「月が綺麗ですね」
「……? 確かに、今日は満月だが…」
あたしの方を見たナズナが、首を傾げる。
そんな彼に、あたしは苦笑した。
「あたしが生前住んでいた日本にはね、文学者と呼ばれる人達がいたの。こっちでは作家さんかな。その当時、外国からの言葉が入ってきてて。文学者の1人が、その言葉を教える先生だったの。生徒が訳した言葉に、日本人はそんな言い方はしない、月が綺麗ですねと言いなさい、って言ったんだって」
「…何の言葉を訳したんだ?」
尋ねてきた彼に、あたしは微笑みながら言う。
「
「…っ!!」
ナズナが目を丸くし、息を呑んだ。
何度も、あたしは彼に対してそう言ってきたし、彼もあたしに対してそう言ってくれた。
だからこれは、仲直りをしましょうという合図だ。
流石にそこまで気付かない程、彼は鈍くないだろう。
「…シャル…それに対して、なんて返答するんだ…?」
恐る恐る聞いてきた彼に、あたしは微笑んだまま教える。
「返事を保留にするなら、そうですね。付き合わない方がいいと思ったなら、手が届かないから綺麗なんです。あなたに対して恋心はありませんよと断るなら、私には見えません。だったかな」
「そんな返事じゃなくてだな…」
わかっているから、焦らないで聞いて欲しいんだけど。
苦笑しながら、あたしは彼の頬に手を添える。
「死んでもいいわ、って返答するの。ロシアと呼ばれてる国の言葉を翻訳した文学者は、私はあなたのものだという言葉を、そう翻訳したのですって」
「…シャル…」
手を添えていたあたしの手を取り、彼はゆっくりと押し倒してきた。
月明かりが逆光になり周囲も暗い事から、ナズナの表情がわからない。
流石に時を止めているからと、無体な事はしないだろうけど。
「シャルロット…お前の為なら、死んでもいい…」
そう言って、彼はあたしに口付けてきた。
いつもみたいなお互いを貪るようなキスではなく、とても優しい、触れるだけのキス。
唇が離れ、ナズナが微笑んだ気配がした。
だから、あたしも微笑みを返す。
「月が綺麗だな、シャル」
「えぇ、死んでもいいくらいに」
貴方の位置から、月なんて見えないでしょうに。
なんて、無粋な事は言わない。
あたしは腕を彼の首に絡め、抱きしめる。
「好きよ、ナズナ」
「俺もだ、シャル」
あたしの背に手を回し、彼はそのまま持ち上げて立った。
魔力の流れから、彼が筋力強化をしたのがわかり、無茶をするなぁと苦笑する。
「その姿も美しいな、シャル。こちらでは天女の伝説があるというが、お前天女の末裔ではないのか?」
「褒めすぎよ、あなた。確かに、あたしは天から落とされて貴方と出逢ったけれど、ただの女だもの。あたしが天女の末裔なら、貴方がやることなす事、全てに興味がないでしょうね。ただの人に、どうして自分の意識を向けなければいけないの?」
彼の胸に顔を埋め、甘える。
あたし達は、暫くその場で抱き合っていた。
◆◆◆
流石に冷えてしまったので、あたしはナズナを露天風呂に誘導する。
一緒に入るか、と聞かれたので背を思い切り叩いた。
「い…っ! 冗談だ…もうお前を怒らせたくはない…」
コツン、と額を合わせてきたので、あたしは彼を見上げながら小声で言う。
「理性が崩壊しないなら、水着着用で入ってもいいよ」
「……襲いそうになったら殴ってくれ…」
そこはやらないと言ってもらいたいんだけど。
というわけで、二度目の露天風呂に入る事になった。
ナズナにも水着を着てもらったので、多分セーフだろう。
この露天風呂のお湯は源泉掛け流しなのか、お湯の温度はお風呂から上がった時と変わっていなかった。
「結構柑橘の匂いがするな」
「いい匂いよね?」
聞くと、ナズナは頷く。
二人でお湯につかった後、あたしはナズナの方へ近寄った。
「…シャル、誘惑しないでくれ…」
「今日あたしを怒らせた罰よ。生殺しで寝れなくなってしまえ」
彼の腕に抱きつきながら、胸を押し当てる。
最初は、よくもこんな鬱陶しい物をつけてくれたな、とヴェスタに怒ったものだが、今は案外ナズナを翻弄できるから、捨てたものではないなと思っている。
「シャル…理性崩壊するぞ…」
「そうしたら婚約破棄だって分かってるわね?」
脅して離れさせようとしたがお生憎様。
あたしに溺れまくっている貴方が、あたしに敵うとでも?
にっこり笑うと、ナズナはこちらから顔を背けてしまった。
ちなみに今のあたしの水着は、ピンクのワンピースタイプを着ている。
「ナズナ?」
問いかけても無反応で、あたしは少しムッとした。
それが許されるとでも思ってるのかしら、この人。
あたしは彼の真正面に移動し、そのまま抱きついた。
あたしの行動が予想外だったのか、ナズナが見た事もないくらい狼狽始める。
「ちょっと待てシャル?! 流石にそれは、はしたないと思うぞ?!」
「ただ単に、いつも通り抱きついただけでしょうに…何動揺してるのよ。えっち」