「だって、寝室を別にしたの、たった一日だけじゃないの。婚約する前だって、一緒に眠ったのそんなに多くはないのに。そんなに寂しがりやだったかしら、貴方?」
クスクス笑っていると、ナズナがムッとした。
あたしの胸に顔を埋めながら、頬擦りしてくる。
いつもあたしが、ナズナに甘える時にする動作ではあるが、逆だとこんなにも恥ずかしいのかと、あたしは頬を赤く染めた。
「や…あの…」
か細くなってしまった声で少し抗議するが、彼はあたしの胸に顎を乗せて見上げてくる。
「俺は常に、お前と共にいたいと思っているのに、お前はそうじゃないのか? シャル」
「そういうわけじゃないけど…」
じゃあ、どういうわけなんだとナズナは更に眉を寄せた。
あたしは、うーん、と首を捻る。
「貴方と共に在りたいというのは、同意見なのだけど…そんなに四六時中引っ付いてたら鬱陶しくない?」
「俺は大歓迎だが」
そんな子供じゃあるまいし…いや、この人頭は回るけど、中身子供だったわ。
あたしより2歳上のはずなのに。
「ナズナ、貴方…今年19よね?」
「そうだが?」
そうだが、じゃないんだよなぁ…。
来年で20だし、日本では成人年齢なんだよなぁ…。
もうちょっと大人になってくれないかしら…。
いや、冷たくされたら泣く自信しかないのだけれど。
あたしは彼との問答を早々に諦めて、ナズナの頭を撫でた。
交互にお風呂に入ろう、との事で、ナズナに先に入ってもらう事にして、あたしはその間読書をする事にする。
吾妻ノ国の著書だが、日本語に近い筆記体で読みやすい。
というか、筆記とかリューネと吾妻で全く違うのに、言語一緒ってどういう事なんだろうか。
これも神様都合というやつなのかもしれない、と勝手に納得した。
あまり深く考えたら、それこそ国の有り様から調べる事になるだろう。
あたしが歴史学者を志すならともかく、あたしはナズナの妻になる。
調べている余裕などない。
コンコンと扉をノックされ、あたしは本から顔を上げた。
壁時計を見ると、時刻は夜の9時。
こんな時間に誰だろうと、立ち上がったあたしは扉の前に立ったが、それを開けず、訪問者に尋ねる。
「どちら様でしょうか?」
「あの、翔です。柊もいます」
ナズナの従兄弟達か。
一体何の用だろうか?
というか、遅い時間に訪ねてくるって…嫌な予感しかしない。
「何のご用でしょうか?」
「あの、扉を開けていただいてもいいですか?」
誰が開けるか!!
と、怒鳴りそうになるのをグッと我慢して、あたしは穏やかに話す。
「申し訳ありません。防犯の理由で、自分以外が尋ねてきても開けないよう、ナズナ殿下から仰せつかっておりますの。扉越しでご用件をお聞きしますわ」
押し入られても困るので、あたしは扉が開かないよう静かに、相手に気取られないよう魔法を発動させた。
「あの、僕らと同衾していただけませんか? 貴女に一目惚れをしてしまったのです。一夜限りでいいので…」
「お断りします。私はナズナ殿下の婚約者です。殿下を裏切るような真似は出来ません。お引き取りください」
あたしは毅然と断る。
あの目を見てわかっていた事だが、人の物に手を出そうとする神経がわからない。
あたしと出会うのが遅かったから、なんて理由は聞きたくもない。
あたしは、ナズナの妻になる女だ。
彼を裏切るなんて、死んでもするものか。
「シャルロット殿…どうか…」
「頼まれても、例えお金を積まれようとも、私は殿下を裏切る事はしません。もしそういう事になってしまったら…私はこの命を自ら断ち切ります」
ここに居たのがもし、ヴィオレッタさんだったなら、この誘いを受けていたのかもしれないが…あたしは彼女じゃない。
馬鹿にするのも大概にしてもらいたい。
更に何か言おうとしたのだが、あたしを避けるように衝撃波が扉に向かって行き、扉の前にいたであろう翔さんと柊さんをそれ毎吹っ飛ばした。
見なくても誰がやったかなんてわかる。
あたしでさえ寒気がするくらいの殺気が、二人に向けられていたから。
「貴様ら…今のはどういう意味だ…!」
「殿下…」
あたしは後ろを振り向き、彼に近寄る。
あまり髪をタオルで拭いてこなかったのか、ポタポタと水滴が滴っていた。
どこから聞いていたか知らないが、急いで出てきたのだろうか?
「風邪を引いてしまいますよ、殿下」
「今の事は叔父上に報告させてもらうからな。隣国の王太子の婚約者を寝取ろうとしたと…!!」
頭に血が昇っているらしいナズナは、あたしの言葉も届いていなかったようで、二人を睨みつけている。
あたしはため息をついて、彼の肩にかかっていたタオルでナズナの頭をタオルドライし始めた。
「おい、シャル…」
「ナズナ? あたしは、風邪を引くって言ったよね? 聞こえてなかった?」
ニコリと笑うと、すまんと言いながら彼から抱きしめられる。
あたし達の様子を、吹っ飛ばされた二人はポカンとした表情で見ていた。