あたしがあまり不自由していないのは、ターニャがお小遣いと称して服やらお金やらを送ってくるせいである。
そのお金で食材を買っているし、住む場所も学校に通っている今は寮の部屋がある。
何ならナズナの婚約者でもあるので、城にあたしの部屋さえ用意されてあった。
ヴィオレッタ嬢はどうだったのだろうかと、一回ナズナに尋ねた事がある。
凄く渋い顔で、
「あれは妃教育からも逃げ、遊び呆けていた。たまに受けにきてはいたらしいが、シャルの足元にも及ばない程酷かったらしい。我儘ばかりで、ヒステリックに叫んでいたのを聞いた時は、こんなのが次期王妃になるのかと頭を抱えたさ。金遣いも荒い。自分を着飾り、俺の事はアクセサリーと同じようにしか思っていない。そんな奴に、城の部屋が用意されると思うか?」
それはされないだろうし、ナズナの嫌な記憶を呼び起こしてしまって大変申し訳なくなった。
と、それは置いておいて。
「言ってくれれば貸すよ、シンク?」
「いや、やるなら自分の資金の範囲内でやります。というか、少し見て回ったら帰ろう、ユタカ。マナやカナデが俺は心配だ」
えー、と少し不満気にユタカちゃんは言う。
そんな時に、ナズナが言葉を発した。
「子供が心配なのはわかるが、カヅキが見ているのだろう? 妻に不満を抱かせると、そのうち離婚の危機に陥ると思うぞ、シンク。妻の機嫌を取るのも、夫の務めだと言っておこう」
「…何回も母様怒らせてる父様が言うと、信憑性増すー…」
シンクの言葉に、ナズナが固まる。
ギギギと音がしそうな動きをしながら、彼はシンクに尋ねた。
「何回も、シャルを怒らせてるのか…俺は…?」
「痴話喧嘩から、大規模なものまでってグンジョウから聞いた事ありますよ。痴話喧嘩は毎度の事で、大規模なものだと、結婚記念日を忘れた時らしいですね。その日を忘れて父様、母様置いて視察に行ったらしくて。しかも帰ってきたのが翌日だって話ですよ? それが一回だけならまだしも、またやらかしたらしくて…母様、激怒したって話ですよ。一回離婚危機に陥ったとか」
…聞かなかった事にしたい。
凄い気まずい。
結婚記念日を忘れた程度であたしが激怒?
どれだけナズナに傾倒しているのだろうか、未来のあたしは。
…いや、彼と最低でも3人は子供を作っているのだ。
今よりも仲睦まじくなっているだろう。
なら、そうなるのも必然…か?
「お前の所に子供達を置いておけるか、あたしは実家に帰らせてもらう。ターニャにも話すから、絶対離婚する、って。もう大騒ぎだったみたいですよ。そう言った翌日、本当に母様は城からいなくなるし、離婚届まで送ってきたって。父様顔青ざめさせてテスタロッサの家まで来て、土下座して母様に許して欲しいって懇願しまくったって、方々から未だに語り草になってますよ、父様」
「…………」
ナズナはソーサーにカップを置き、自分の顔を手で覆う。
自分がそんな事をやらかすなんて、聞きたくなかったよね。
それに、あたしの一人称が私になっていないあたり、総帥モードでそれを言ったわけではなさそうだ。
本当にその当時のあたし、本気で怒ったんだろうなぁ…。
「…シャルは…まだ俺の妻でいてくれてるか…?」
「まぁ、一応。そん時は確か、グンジョウが6歳か7歳辺りだって話だったんで。母様に許してもらうまで、父様何回も足繁く通ったって話ですよ。許してもらうまで数ヶ月くらい掛かってたって言ってたかな。その間の王妃業務は全てストップ。父様も多忙の中、時間を作って母様に許しを乞うために通ってて、やつれてたらしいです。流石に可哀想だと思ったグンジョウと姉が、母様に許してあげて欲しいと懇願して、母様は仕方なく城に帰ったとか」
…それ、ナズナが足繁く通う必要性あったのかしら?
見切りを付けて、離婚してしまった方がお互いのためだったのでは?
下手したら倒れるじゃない、この人。
「なんで離婚しなかったのかしら、ナズナ。こんな我儘な奴、見切りをつけてしまえばいいじゃないの。それよりは自分の体調の心配したらいいのに」
「出来るわけないだろう?! あまり我儘を言わないお前が、そんなに激怒したんだぞ?! お前に心底惚れているのに、俺の落ち度でお前に離れていかれるなんて…耐えられない…っ! よく首を括らなかったものだ、俺…。今ならする自信しかない…」
あたしの肩を掴み、そう言ったナズナは項垂れる。
あと、そんな自信は持たなくてよろしい。
「シンク、グンちゃんと一緒で記憶力良いもんね。あんまり地雷落としてあげない方が、良いんじゃない?」
「父様にもだけど、俺にも戒めって事。俺もユタカに捨てられたら生きていけないから」
ニコリとユタカちゃんへ微笑みかけるシンクに、するわけないでしょ、とユタカちゃんも笑う。
仲が良いようで良かった。
それに比べてこの人、本当に泣きそうになってるんだけど。
未来の息子の前で泣かないでいただきたい。
「まだ離婚してないんでしょう? ならナズナを許したって事じゃないの?」
「父様が何かする度に、その話してますよ母様。あと、なんなら離婚しても良いって笑顔で未だに言ってるので、まだ許してないですよ、あれ」