「吾妻ノ国?」
イフリート1の月。
夏休みに入る直前、ナズナから吾妻ノ国に行かないかと提案された。
確かに、婚約する前にそんな話はしていたけれど。
「貴方、政務の方とか大丈夫なの?」
「二ヶ月は国を離れても大丈夫なようにはしてある。大体、まだ王位を継いでいないというのに、あのクソ親父がこちらに仕事を投げてくるせいで、あまり身動きできないというのも腹立たしい」
最近はそれにかかりきりで、各地方の視察にも行けていないと、この間愚痴を零していたばかりだったっけ。
その時に、国民にお前が将来の妻だと見せてやりたいのにな、なんて言われて彼の腕を軽く叩いたりもした。
「あたしの方は別に何の予定もないから良いけれど。確かに行きたいとは言ったけど、貴方に無理はさせたくないのよ?」
「わかってるさ、シャル」
半年で少しは伸びたあたしの髪を、彼はいじりながら微笑む。
本当にわかっているのだろうか、ナズナは。
少し目の下に隈が出来ているのだけど。
「…お昼休みになったら、お昼寝しましょうね貴方は」
「眠くないが?」
良いから寝なさい、と笑顔を向けると彼は素直に頷く。
そしてお昼休み、木陰で昼食を取り、彼はあたしの膝枕ですぐ寝始めてしまった。
「やっぱり無理してたんじゃない…」
寮の部屋で一緒に寝てはいたけれど、あたしが起きたらもうナズナの姿がない、なんて事が多々あって、この人何時間寝ているのかと心配になっていたのだ。
「これ、毎日お昼寝させた方が良いわね…」
夜寝れていないというなら、そうする他ないだろう。
お昼休みといってもご飯を食べる時間を抜けば1時間はないので、休息になっているのか分からないけれど。
「ルルさん、ブリジットさん、本当にすみません…」
「いや、別に私達はいいんだけど」
「私達の事は空気とでも思ってて、シャルロット」
元同僚の二人に、あたしは謝罪する。
本当、何も言わず付き従ってくれてて感謝しかない。
…あたしとナズナがイチャついてても、本当空気のように気配を消してくれてて、我に返った後本当に申し訳なくなる。
昼休みが終わる鐘が鳴ったので、あたしはナズナを起こす事にした。
「ナズナ、起きて。お昼休み終わったわよ」
「ん…あともう少し…」
そう言い、彼はあたしの腰に腕を回して抱きついてくる。
本当はもっと寝かせてあげたいのだけど、流石に午後の授業に遅刻するわけにもいくまい。
「ナズナ、起きて」
揺すってみても、起きる気配がない。
どうしようと思ったあたしは、少し考えた後雛桔梗にリミッターを全解除してもらう。
「時よ、止まれ」
時魔法で時間を止める事が出来ないか試してみようと思い立ち、魔法を使ってみた。
心地よい風が吹いていたはずなのに、それがぴたりと止み、空気が澱んだ感じがする。
ルルさんやブリジットさんは微動だにせず、こちらを見たまま固まっていた。
ナズナの方を見れば、規則正しい寝息を立てている。
彼だけは時が止まらないようにしていたので、これは正しい反応なのだが。
「すっごい無音…」
木々の葉が風で鳴る音も、人々が談笑する声も、騒めきも、何もかもない。
この世界に、あたしとナズナだけしかいないような錯覚に陥る。
「それはそれで、幸せな事なんでしょうけど…」
というか、ちょっと考えて実行しただけで簡単に出来てしまうなんて、あたしの力ってどうなってるの?!
怖いのだけど?!
あたしはナズナが自然に起きるまで、暫くぼーっとしていた。
体感時間で数時間くらい経った頃、ううん、と唸り、彼が目を開ける。
寝起きで目の焦点があっていないのか、意識がはっきりしていないのか。
あたしを見上げていたナズナだったが、いきなり起き上がった。
「シャル、今何時だ?!」
あたしは校舎の壁に設置されている時計を指差す。
そちらの方を見たナズナが、驚きの声を上げた。
「は? 昼休憩が終わる時間? 結構頭がすっきりしているんだが…?」
「でしょうね。体感で言えば、もう5時間は経っているはずだもの。あー、足痺れたわよ全く」
木の幹を支えにして立ち上がる。
彼もすまんと言いながら、立ち上がった。
「シャル、これは…」
周りの様子がおかしい事に気付いたナズナが、あたしに尋ねてくる。
こんな芸当が出来るなんて、あたし以外いないだろうという推測の元だろうけど、その通りなのであたしは苦笑した。
「貴方、全く寝れてなかったのでしょう? どうにか時を止められないかと思って魔法を使ってみたら、案外上手くいっちゃったのよ。よく寝れたでしょう?」
「お前…」
ナズナはあたしをキツく抱きしめてくる。
一体どうしたのだろうと、あたしも彼を抱きしめ返す。
「俺が言うのもなんだが、あまり無茶をしてくれるな、シャルロット。こんな大規模な魔法、お前の体に負担がいくだろうに。俺の為とはいえ、お前に無茶をさせたくはない」
「うーん…別に体がだるいとか、しんどいって事はないのだけど」
むしろ、これだけ大規模な魔法を使っているのに、疲れを感じないのよねぇ。