「あとで温め直せばいい。シャル、今悲しいのか?」
その問いかけに、首を横に振る。
そんな事はない。
悲しいなんて、思うはずがない。
貴方といられて、今とても幸せなのに。
あたしの様子に、ナズナは苦笑した。
「なら、幸せ過ぎて泣いているのか。シャル、とても嬉しいんだが…お前、結婚式の時も泣きそうだな?」
「な、泣くはず…」
ないとは言えなくて、あたしは彼の胸に顔を埋める。
優しく頭を撫でてくれる彼が愛しくて、また涙が出てきた。
「……ナズナ、意地悪だよ」
「どこがだ? さっきのシャル程ではないと思うがな」
こいつ、わかっててあの返ししたな?
あのキョトン顔も演技か。
この王太子、俳優になれるんじゃないのか?
ムッとしたあたしは、ナズナの首に噛み付く。
「シャル、痛いんだが」
「痛くしてるのよ」
やれやれ、といった感じで、ナズナはあたしの好きなようにさせてくれた。
気が済むまでやっていいって事なのかしら?
少し吸いついたりして、ナズナの首に跡をつける。
口を離した途端、彼から押し倒された。
「な、ちょ…?!」
「俺にもつけさせろ」
つけさせろじゃないんだけど?!
どういう理屈で言ってんの、この人?!
少し抵抗したけど、ナズナの唇が肌に触れた瞬間あたしは大人しくなる。
鎖骨辺りが少し吸われて痛いが、あたしも彼にやってしまったのだからおあいこという事で。
「シャル…」
唇を離し、少し熱っぽくあたしを見るナズナから、目が離せない。
彼はあたしの右手を取って、指輪にキスを落としてくる。
「ナズナ…」
「…これ以上は歯止めが効かなくなりそうだ…そんな目で見ないでくれ、シャル。情欲が抑えられないだろう?」
あたしの頬にキスをし、彼は苦笑しながら離れていく。
そうなっても良かった、と思ってしまい、あたしは起き上がった後思い切り首を横に振ってため息をついた。
彼の思いを無碍にするなと、自分に言い聞かせながら。
◆◆◆
食後、ソファーで本を読んでいるナズナの隣に座る。
彼の肩に頭を乗せると、撫でてくれた。
「どうした? シャル」
「少し構って欲しいだけ」
ナズナは苦笑して、本を閉じる。
それをソファーに置き、あたしの手を取って一緒に立ち上がった。
「? ナズナ?」
「シャル、お前チェスは出来るか?」
ダイニングテーブルの椅子に座らされ、ナズナは戸棚からチェス盤を取り出し、見せてくる。
「カヅキとした事はあるけど、あたし弱いよ? むしろオセロの方が強かったかな…」
ルールもちゃんと説明してあったのに、半分以上ひっくり返されてしまい、カヅキが悔しがっていた姿が思い出された。
「一応オセロもあるぞ」
「…今度帰ったら、ターニャに聞かなきゃ…」
あとどれぐらい現代の知識をこちらに持ち込んでいるのか、と。
ナズナはオセロ盤をダイニングテーブルに置き、どちらがいいと聞いてくる。
白を選択し、先攻と後攻を決めた。
パチ、パチと、オセロをひっくり返す音が静かになった部屋に響く。
「ナズナ、ありがとう」
「いきなりなんだ」
盤から目を上げず、あたしは彼に感謝を述べた。
それに怪訝そうな表情をして、ナズナはあたしを見てくる。
「さっきもだけど、あたしのためを思って我慢してくれて。あたしの事を大事にしてくれて、ありがとう」
「何を当たり前な。お前は俺の愛しい女だ。大事にするのは当然だろう。お前が傷つくのは、嫌だ。俺から離れていくのは、もっと嫌だ。なら、お前を守り慈しむのは、当然の帰結だろう」
そうだね、とあたしは笑う。
貴方はそういう人だもんね。
あたしは、同じだけ貴方に返せているのかな?
貰ってばかりは、流石に嫌だけれど。
貴方からの愛に、溺れてしまいそうになる。
それがとても心地良いだなんて、何たる堕落なのだろう。
そんなあたしでも、貴方は愛してくれるのだろうか?
「ナズナ、大好きだよ」
「俺もだ、シャルロット。と、俺の勝ちだな?」
盤面が黒に染まる。
あー、とあたしは天を仰いだ。
「負けたー! ナズナ、何しても強いじゃないー!」
「勝負事には強いが、お前には弱いつもりだがな。魔法も、腕力も、技術も。お前に勝てた事は一度もない。お前がおねだりして来たら、何がなんでも叶えてやりたいと思うほど、俺はお前に惚れているんだ。それが弱くないなどと言えるだろうか?」
「ちょっと待って。今聞き捨てならない単語が入っていた気がしたんだけど」
気のせいだ、と彼は笑ってオセロ盤を片付け始める。
もうそろそろ寝る時間か、なんて時計を見ながら思った。
「明日からまた授業があるのかぁ…」
「毎日休みなら、俺と共にいられるのにとか思ってるのか? それはそれで嬉しいんだが…すまん、シャル。親父がな…」
あたしは、わかってると返事を返す。
ナズナが休みの度に、重要書類を送りつけてくる陛下は、一体何のお仕事をしてらっしゃるんでしょうか。
下剋上しても良いならするのに、と星空を見ながら思った。