石自体忘れていたとはいえ転位門って、そんな機能があるのか。
知らなかった。
なら、すぐ行って始業式が始まる前には帰って来られるわけだ。
「ほら、行くぞシャル」
ナズナがあたしに手を差し出してくる。
その手を取ると、王宮の転位門まで飛んだらしい。
目の前の景色が、寮の部屋からすぐさま変わった。
あたしは彼の方を見る。
手を握りながら、ナズナは少し疲労感を漂わせていた。
「ナズナ、行く前にバテないでね? 怪我は治せるけど、疲労は治せないのよ?」
「わかってる。お前の手を煩わせる事態にならないよう、気を付けるさ」
言ってくれれば、あたしが魔力を使って王宮に転移したものを。
この人、あたしに対して格好つけたいのかしら。
それはそれで、少しおかしくて笑ってしまうのだけど。
「何を笑っている?」
クスクスと笑いを零してしまったあたしに、ナズナは怪訝そうな顔をする。
「別に? 吾妻ノ国、どんな所か楽しみだと思って」
「行けばわかる」
転位石に魔力を込め、魔法陣の上に乗った。
景色が一瞬で変わり、あたしの目の前に飛び込んできたのは、螺鈿細工で作られた扉に白色の壁と朱色の柱といった、昔の中華風の部屋だった。
「ナズナ殿下、お久しぶりです」
「お久しぶりです、叔父上。ご無沙汰しております」
部屋の中に一人の男性がおり、ナズナに挨拶してきた。
ナズナがその男性に頭を下げたので、あたしも下げる。
畏まる必要はない、と言われたあたし達は頭を上げた。
ナズナが叔父、と言った事からこの人はナズナのお母さんの弟さんなんだろう。
黒髪茶目、歳の頃は40くらいだろうか。
顔は中華寄りというよりは、日本人寄りっぽい。
服は中華風とも、着物を現代風にアレンジしたものとも取れるようなデザインで、ナズナが着たら似合うのだろうな、と思った。
「そちらが、殿下の婚約者殿か。
「シャルロット・マリアライト・テスタロッサと申します。お会い出来て光栄です」
カーテシーをしながら微笑む。
蓮さんは、ほう、と驚いた声を上げた。
「何とも優美な
「でしょう。シャルロットは、俺には勿体無いくらいの女性です。俺の妻に迎えられる事は、とんでもない幸運だと思っていますよ」
そう言って、彼はあたしを抱き寄せ、お熱いですな、と蓮さんは笑う。
あたしは笑顔を崩さず思った。
実の叔父にまで、嫉妬から見せつけるようにやらなくても良いじゃない。
あの陛下じゃあるまいし、甥の婚約者に手を出そうとする人じゃないでしょうよ。
「どれくらい
「叔父上。俺が母上の忘れ形見だからと、あまり誘惑しないでいただきたい。以前ならともかく、今はシャルロットもいます故」
ニコリと笑って蓮さんのお誘いを断るナズナだったが、あたしはそれに含みがあるんじゃないかと思ってしまう。
それ、あたしがいるから国に帰らなきゃって意味なのか、それともあたしを連れ去って、王太子の座も捨てて、この国に移住したいって意味なのか。
一体どちらの意味でそう言ったのか、後で問い質さなくては。
蓮さんの先導で、あたし達は転位門の部屋から外に出る。
部屋の外には日本風の庭が広がっていて、あたしは感嘆の声を上げた。
「シャル?」
「…あ、ごめんなさい。少し、懐かしくなってしまって」
篠原家の屋敷内の一角にも枯山水があり、よくそこで疲れ果てたあたしを労うように、カヅキがお茶菓子を、長谷川がお茶を入れてくれて三人で眺めていたのだ。
その事を、思い出した。
「シャルロット殿は、この庭の良さが分かりますか」
「はい、実家の方にも同じようなものがございました。とても、懐かしく思います」
帰ったらターニャにおねだりして、枯山水をテスタロッサの庭に作ってもらおうかしら。
そう考えていると、蓮さんからある提案をされた。
「御二方、服を用意しましたのでそちらに着替えては如何か? 特にシャルロット殿は、吾妻は初めてでしょう? ナズナ殿下、どうです?」
「そうですね。シャル、お言葉に甘えよう。こちらの服を着たお前も見てみたい」
蓮さんが使用人の人に声をかけ、あたしは着替えるためにナズナから離れる。
ちなみに、最初からルルさんとブリジットさんは付いてきていない。
ナズナが権限を使って、二人を城へ待機にさせたのだ。
護衛の意味分かってんのかしら、この人…。
いくらあたしと二人で旅行したいからって、王太子って自覚ある?
あたしは、小さくなり更に透明へなってくれているルティに、ナズナの護衛を任せ、使用人の人達についていく。
着付け室みたいな場所に連れて行かれ、あちらこちらと服を合わせて似合っている物を着させられた。
ベースは黒地なのだが、キャミワンピースタイプで、長袖の薄地の上着と一緒に帯を閉められる。