祠まで連れてくるように、と〉
そこの娘、と言われてあたしは辺りを見渡した。
今の時間、人がここを通ってもおかしくないのに、全くと言っていいほど人の気配がしない。
では、娘とは誰の事かと考え、自分を指差した。
「あの、それってあたしの事ですか?」
「お前以外に誰がいるって言うんだ」
ナズナが呆れた目であたしを見てくる。
だって、あたしだとは思わないじゃないか。
娘なんて、この学校で何百人といるわけだし。
〈人の子よ。精霊の祠までの道は分かりますね?〉
ウンディーネがナズナに尋ねる。
彼は返事をせず、一回だけ頷いた。
〈よろしい。では人の子よ、待っていますよ〉
〈あんまり遅いと、罠作っちゃうからな〉
そう言って二人は消えた。
途端、ナズナが長いため息をついて、床に手をつきながら座り込む。
「え、どうかした?」
「…流石だな、シャル。あと数言四大精霊が何か喋っていたら、俺は失神していた所だった。あの圧で平気なのか、お前は…」
これ、褒められてる、よね?
肩で息をしているナズナの背を撫でた。
彼が言う圧なんて、あたしは感じる事が出来なかったのだが、本当にあったのだろうか?
ナズナがこの様子なので、多分あったんだろうと結論づける。
一限目の鐘が鳴ったが、ナズナが動けそうもないのであたしは彼の隣に座り続けた。
◆◆◆
そして学校が休みの日、あたしはナズナと共に馬車に揺られていた。
行き先は迷いの森。