それは否めない…。
今度、ナズナの前でつけて試すとしよう。
これで気絶したら、婚姻が早まると思えば…いや、それを期待してやっては駄目だと思う。
むしろターニャに叱られそうで怖い。
それを想像して頭を抱えたあたしを、ナズナは昨日みたいに抱き抱えた。
「お前の近くの庭も良かったが、こちらにも見頃な花があったぞ。もしかしたら、お前には馴染みがあるかもしれないな」
彼の言葉に、首を軽く傾げる。
馴染みがあるとはなんだろうか?
しかしすぐに、彼の言葉に納得した。
ナズナの部屋近くの庭に、青い紫陽花が咲き乱れていたのだ。
「うわぁ…凄い…」
ここまで大量の紫陽花は見た事ない。
そして先程のナズナの言葉に、首を傾げる。
何故あたしに馴染みがあると、彼は言ったのだろうか?
「ナズナ、さっきのどうしてそう思ったの?」
「うん? あぁ、この花の事か? 青いだろ? シャルの髪の色だ」
それだけ? と聞くと頷かれたので、単純だなぁと笑う。
早朝だからか草の匂いが強いし、少し肌寒いけれど、それが気にならないくらい今は穏やかな気持ちだ。
試してみて良かったと思う。
あたしはきっと、ナズナの隣ならどんな困難でも乗り越えられるのだろう。
そう思った。
◆◆◆
朝食を頂き、あたしはナズナと部屋でのんびりしていた。
午後からは雨模様らしく、外には行かない方がいいと、使用人の人に言われたからだ。
そのうち、使用人の人が言っていた通り空が曇ってきて、雨が降り始める。
「雨かぁ…」
あたしは窓の外を見ながら呟く。
結構激しく降っていて、雨粒が窓を叩いている。
「あまりリューネでは降らんからな。珍しいか、シャル?」
あたしの足を枕にしながら本を読んでいたナズナが、目線をあたしに投げかけてくる。
あたしはチラリと彼を見た後、また窓の外に目を向けた。
「そうだなぁ…。羨ましいと思って見ていたかな」
「羨ましい?」
一体何故と疑問が浮かんでいるだろう彼に、あたしは言う。
「あたし、送り迎えは車…こっちの世界で言ったら、馬車かな。それでずっと移動していたの。雨が降ってても、晴れてても関係なく。車から降りても、カヅキが傘を差してくれてたから、あたし自身が濡れる事はなかった。だから、車から見える光景が羨ましかったの。一緒に傘を差して帰る友達、同じ傘の下で手を繋いで歩く恋人の人達。傘を持ってなくて走る人や、雨宿りしてる人もいたっけ…」
あたしは懐かしくなって、目を閉じた。
自分の呼吸音や、ナズナの呼吸音よりも強い雨音が耳に響く。
「もし、貴方があたしと同じ場所に生まれて、同じ時を過ごしていたら…。あたしは貴方に恋をしたかしら?」
「シャル…」
名を呼ばれて、あたしは目を開けた。
彼の方を見ると、真剣な顔であたしを見つめている。
「もしもの話よ。もし、貴方があたしと同じ日本人で生まれていたとしても、多分結ばれる事は無かったんだろうなぁ、と思ってしまって…」
次期総帥であるあたしには、カヅキという婚約者がいた。
もし、ナズナに恋をしたところで、それは叶わなかっただろう。
苦笑しながら言うが、ナズナは手を伸ばし、あたしの頬に触れた。
「シャル。俺は生まれ変わったとしても、絶対お前に惚れるだろうし、お前を振り向かせる努力だって怠らないだろう。お前も知っての通り、俺は嫉妬深いんだ。お前に言い寄る男は、例えカヅキが相手だろうと、蹴散らしてやる。お前が振り向いてくれるまで口説くし、振り向いてからも口説き続ける。お前を愛していると、何回でも言うよ」
ただの戯言なのに、ナズナは真剣に答えてくれる。
あたしはそれが、何より嬉しい。
「ありがとう、ナズナ」
「シャル? 今度雨が降ったら、二人で傘を使って何処か行ってみるか? それとも、雨の中濡れながら歩こうか? お前が望むなら、俺はどこまでも共に行こう」
彼が触れてくれている手に頬擦りする。
そしてあたしは、困ったようにナズナを見た。
「貴方、あたしに甘すぎだと思うわ。あたしが望む全てを叶えようとしなくていいのよ?」
「お前が愛おしいだけだ。むしろ、お前は少し我儘を言った方がいい。惚れた女の望みを叶えるのも、男の甲斐性だからな」
仕方がない人だと思う。
あたしは、貴方の隣に居られれば、それだけで良いのに。
ゆっくりと、時間が流れていく感じがする。
「あたし、我儘結構言っている気がするけれど?」
「ささやかすぎて、我儘と思えないのばかりじゃないか。あれが欲しい、これが欲しいとねだっても良いくらいなんだが?」
少し不満げに言われてしまったので、あたしはナズナに言った。
「ナズナにねだるくらいなら、自分で買う。欲しいものなんて、貴方からの愛だけだわ」
それを聞いたナズナは身を起こし、あたしに触れるだけのキスをしてくる。
彼が唇を離した後、二人で笑った。
それから一月の後、あたし達は蓮さん達にお礼を言ってリューネに帰った。
とりあえずナズナは、従兄弟二人の所業について、蓮さんに釘を刺しまくっていたが。