「お待たせしました、殿下。支度が遅くなり、申し訳ありません」
ナズナに謝りながら、彼の腕に触れる。
白いシャツに、丈が少し長い黒のジャケット、オリーブグリーンのスラックスを着ていて、とてもセンスがいいと感じた。
アクセサリーとして、シルバーのネックレスに羽をモチーフにしたペンダントトップがついている。
少し長くなってきていた髪も後ろ手に縛っているようで、少し大人っぽい。
「待ってはいないが。少し周りが鬱陶しかっただけだ。シャル、その服似合っている。とても可愛らしい。いつものお前も良いが、その格好も良いな」
そう言いながら、ナズナはあたしの肩を抱きその場から歩き出す。
嫉妬の視線とかが諸々突き刺さるが、無視を決め込んだ。
「変じゃないかしら。今回は自分で選んでみたのだけど…。貴方の隣に立っていても、おかしくはない? 大丈夫?」
「おかしくはないし、変でもない。お前は自分を卑下し過ぎる所がある。あまりにも可愛らしすぎて、他の男どもの目に触れさせるのが嫌なくらいだ。お前はセンスも良いのだな。惚れ直したぞ、シャルロット」
彼は、あたしの頭に自分の頭をくっつけて、微笑む。
そして、愛称ではなくちゃんとあたしを名前で呼ぶ時は、あたしを励ましてくれている時な気がする。
真面目なお話をする時も、名前で呼んでくれる。
そんな彼の優しさが、あたしは嬉しい。
「貴方にそう言われると…少し、自分に自信が持てる気がするわ。ありがとう、ナズナ」
「礼を言われる程でもない。俺はお前に対して、本当の事しか言わないからな。愛してるよ、シャルロット」
ふふ、とあたしは笑う。
「あたしもよ、ナズナ。貴方を愛してる」
◆◆◆
デートの定番と言えば、何だろう?
あたしはナズナに連れられて来た美術館で、絵を見ながら思う。
まぁ、現代のものがチラホラあると言っても、中世ヨーロッパ風なこの世界。
ウィンドーショッピングなんて、出来るわけもなく。
そもそも、デートの定番など考えた所で無駄だ。
そういう行為自体、あたしはした事がない。
前世は総帥になる為の勉強と、お父様に付いて各国の有力者と顔合わせをしたりして、そんなものに現を抜かしている暇などなかった。
普通の学校に通っていたため、クラスメイトの女生徒の人達の話は少し聞こえてきていたが、やれ彼氏とどこそこに行った、ファーストフードで一緒にご飯食べた、など。
あたしには縁もゆかりもなさそうな会話ばかりで、気にも留めていなかった。
今になって思う。
もっと気に留めておけば良かったと。
「シャル? つまらないか?」
「いいえ? 見てて楽しいわよ。前衛的で面白い絵だわ」
ナズナが不安そうに、あたしの顔を覗き込んでくる。
ルーブルに飾られていた絵よりは下手だけれど、味わい深くてあたしは好きだ。
あとなんでそんな不安そうなんだろうか。
「ナズナ? 貴方もしかして、デートした事ない?」
「……ない」
フイッと彼はあたしから顔を背ける。
婚約者いたのに? という顔をしてしまったあたしに、彼は小声で言った。
「ヴィオレッタは…俺の事を荷物持ちか、財布としか思っていなかった節がある。だからまともに、デートというものを、した事がない」
あー…あの裏表激しかったお嬢さんね…。
成程と納得してしまったあたしは、彼の腕に自分の腕を絡め、耳元で囁いた。
「実は、あたしもなの。カヅキとデートなんて、一回もした事ないわ。あたしの初めて、全部ナズナにあげてるわね?」
その言葉に、ナズナはゆっくりと振り向いてあたしを見る。
それに対して、あたしはニコリと笑った。
彼の頬が少し染まって、口が戦慄いている。
その様子へ、あたしは呆れた目を向けた。
「貴方、あたしの事なんだと思ってるの。経験豊富だとでも思ってた? 言っておくけど、そういう事もまだ経験してないし…カヅキと閨だって共にした事ないのに…」
「いや、わかった。それ以上は言うな、言わないでくれシャル。すまん、少し嬉しかっただけだ」
嬉しいって思う所、あったかしら?
首を傾げてしまったあたしの手に、自分の手を重ねて彼は困ったように笑う。
「シャルの初恋はカヅキに取られてしまったが、それ以外は全て俺なのが嬉しいんだ。これからも、唯一の男になれるよう努力するさ」
「ナズナ…」
あたしも、貴方にとって唯一の女になれているのかしら?
そうだったら、嬉しいな。
「ん? どうした、シャル?」
「ううん。貴方のその気持ちが、愛おしいなって思って。でも文化祭で回ったあれは、デートではなかったのかしら…」
彼にとって、あれはカウントされないのだろうか?
ポツリと呟いたあたしに、ナズナは軽くため息をついた。
「ライオットのせいで、回る処ではなくなっただろう。今年は、絶対離さないからなシャル」
「今年だけなの? 来年は?」
なかなか意地悪な質問だと、自分でも思う。
あたしの言葉にナズナは少し目を丸くした後、苦笑した。
「シャル、お前の言い方だと一緒に留年しようと言っているものだぞ」