彼をここに入れたら、そのまま流されるだろう事が目に見えていたあたしは、絶対に開けるものかと決意を固くする。
「シャル…」
「ルティ、連れて行け。私が穏やかに何を言った所で、殿下は動きそうもないからな」
ため息をつき、あたしは総帥モードでルティに命令を下す。
穏やかに話している間に、素直に離れれば良いものを。
御意、とルティは了承をして、ナズナが抵抗出来ないように浮かせて連れて行ってくれた。
後で聞いたが、ろくに抵抗もせず彼はあたしの部屋から離れたそうだ。
夕飯を中に運び込んでもらい、あたしはその彩りの良さにまた感嘆の声を上げる。
吾妻ノ国はその名前の通り和という感じだったが、まさか食事も和食が出るとは思わなかった。
お茶の食器も陶器だったし、食事をする為の食器も漆器で、食べやすいようにと使用人の人にフォークとかを渡されたが、もしかしてと思い、箸はあるかと尋ねる。
驚かれたが、あると言われたので持ってきてもらった。
久しぶりの和食に、久しぶりに使い慣れたお箸で食事を頂く。
あちらでは洋食ばかりで、和食が恋しくなっていたのだ。
感動して少し涙ぐんでしまう。
あぁ、帰りたくなくなってきたなぁ。
ナズナだけ帰らないかなぁ…。
なんて思ってしまった。
そんな事を考えてしまう程、あたしは彼に対して怒っているらしい。
そして夜。
室内にあるという露天風呂に入る事にした。
「うわぁ…っ!!」
所々柚子が浮いていて、とてもいい香りがする。
柑橘系が元々好きなあたしは、飛び上がりそうになるくらい嬉しくなった。
テスタロッサの製品であるシャンプーやボディーソープがここにもある事に驚きつつ体を洗い、柚子風呂に入った。
「極楽ー…」
そして思う。
ナズナ、大丈夫かな…。
こんな事を考えるなど甘いにも程があるが、まさかこっちに来てまで、彼と喧嘩するとは思わなかった。
いや、あれはナズナが全面的に悪いんだけど。
でもカヅキの言葉を借りるなら、メンタルクソ雑魚? のナズナがあたしにこんな態度を取られて、逆ギレせず落ち込んだら…首括んないかしら…?
それは凄く困るんだけど。
周りにかなり迷惑だし。
〈ルティ、貴方ナズナの傍にいる?〉
〈いるが…此奴、主の部屋の前から動こうとしないぞ? 一回元の部屋に連れては行ったが、またここに戻ってきた。如何する、主? 昏倒させるか?〉
はい?
あたしの部屋の前?
連れてって戻ってきた?
どういう状況なの?
あたしは露天風呂の淵に頭を乗せて、空を仰ぎ見る。
報告を受けても全く理解出来ない。
ナズナの行動が意味不明すぎる。
自分が王太子だという自覚、本当に無いのだろうか?
ここは自国じゃないから、羽目を外してる?
それともルティが傍にいるから、危険な目にあっても大丈夫とか?
冗談じゃない。
〈ナズナ、酔ってる?〉
〈いいや。もう素面だな。主の顔を見るまで動かんと言っている〉
あぁ、もう。
子供なのかな、彼は。
呆れたあたしは、仕方なく露天風呂から上がり、身体をタオルで拭いてから、下着を身に付け浴衣を羽織り帯を締める。
そのまま、部屋の扉を開けた。
「貴方、何やってんの?」
「………」
無言であたしを見上げるナズナは、少し憔悴しているようで、無表情も相まってかなり怖い。
「誤解だって言ってたけど、何をどうしたら誤解しないって事になるのか、説明して欲しいんだけど」
若干気圧されそうになりながらも、あたしは彼に説明要求する。
「…店の女性に、お前をどれだけ愛しているか、話していただけだ。確かに酔ってはいたが、部屋に行こうと言われて断っていた所へ、ルティが現れて頭を殴られてだな…お前からの伝言に酔いも覚めたし、血の気も引いた。別について行こうとしていたわけではない、とすぐに弁明したかったんだが…叔父達にも痴話喧嘩かと笑われてしまうし…本当にすまなかった…」
そう言うと、ナズナはあたしから顔を背けて、体育座りをしていた自分の足に顔を埋めた。
「あの、いつまでそうしているつもりで…?」
「…さぁな」
返答が素っ気なくなっている。
え、落ち込んでるの?
ナズナの答えが単調になってきているとは、彼のメンタル的に、相当マズい状況ではないだろうか。
「ナズナ? とりあえず部屋に戻ったら…?」
「嫌だ」
あたしは困って、傍に控えてたレヴィとルティを見る。
見られた瞬間、二人とも無理だと首を横に振った。
ですよね…。
わかってた、うん。
「ナズナ? ここ冷えると思うんだけど。風邪引いちゃうわよ?」
「構わん」
構わん、じゃない。
あたしが構うんだってば。
…全く、仕方ない人だなぁ…。
あたしは本当に、彼に対してほとほと甘いみたいだ。
指を鳴らして、時を止める。
そして、ナズナの横に腰掛けた。
「…胸の事、まだ謝られてないんだけど。なんか弁明しようとしたら、本気でキレるからね」
「すまなかった…」
よし、謝ったから許してあげよう。
あたしは彼の隣で空を見上げる。
夜空には満月が輝いていて、あたしはある言葉を口にした。