「シャル…」
少し心配そうなナズナにため息をついて、あたしは立ち上がる。
「少し失礼する。ナズナ、来い。貴様のその態度、目に余る。時間が終わるまでには帰ってこよう」
あたしは彼の手を取り、トンプソン領の近くの森に転移した。
「ナズナ、あのね。あんまり心配しないで、怯えないで。貴方がそんなだと、あたしも調子が狂うのよ。次期王なんだから、もっと堂々としてて」
「…あぁ、いつものシャルだ」
そう言って、ナズナはあたしを抱きしめて頬擦りをしてくる。
この様子を見るに、あたしの威圧が恐ろしくて限界を迎えたらしい。
「ナズナ。後もうちょっとで終わると思うから、それまで我慢しててもらえないかな。帰ったら、いくらでも抱きしめてくれていいから」
「絶対だぞ」
あたしの頬にキスを落とし、ナズナは笑う。
でもあたしは、そんな彼に苦笑するしかなかった。
「あのモード、切り替えるの大変なんだけど…」
「本来なら見たくないんだからな、俺は」
わかってるわ、と返して、あたしは深呼吸をする。
目を閉じ、再び開けて目つきを鋭くした。
あたし達が戻ったのと同時に、タイマーが切れたらしく、ピピピと音が鳴り響いている。
それを止め、あたしはユキヤ君を見下ろした。
「で? 代案は決まったのであろうな? 決まらぬなら、オリヴィエの首を落とす」
「…僕の首じゃ、駄目なんですか? 彼女は何も悪くない。悪いのは僕だけのはずです。だから…っ!!」
どうやら代案は思い付かなかったらしい。
ユキヤ君があたしに対して、地面に伏せ頭を下げる。
だけどあたしは、それに対して何の感情も湧いてこなかった。
可哀想とも思わないし、必死だなとも思わない。
ただ一つ思う事は、愚かだな、だった。
「貴様が頭を下げた所で、結果は変わらん。オリヴィエ、恨んでくれるなよ。貴女はいい大人だったはずだ。ユキヤの戯言に耳を傾けるなど、愚の骨頂だったと自分を嘆いて逝け」
あたしは刀を収納空間から取り出し、鞘から刃を出す。
ユキヤ君がオリヴィエを守るように立ち上がり、あたしはそれを排除しようと鞘で殴りつける瞬間。
「待ってください」
トンプソン嬢の制止の声が聞こえ、あたしは動きを止めた。
「もう一つ、代案を思いつきました。ですがこれを実行するには、ナズナ殿下にも確認しなければならない事がございます。宜しいでしょうか、殿下」
「あぁ、なんだ?」
腕を組み、オリヴィエさんの最期を見届けようとしていたナズナは、トンプソン嬢の問いかけに少し首を傾げる。
「口頭での確認になるので、正確性はないのかもしれませんが…我が家と王家の間で交わされた婚約の内容は、我が家の令嬢とユキヤ殿下が婚姻する事、でしたよね?」
「そうだな。今もだが、トンプソン家にはアリシア嬢、貴女しか令嬢はいない。あと内容は合っている。それは俺も確認した事柄だからな」
それがどうした、とナズナは言いたげだ。
良かった、とトンプソン嬢は胸を撫で下ろす。
「私の提案は、当家にオリヴィエさんを養女として迎え入れ、ユキヤ殿下と婚姻させる事です。オリヴィエさんは平民ですので、淑女の礼儀作法や、私がやってきた事をユキヤ殿下が学校を卒業するまでに行なっていただきます。出来なければ、シャルロット様の仰ったように、処刑します。貴女にとって、まさに血を吐くような苦行になるでしょう。ユキヤ殿下との恋が本気でないのなら、身を引く事をお勧めします」
トンプソン嬢は、オリヴィエさんを見つめながらそう告げた。
それを真正面から見据え、オリヴィエさんは微笑む。
「ユキヤ様を、お慕いしています。熱心に、私に対して愛を囁いてくださったこの方のお側にいられるなら、私はそれを受け入れます。苦行でも何でも致しましょう。ですが…あの…この子が生まれてからでは、駄目でしょうか…?」
そう言って、オリヴィエさんは自分の下腹部を撫でた。
その動作に、この場にいた全員が固まる。
「え、は…?」
「ユキヤお前!!」
トンプソン嬢の呆けた声と、ナズナが激昂しユキヤ君に掴みかかる音。
あたしは少し理解が追いつかなくて、総帥モードが外れる。
「えと、どういう事…?」
「お前、せめて学校卒業してからそういう事をやれ!! 責任も取れないくせに、何子供を作っているんだ?! 本当に母上が生きていたら泣いているぞ?!」
あたしの呟きに、いつもなら返してくれるナズナだったが、それ所ではないらしい。
ユキヤ君も寝耳に水な状態で、目を白黒させていた。
「え、オリー…本当に…?」
「はい、三ヶ月だそうです。妊娠初期にある、魔力の乱れもありますし、少しつわりもあるんです。なので、えっと…」
オリヴィエさんは、トンプソン嬢を見る。
彼女は盛大にため息をついた。