「最近鈍っていたんで、ありがたい限りですよ母様。これで嫁も少しは惚れ直してくれると思います」
少し眉を下げて笑うシンクに、ナズナの面影を感じた。
あぁ、やっぱりこの子は彼の子なのだとあたしは嬉しくなる。
「お迎えが来たら、連れて来てちょうだいね。貴方のお嫁さん、一回見てみたいわ」
あたしがそう言うと、多分会った事ありますよ、とシンクから返ってきた。
あたしが会った事あるって、どういう事なのかしら?
シンクと同い年の子なんて、あたしの知り合いにいたかしらね?
◆◆◆
「ただいまー…」
転移で戻ってくると、ダイニングテーブルに書類を広げ、それに向かい合いながらナズナは真剣な顔で書類一枚一枚捌いていっているらしく、床に散乱した書類の数々を、ルルさんとブリジットさんが少し疲れた様子で拾い上げていた。
「貴方、何やってるの?」
「仕事」
あたしが帰ってきたというのに、ナズナから素っ気ない態度をされて少しカチンとくる。
そしてこちらを見ようともしない。
確かに、シンクを送ってからだいぶ時間が経ってしまっているし、怒ってるかなー、とは思ってたわよ。
愛しい恋人が帰ってきたっていうのに、その態度はなんだ?!
あと二人が疲れてるって、どんだけ当たり散らしたのよ貴方は?!
怒りで少し肩を震わせていると、ブリジットさんが落ち着くように言ってくる。
いつもの事、という単語だけであたしはブチっとキレた。
「そうか、いつもの事か…。ナズナ、ブリジットは連れていく。ルル、すまんがナズナの護衛を頼んだ。こんな奴でも私の婚約者だ。死なれたら寝覚めが悪い。ナズナ。嫉妬からそんな態度だと、私がどのように出るか分かった上でやっているのだな?」
「…え……あ……? シャル?! 違っ! 集中してただけだ!! 二人に当たり散らしてなどいない! それに、実の息子だとわかっている奴へ嫉妬などするものか!! ちょっと待て! テスタロッサに帰ろうとするな! 本当、すまなかった…この通りだ、シャルロット。捨てないでくれ…」
あたしの威圧に、やっとあたしが帰ってきた事に気付いたナズナが慌て始め、あたしに向かって土下座し始める。
いや、最初にシンクへ嫉妬してたじゃないの貴方は。
ルルさんとブリジットさんが、あとはお願いしますとナズナの動作を見て見ぬ振りして、部屋を出て行った。
あたしは風魔法を使い、書類を一纏めにする。
その間も、あたしはナズナを見下ろすだけだった。
無言があたし達の間を通り過ぎて行くが、どちらも言葉を発そうとしない。
あたしも喋るつもりはなかったので、一纏めにした書類を部屋の隅にまとめ、踵を返した。
「ちょ、待ってくれシャルロット!」
ナズナがあたしを後ろから抱きしめてくる。
振り払おうと思えば出来るが、その際ナズナは大怪我をする事だろう。
彼の事が本気で嫌いになったのならそうするが、別に嫌いになったわけではないので大人しくする。
「…離してくれないかしら」
「嫌だ。お前に気付かなかったのは悪かった。俺から離れないでくれ、シャルロット…」
とても情けない声だ。
そこまであたしの事を愛しているのに、帰ってきた事に気付かないなんて、酷い人。
あたしは少しため息をついて、彼の腕に手を添える。
「お風呂に入りたいのだけど。貴方、付いてくる気?」
「…お前がいなくなりそうだから、ついていきたい。シャルロット…」
そう言い、彼はあたしの肩に顔を埋めた。
あたし、貴方が嫌になって離れた事なんて一度も無いはずなんだけど。
何かナズナのトラウマでも踏んだかしら…?
いや、踏んでないはず。
多分。
「ナズナ…? 貴方どうしたの? 少し様子がおかしいわよ?」
「…お前のあれを見ただけで、お前が消えてしまったんじゃないかと錯覚するんだ。だから嫌だって言ってるんだ。捨てないでくれ、離れないでくれ…愛してるんだ、シャルロット…」
ナズナからの抱擁がキツくなる。
寂しさと悲しさ、そして懇願から来ているものだとわかったので、あたしは苦笑した。
「捨てないし、離れないわよ。あたしの性格わかっているでしょう? 本当に嫌なら、宮塚みたいにズタズタにしてから捨てるわ。ね、あなた? そんなに不安がらないで? 泣いている貴方も可愛いとは思うけれどね?」
泣いてない、と少し不機嫌そうな声で言われてしまい、あたしはクスクスと笑う。
それでもあたしを離そうとしてくれないので、少し困ってしまうけど。
「貴方が不安なら、このままベッドに行って眠りましょうか? 大丈夫。貴方が寝ている間にテスタロッサに帰ったりはしないわ。ね、ナズナ? 少し腕を緩めて欲しいの。貴方の顔が見たいわ」
あたしがそう言うとナズナの抱擁が緩まったので、身を反転させて彼を抱きしめる。
彼の胸に頬擦りをして、見上げた。
「ほら、泣きそうな顔。可愛いあなた。そんなにあたしが愛しいなら、帰ってきた時抱擁の一つもほしいわ。貴方に素っ気なくされて、少し傷ついたのよ?」