腕を組み、壁に背を預けてこちらを見ている。
「殿下、陛下はどうなされたので…?」
ハインリヒ家の当主が、ナズナに尋ねてきた。
そういえばずっと黙っているし、ナズナしか眼中になかったので存在をすっかり忘れてしまっていた。
「陛下は体調を崩されたようだ。ここに座っているだけで精一杯だと、皆が集まる前に仰られていた。なので、総指揮は王太子である俺が行う。皆に問おう。バルマバラットと戦うか、否か」
騒めきが酷くなる。
あたしは、この場にいるお義父様の方を見た。
お義父様はあたしを見つめ、頷く。
好きにしなさい、と言っているようだった。
あたしも頷き返し、ナズナの前に行くとその場に跪く。
「殿下、
あたしに同調してか、他の当主達も隣国と戦争する事を決意していった。
ナズナは表情を変えず、ただあたしを見つめ、拳を固く握りしめ震わせている。
まさかあたしがそんな事を言い出すとは、思っていなかっただろうし、何より愛する人を前線に送るなどと思っていそうだ。
だが、ナズナは王太子だ。
今は王の代理であると、宣言している。
非情にならなければならない。
今、この時だけでも。
「…わかった。シャルロット・マリアライト・テスタロッサ。お前を前線へと送る。お前の家の兵も同様に前線行きだ。良いな、ベルファ」
「えぇ、勿論。うちの義娘は、妻に仕込まれたおかげでとても優秀ですから」
あたしは立ち上がり、ナズナに一礼して彼に背を向ける。
そのまま歩き出し、お義父様の傍に行った。
「シャル、頑張りなさい」
「はい、お義父様。テスタロッサの兵、お借りします」
本当はいらないけど、あたし一人だと体裁がつかない。
それに、家の功績にするなら兵は連れて行ったほうがいいと思った。
シャルロット、と念話が飛んできて、あたしはナズナの方を見る。
表情は厳しいままだったけど、目が悲しげに揺れていた。
〈心配しないで、ナズナ。愛しいあなた。あたしは死なないから。誰も、死なせないから〉
〈シャルロット…頼む。無事に帰ってきてくれ。こんな事を命じた俺が言えた義理ではないのは、百も承知だ。だが、お前を失いたくはない。死なないと言っても限度はあるはずだ。頼む、シャルロット。俺はお前を失って、生きていきたくはない〉
非情になりきれない、優しい人。
あたしが彼の立場なら、婚約者といえども駒として扱うだろう。
それで死んでしまったら、泣くかもしれないけど。
〈貴方の言葉は嬉しいけど、しっかりしてナズナ。貴方の采配次第で、兵の生死は決まるのだから。陛下は、怯えて使い物にならないのでしょう? なら、貴方がしっかりしなければ。今の貴方は、王の代理。あたしは臣下の一人なの。ナズナ、今だけでいい。非情になってちょうだい。あたしも駒の一つとして動かして。それで…あたしを無事に貴方の元に帰らせてね〉
〈……わかった。愛している、シャルロット。今ほど、お前に力などなければ良かったと、思った事はないよ〉
あたしも、愛していると返して念話を切る。
お義父様には、作戦が決まったら連絡して欲しいと言い残し、あたしは踵を返して謁見室を出ていった。
◆◆◆
テスタロッサの家に戻り、事情を話す。
自分も出ると言い始めたターニャを宥めて、兵を借り受けた。
お義父様からの連絡で、開戦は三日後、リューネとバルマバラットの国境沿いで行われると聞かされ、トンプソン領の近くなんだなぁ、なんて馬車で移動中に地図を見ながら思う。
「お嬢、こんな少数精鋭だけで良いんですかい?」
馬で馬車と並走している、テスタロッサ家の兵であるアイゼンが問いかけてくる。
本来ならあたしも馬に乗ると言ったのだが、頑なに兵のみんなから馬車にと言われてしまい、仕方なく乗っているわけなのだが。
「少数精鋭で良いのよ。全方位カバー出来るくらいの人数は連れてきているわけだし。まぁ、みんなは相手側に対しての威嚇要員だから、手は出さないでね。魔法に巻き込みたくはないわ」
へーい、とアイゼンは言い、他の兵にも伝えていく。
馬車の中には、あたしの世話係としてエレノアとテレサが付き従ってくれていた。
テスタロッサのメイド全員があたしについていくと名乗りあげたので、危ないし何があるかわからないのよって説得してみたけど、無駄だった。
むしろターニャも名乗りあげたので、貴女はテスタロッサ夫人でしょうと説得するのに骨が折れ、その間にジャンケンで勝ち上がったのが、この二人だったというわけだ。
伝書鳩よろしく、お義父様から追加の情報が、テスタロッサ所有の鳥に括り付けられて飛んでくる。
文を外し、あたしは中身を見た。
どうやらあたし達テスタロッサ家を先頭に、魚鱗の陣を敷くようだ。