あたしもその場に居れれば良かったのだが、婚約者でもないただの護衛が、エルフの秘密を聞けるわけがない。
「流石にレヴィとルティを呼ぶわけにもいかないよね…あの二人、ここの出身ってわけじゃないから」
「最終的に、ここで野垂れ死ぬか、救助を待つか…」
悲観的にならないでほしい。
まだ早すぎる。
あたしは軽くため息をついて、ナズナの手を離した。
「シャル?」
「別に入る直前に手を離さなければ、逸れないんでしょ? ちょっと方法考えてみる」
あたしは目を閉じて、感覚を研ぎ澄ます。
魔力の流れとはまた違う、何かの流れがある。
入り口はあっちの方だったはずだから、そこから追って…。
しばらく何らかの流れを追っていたあたしは、目を開けた。
「見つけた。行こうナズナ。多分合ってるはず」
「おい、シャル!」
彼の手を引いて、木の間を抜ける。
蝶が舞う花畑を右に、霧がかかっている場所を左に。
陰鬱した場所をまっすぐ、そこからUターンして元来た道を戻る。
「シャ、シャル?」
「黙って。多分、これが一番安全なルートだと思うから」
先程の陰鬱した場所から魔物の気配がした。
ここにはエルフの他に、魔物も生息しているらしい。
ナズナも強い方だとは思うけど、こんな魔力が濃い場所にいる奴が、一般的な強さとは限らない。
そう思ったから、それらを避けるルートを歩いているのだ。
暫く歩いていると、開けた場所に出る。
綺麗な湖に橋がかけられ、そこも入り組んではいたが、あの濃い魔力が感じられなかった。
「出た…」
ナズナが唖然とし、そう呟く。
そしてあたしの方を見た。
「どうやってこの場所がわかったんだ?」
「どうやってって…魔力とは違う流れを追っただけなんだけど…」
今思えば、あれは精霊特有の魔力だったのかもしれない。
魔物とも人とも違う、何か透明な、綺麗な魔力だった。
あたしはナズナの手を引きながら、橋を渡る。
「そう言えば、精霊の祠について聞いた時、行けばわかるって言ってたけど、それは何故?」
「エルフの隠れ里の中に、精霊の祠があるそうなんだ。昔一度、生きてた頃の母上が教えてくれた。母上は吾妻ノ国の姫だったが、精霊の愛し子として精霊と話す事が出来たらしい。うちの国が豊かなのは、人の努力の結果でもあるが、半分は精霊の力なんだと言っていた」
なるほど。
ナズナのお母さんは、とても凄い人だったのだな。
それをあのボンクラ陛下に嫁ぐハメになるとは。
つくづく、人生とはうまくいかないものらしい。
まぁ、あたしはナズナに会えて感謝しかないわけだが。
「エルフの隠れ里って、人が入れるものなの?」
「義母上が、事前に文を送っていると仰っていた。少しぼんやりしている人だから、念の為ともう一通書いてもらって持ってはいるが」
陛下に対しては厳しく目を向けているけど、他に関してはすごくのんびりした方だったな、ベアトリーチェ様…。
王妃様の性格を思い出しながら橋を渡り切ると、向こうの方に集落のような物が見えた。
多分あれがエルフの隠れ里なのだろう。
「ナズナは精霊と話せる?」
「シャル、これは一般常識の分類なんだが…レイラに教わらなかったのか?」
うん?
いや全く。
あまりにも一般常識的過ぎて、レイラさんも教えるの忘れてたんじゃなかろうか。
あたしの魔法が、まさか精霊の力を介さないで使ってたものだとは、レイラさんも思わなかっただろうし。
あたしはナズナに、首を振る事で答える。
彼はため息をついて、歩くのを止めた。
「精霊にも、上位と下位の精霊がいてな? 大体は下位の精霊が、魔力を貰うついでに魔法の行使を行ってくれるんだ。詠唱や呪文っていうのが、それに当たる。彼らは意思はあれど、適性がある者にしか声が届かない。対して上位の精霊は、人と話す事が可能ではあるが、簡単に人には手を貸さない。だから強大な魔法を行使する際、その分を精霊に渡すから魔力の消費が激しいんだ」
ナズナ先生の講義は分かりやすいなぁ。
あたしは強大な魔法を行使したって、疲れはしないけれど。
「だからこの光の粒は、あたしから魔力を貰いたくて近寄ってくるわけね?」
先程森の外で見た光の粒が、あたしの周りを回っている。
ナズナも少し驚いて、その粒達を見ていた。
「光の精霊か…闇の精霊と同様、結構珍しいんだが…お目にかかれるとは…」
「珍しいんだ? 名前付けたらどうなるんだろう?」
やめろ、とナズナから肩を掴まれてしまう。
軽い気持ちで言っただけなのだが、危険な行為なのだろうか?
「お前の魔力量で名付けなど行ったら、相手はお前の従精になるぞ。魔力の消費も倍になる。死ぬ気か?」
「そんな馬鹿な。何、従精って? そんなに危ないものなの?」
これはおとぎ話だが、とナズナは前置きをする。
「昔、精霊と共に住んでいた女性がいたそうだ。精霊の声が聞こえていてな、ある日自分達に名前をつけて欲しいと女性は精霊に言われた。女性は快く精霊達に名前をつけていったが、途中で自分が何者かわからなくなったそうだ。名付ける事で自分の魔力を渡し、命を渡し、遂には精霊になってしまった。その女性は精霊と子を成し、妖精と呼ばれる種族を作り上げた、と言われている」