これ久々だなぁ、と思いつつも、火傷しないか心配だから離れてくれないだろうか、という気持ちになった。
「…シャルが俺のために作ってくれていると思うと、愛しくてな。離れ難い…」
「もう…」
少しおかしくてクスクス笑ってしまう。
いつも通りなのに、今日のナズナは甘えん坊だ。
まぁ、あたしもこの状態なのは嫌ではないので、彼の好きなようにさせていた。
「ナズナ、胡椒取りたいのだけど」
「これだな」
ナズナの長い腕が、調味料を取って渡してくれる。
やっぱりあたしを離す気配はない。
火傷するよ、と言ってはみたが、治してくれるだろう、と返事が返って来た。
治しますけども。
むしろどんな重症だったとしても、治してみせますとも。
あたしを抱きしめる力が少しだけ強くなった。
一体どうしたのかと、あたしは彼の頭を撫でつつ、お玉で鍋の中身をかき混ぜる。
「ん、どうしたのナズナ。何か不安がる事でもあった?」
「いや…幸せ過ぎて、これが夢なら怖いと思ったんだ。起きたらお前はいなくて、ヴィオレッタは健在で。お前がいないまま、あいつと婚姻を結んで…。夢の中のお前を想い続けながら、生きていくのは嫌だ、と思ってな」
何を馬鹿な事言い始めてるのかしら、この人。
鍋の味見をして、お玉をナズナへ差し出す。
スープを一口飲んだ彼は、美味しいと言った。
「あのね、ナズナ。あたしを抱きしめている感触も、スープを飲んだ味覚も、全て夢だとでも思う? 思うならとんだ明晰夢ね。貴方の頭の中、どうなってるのよ」
お玉を鍋の縁にかけ、火を止める。
彼の腕の拘束を解き向き直ると、首に腕を絡めた。
囁くように、ナズナへ言う。
「あたしの貴方への愛も、夢だとでも言うつもり? 妄想の中の出来事だって? やめてよ、悲しくなるわ」
「すまん、シャル。夢ではなく、現実だ。分かっている」
あたしを強く抱きしめ、ナズナは頬擦りしてくる。
彼の胸板を押し少し体を離して、あたしからナズナにキスをした。
あともう少しで婚約なのだから、少しは見逃して欲しい。
「シャ、ル…?」
「愛してるわ、ナズナ。この世の誰よりも。何者よりも。だから、あたしを離さないでね。貴方が手を離したら、あたしは消えてしまうかもしれないもの」
目を丸くしていたナズナはフッと笑った後、あたしの額に自分のをくっつけてくる。
「離しはしない。誰にも渡さない。お前は俺の
「あら、誰が嫌だと言ったのかしら。貴方こそ、嫌だって言っても離れてなんてあげないんだから」
言うわけないだろ、と彼は言ってあたしから離れ、食卓に向かった。
ふと、あたしは彼に思った事を聞いてみる。
「そう言えば、なんで今日はあたしの手料理が食べたいって言ったの? 簡単な物しか作れないのに。ルティのご飯の方が美味しいでしょう?」
「お前が妃教育に入ったら、食べられる機会が減ると思ってな」
何とわかりやすい。
確かに、普通の貴族は自分で料理なんて作らないし、それは使用人の仕事である。
あたしは少しニヤリとして、ナズナの前に具沢山のスープを置いた。
「つまりナズナは、あたしに胃袋を掴まれてしまったと。そう言うのね?」
「その通りだが?」
キョトンとした顔で返さないでよ、恥ずかしくなるじゃないの…っ!
揶揄おうとしたのに、そんな素直に返さないで欲しいわ…。
あたしは彼を揶揄うのを諦め、食卓に着いた。
作ったご飯を美味しいと言って笑顔で食べる彼を見て、もし現代でナズナと出会っていたら、あたしは恋に落ちたのかしらと考える。
カヅキが死ななければ、あたしは彼が好きだったと気付かなかった。
なら、ナズナと出会っていたら、どうなっていたのか。
「シャル?」
「……うん? 何?」
ぼんやり考えていて、ナズナからの問いかけに数拍遅れた。
彼は身を乗り出して、あたしの額に触れてくる。
「熱でもあるのか? ボーッとしていたが」
「少し考え事していただけよ。ごめんね、話聞いてなくて」
少し首を傾け彼の手を取り、頬に当てて目を閉じた。
ナズナの手が好き。
声も顔も、性格も、何もかも。
さっきの考え事の結論が出る。
現代で会っていても、多分あたしはナズナに恋をした。
実らなくても、想いに応えてもらえなくても。
彼を好きになってしまっていただろう。
それが、あたしの運命というやつだと、今は思う。
「シャル?」
「ごめんね、ご飯冷めちゃうね」
彼の手を離すと、何故か目尻を拭われた。
それが不思議であたしは彼を見る。
「なんで泣いてるんだ? どこか痛い所でもあるのか?」
「え?」
あたしは目を丸くして、自分の頬に触れた。
すぐに、頬が濡れている感覚がして驚く。
「え? え…なんで…? いや、意味わかんない。なんで泣いてるのあたし?」
「…シャル」
ナズナが立ち上がりあたしの傍に来ると、あたしを立ち上がらせ、お姫様抱っこをしてくる。
そのまま、ソファーに座った。
「ナズナ、あの、料理冷める…」