〈あれ自体に、瘴気を発生させるコアが埋め込まれている。それをどうにかしない限りは、無理だろうな〉
あたしは驚いてミラを見つめてしまう。
所謂エネルギー体である彼女達には、実体がほぼない。
あるとしても、依代になっている物質だけだ。
ウンディーネなら水、イフリートなら炎といった具合に。
精霊にコアを埋め込む?
そんな事可能なの?
あたしの疑問はミラには筒抜けなようで、彼女は肩を竦めた。
〈私にも、どのように精霊へコアを埋め込んだかわからない。だが、ゲンブの内側に瘴気が渦巻いているコアがある事はわかる〉
「そう…」
あたしはエルの方を見る。
エルの足元に転がっているグレゴワールも、エルも、あたし達を見て驚いて固まっていた。
「…どうかした? エル」
あえてグレゴワールは無視する。
彼女に尋ねると、どうかしたじゃありません、と返ってきた。
「精霊王様ともお知り合いになっているなんて…シャルさん、教会で聖女をする気はありませんか?」
「ないない。そんなに信仰心厚い方じゃないし、何ならヴェスタに会ったら殴ろうと思ってるんだけど。いや、もう蹴ってはいるんだった…」
ナズナと婚姻を結ぶと決めた時点で、平穏無事にいかないとは思っていたけど、こんな多事多難だらけなんて。
あたしはただ、ナズナと平和に過ごしたいだけなのに。
今度はあいつの顔面目掛けて殴ろう。
そうしましょう。
「まぁ、ヴェスタ神をですか?」
「その話は置いておいて。エルの家って、神官の家系よね? 瘴気を消す魔法とか知らない?」
ミラをゲンブに近付けるわけにはいかないし、かといって、レヴィとルティにあのまま攻撃を続けさせ、摩耗させるわけにもいかない。
「申し訳ありません。そのような魔法は存じ上げません。ですが、歴代の聖女は歌に魔力を乗せ、瘴気を浄化したと、我が家の文献には載っておりますよ」
「歌? 聖歌とか? エルも出来る?」
教会なら、聖歌とか讃美歌辺りだろうか。
聞いてみたが、彼女は首を横に振る。
「どちらでも、魔を払い、瘴気を払ったとの記述がありました。私は…まだ未熟者ですので…。そのような力がなく…お力になれず、申し訳ありません…」
「…エル、貴女がここに来て何分経ったかしら?」
会議を終わらせてさっさと帰るつもりだったから、時計やらなんやら寮に置いてきてしまったのだ。
だから、今どのくらいの時間が経っているのかわからない。
突然別の話題を振られ、エルは少し目を丸くした後、持ってきていた自分の鞄から時計を探し始める。
「ええと…私がここに来て、もうそろそろ30分経とうとしていますね」
多分ジルベルト家の家紋が掘り込まれている金の懐中時計を取り出し、エルはそうあたしに告げた。
「あー…体感でもそのくらいだと思ってたけど…時間かかりすぎてるなぁ……エル。歌というか、声に魔力乗せればいいのよね?」
多分、と答えたエルに頷いて、あたしは戦闘を続けている二人に戻るよう伝える。
「我が主、攻撃をやめて良いのか? あの亀、硬すぎて足止めしか出来ぬが」
「せめて、妾の水流で吹っ飛ばしてくれようぞ」
ルティの攻撃がゲンブに通じてないからと、レヴィは結構怒っているようだ。
うちの夫最強なのに、と思っていそうだけど。
「レヴィ、落ち着いて。取り敢えず、レヴィは何かあったらエルを守ってあげてね。ルティ、申し訳ないんだけど、そこの役立たずをギルドに投げてきて」
二人は承知、と返してくれ、ルティはグレゴワールを無造作に掴んで転移していった。
これで、グレゴワールが惚れただの綺麗だのなんだの言う声を聞かなくて済む。
あたしは、こちらに向かってくるゲンブを結界内に閉じ込める。
すぐに瘴気で充満して、ゲンブの姿が見えなくなった。
そしてその空間内に響くように、魔力を乗せてあたしは歌い始める。
曲はアメイジンググレイス。
選曲は何となくだ。
あたしの声と連動して瘴気が薄まっていくが、それでも薄まった先からまた溢れ出し、これでは堂々巡りだと思ってしまった。
〈ミラ。瘴気を発生させている、コアの位置はわかる?〉
〈ゲンブの腹辺りだ。ちょうど地面に接地している所だな〉
グレゴワールを置いてきたルティが戻ってきたのを見て、あたしは二人にお願いする。
〈レヴィ、ゲンブを水流でひっくり返して。ルティは、コアの位置に攻撃を〉
「「承知」」
レヴィが特大の水流をゲンブの周りに発生させ、それを用いて彼? をひっくり返した。
腹の部分に、極小のコアが埋め込まれてるのが見える。
ルティはそこへ向けてドラゴンブレスを吐いた。
ブレスでコアが粉々に破壊され、あたしの歌で瘴気が消されていく。
沼も瘴気で汚染されていたが、それも浄化されつつあった。
「ミラ、ゲンブは大丈夫かしら?」
〈精霊は大気のマナで生きている。暫くすれば傷も癒え、正気を取り戻して自分の住処に帰るだろう〉
それは良かった。
ゲンブの腹には、ルティのドラゴンブレスで穴が開いてしまっている。