シルフ3の月。
なんであたしはこんな修羅場に立ち会っているのだろうと、疑問に思ってしまう。
時は遡る事、数十分前。
やっと風も弱まり、春の日差しで地上が暖かくなってきた頃。
もうそろそろ卒業式があるという時期の休日に、あたしとナズナはトンプソン家に招かれていた。
「遠い所をわざわざ申し訳ありません、ナズナ殿下、シャルロット様。私、アリシア・トンプソンと申します。ユキヤ殿下の婚約者です」
お人形の様な顔に透き通る青い瞳、ミルキーブロンドの髪をポニーテールに括り、穏やかそうに笑っている。
トンプソン家は代々リューネ国の辺境の地を守り続けているらしく、家格でいえば21貴族に匹敵するくらいだそうだ。
所謂、辺境伯というやつだろう。
あたしは、トンプソン嬢に頭を下げる。
一応まだ、あたしはナズナの専属護衛だ。
彼女と同格なら、元平民のあたしは頭を下げるべきだと判断した。
「顔をあげてください、シャルロット様。こちらにお茶をご用意しております。案内いたしますので、どうぞ」
にこやかに、トンプソン嬢はあたし達を庭に案内してくれる。
だが、そこに先客がいて、あたしとナズナは顔が引き攣った。
「ユキヤ…お前…」
ムッとした顔をして足を組み、こちらを見ようともしないユキヤ君の姿。
どうやら、あたし達より先に呼び出されてここにいるみたいだ。
オリヴィエさんも、申し訳なさそうに笑っている。
「殿下方もどうぞ、おかけになってください」
トンプソン嬢の笑顔が、少し怖いものに見えてきた。
あたしはナズナの後ろから、彼の服を少しだけ掴む。
「あの、あたしもう帰りたくなってきた…」
「言うな。俺だって帰りたい。なんで弟の修羅場に、立ち会いたいと思う兄がいる」
小声で言うと、彼も小声で返してきた。
それはそうだと思う。
というか、あたし達絶対関係ないのにどうして呼ばれたのか。
トンプソン嬢に勧められて、彼女とユキヤ君が眺められる席に座る。
片や不機嫌そうに座り、片やニコリと笑ってはいるが額に青筋が浮かび上がりそうなくらいに、顔が引き攣っていた。
ユキヤ君の背後に控えているオリヴィエさんは、終始申し訳なさそうだ。
「ではユキヤ殿下。これからの話し合いを行いましょう」
「…………」
ユキヤ君からの返答はない。
トンプソン嬢の眉が少し吊り上がった。
ナズナの方をチラリと見ると、頭が痛そうにこめかみを押さえている。
「ユキヤ、お前…」
「兄さんには関係ありません」
関係ないのに、呼ばれている理由を考えて欲しい。
更に関係ないあたしも来てるんだから、お察しだ。
「ユキヤ殿下、証拠は上がってるんです。自分の非を認めて頂けませんか?」
「…………」
またダンマリ。
居た堪れなさ過ぎて、あたしは目を逸らした。
あー…ナズナとお昼寝したいなぁ…。
トリスタン領の、ナズナのお気に入りの場所で。
ゆっくり時間を過ごせたら、幸せだろうなぁ。
なんて、現実逃避をする。
「オリヴィエさん、貴女わかっててユキヤ殿下とお付き合いしたのですよね? なら、自分がどうなるかなんて、火を見るより明らかなのでは?」
「オリヴィエは関係ありません。確かに悪いのは僕です。ですが、貴女とは表面上の付き合いでしかないはず。貴女にとやかく言われる謂れはないはずですが?」
トンプソン嬢が矛先をオリヴィエさんに変えた途端、ユキヤ君が間に入ってくる。
いや、ユキヤ君が全面的に悪いのに、その言い方はない。
しかも棘がある言い方だ。
「恋は盲目と申しますが。これは私達の口約束ではなく、家同士の契約なんです。ユキヤ殿下? 私は貴方に、一つの提案をします。それを飲めないのなら、オリヴィエさんは追放なり、処刑なりをしなければなりません。お分かりですか? 貴方方がしたのは、そういう事なのですよ?」
トンプソン嬢は、メイドが用意してくれた紅茶を一口飲み、ユキヤ君を見据えた。
ユキヤ君はまたダンマリで、オリヴィエさんは少し俯いている。
「私は、オリヴィエさんを第二夫人として迎える事を許します。私と通常通り婚姻し、その後オリヴィエさんを迎えれば宜しいかと」
「お断りします」
ユキヤ君のその言葉に、ナズナが顔を覆って俯いた。
ナズナの様子が少しおかしいので、あたしは心配になって彼の肩を掴む。
「ナズナ? 大丈夫? 具合悪い?」
「……大丈夫だ。だが、あの世の母上に申し訳なくてな…。ユキヤ、流石に母上はそんな男にお前を育てた覚えはないと思うぞ…」
しかし、ナズナのその言葉にユキヤ君は鼻で笑って返した。
「申し訳ありませんが、母さんの記憶はありませんので。僕が生まれて間も無く亡くなったじゃありませんか。兄さんだって小さかったから、母さんの記憶はないでしょう?」
「俺は多少、母上の記憶はある。ユキヤ、母上に顔向けできないような事はするな」
ナズナの少し責めるような声にも、ユキヤ君は顔を背けるだけだ。
それにあたしはイラっとする。
血の繋がった家族が心配しているのに、その態度はないだろう。