宮塚と戦ってからちょうど一年。
あたしはテスタロッサの家で、ある人を出迎える為だけに、メイドに全力でおめかしされていた。
気分はさながら着せ替え人形である。
昨日からテスタロッサに帰ってきてはいたが、体を全力で磨かれ、顔もパックやら何やらされ、髪も潤いと艶を保たれた状態で今日を迎えた。
「流石にここまでしなくても…」
「いいえ、お嬢様! 殿下をお迎えするのですもの。目一杯可愛くなったお嬢様を、殿下に見せびらかしたいではありませんか!」
そう。
あたしと婚約を結びたいと、ナズナが我が家に打診してきたのだ。
その話は約一年前に、あたしとナズナの間で話していた事ではあるが、それがようやく現実のものとなる。
家の事について忙しいターニャの代わりに、ルーティが張り切って、あたし周りの世話をするメイド達に指示を出していた。
だが、あたしに着せる服の事で、メイド達の間で意見が二分されてしまった。
正直どっちでも良いんだけど、とは勿論口には出せなかったが。
「お嬢様にはこちらの、ふわふわで可愛らしい雰囲気のお洋服が似合います! それに小さい帽子をつけて、髪を三つ編みにすれば殿下も可愛らしさで悶絶するに違いありません!」
そう言うのはメル。
白茶色のベストに、薄紫色で袖にフリルがついたブラウス、ミルキーホワイトのスカートは中にパニエがあるおかげかふんわり膨らんでいる。
ベストにはワンポイントという感じで、白い造花が縫い付けられていた。
日傘もつけられてしまうと、何処ぞのお嬢様かな、という感じの服ではある。
「いいえ! お嬢様にはこちらのお洋服の方が似合います! 髪を編み上げて、殿下のお色である金と青のイヤリングを付ければ、とてもお綺麗ではないですか!」
対抗するのは、リグレット。
薄水色のブラウスに、鉄納戸色のロングスカート。
大きいリボンが胸元を飾り、ロングスカートの合間にフリルがふんだんに使われていて、あたし的には好きな服。
王太子として来るナズナに対しては、地味目ではあるかなと思う。
「「お嬢様はどちらが宜しいですか?!」」
「いやー…あの…どっちも良いなと思うんだけど…」
家に来たナズナに挨拶するなら前者、家の庭を散歩するなら後者が良い。
そう伝えると、メルと他のメイド達がそれをあたしに着せ、髪を三つ編みにし、化粧を施してくれてくれた。
「お嬢様、ナズナ殿下がいらっしゃいました」
ターニャが呼びに来てくれて、あたしは一つ頷いて立ち上がる。
玄関まで歩いて行くと、お義父様と挨拶を交わしているナズナが見えた。
いつものラフな格好ではなく、王太子用だと言っていた、あの黒い軍服姿だった。
流石に髪は撫でつけてはいなかったが。
ナズナがあたしの方を見たので、カーテシーをしながら頭を下げる。
「シャルロット。君へ婚約を結びたいと殿下が仰って来たのですが、嫌なら断って良いですからね?」
少し目線を上げると、ニコニコ笑っているお義父様と、少し困惑気味にお義父様を見ているナズナの姿があって、あたしは少し笑いそうになった。
「いいえ、お義父様。光栄の極みです。ナズナ殿下が私を見初めて下さった事、嬉しく思います」
そう言ってあたしはカーテシーをやめ、ナズナを見て微笑んだ。
彼も微笑み返してくれ、手を差し出してくる。
「シャルロット嬢、これから…いいや、末長く、宜しく頼む」
「はい、殿下。貴方をお支え出来るよう、努めてまいります。こちらこそ、末長く宜しくお願いいたします」
彼の手に自分の手を置くと、軽く握りしめてきた。
まるで、もう離すものかと言っているようで、あたしは嬉しくなる。
「では、殿下。こちらにサインを」
ターニャが何かを持ってくる。
それを見たナズナが、怪訝そうな顔をしてターニャに尋ねた。
「これは?」
「新たな念書でございます。条件はゆるくしてあるかもと思いますが、お嬢様を傷つけたらどうなるかというものです。サインして頂けますよね? して頂けない場合、旦那様はこのお話はなかった事にすると、そう仰っていました」
ナズナと共に来た従者の人達が騒めいている。
彼も少し驚いているようで、念書に目を落としていた。
あたしも恐る恐るその念書を見た。
キスと同衾は認めるものの、あたしに手を出したら即刻婚約破棄、という一文を見つけ、あたしはターニャを見た。
これ以上は許しません、という彼女の強い眼差しに、思わずナズナを見る。
すごく渋い顔してる…。
婚約したら、足腰立たないまでに甘やかしてやると、彼が以前言っていた事を思い出した。
「殿下…」
「良いだろう。サインしよう。だが、婚姻を結んだらこれは破棄される。そうだな?」
「その通りでございます」
お前にそれが守れるのか、とターニャは少し挑発的に笑っている。
それがわかっているからこそ、ナズナも笑ってはいるが、その笑みが引き攣っているのだろう。
ターニャが差し出した念書に彼は自分のサインを書き、彼女に返す。
それに目を通したターニャは、念書をお義父様に渡した。