ウンディーネ2の月。
戦争の後処理との関係で一月学校が休みになり、あたしもその間療養をして、やっと痛みもなくなり歩けるようになった頃。
学校が再開され、あたしはナズナと共に登校していた。
「……そんなに心配しなくても。お医者様も、もう大丈夫だって仰っていたじゃない。あたし、そんなに華奢に見えるかしら?」
「そういう問題ではない。それに、お前は華奢だろう。持ち上げたら軽すぎるし、今だって療養明けで少し痩せただろ」
普段ならナズナと腕など組まず登校するのだが、久しぶりの登校という事もあり、心配した彼の言う通りにしているのだ。
「だからって…鞄くらい、自分で持つのに…」
「俺が持ちたいだけだから、気にするな」
いや、気にするんですけど。
婚約者で尚且つ、王太子に自分の鞄を持たせるって…。
あたしは、ナズナの肩に自分の頭をくっつける。
こうなった彼に何を言っても無駄なのは、彼と出会ってからの経験で分かっていた。
「シャル。俺は嬉しいが、もうそろそろ着くぞ。そのままでも俺は構わんがな。俺達の仲睦まじさを、周りに見せつけられるのだから」
そう言われ、あたしは頭を上げる。
腕を引き抜こうとしたのだが、脇を締められて抜けられなくしてきたので、あたしは彼を睨む。
「シャル、それは許さんぞ」
「恥ずかしいの。離してナズナ」
そう訴えたのだが、彼はニコリと笑むだけで何も言わず、そのまま歩みを進める。
こいつ…見せつけたいだけだな?
そう思ったのも束の間、校舎の方から結構な人数が現れあたしとナズナを取り囲んだ。
「お姉様! ご無事ですか?!」
「お姉様の勇姿、うちの領にも届いておりましたわ!」
「お姉様!!」
アンが作ったファンクラブの子達が、あたしを口々に褒め称え、体調とかを心配してくれる。
あたしはそれに、微笑みを返した。
「大丈夫です。ご心配おかけして、申し訳ありません。それに、あたしはナズナ殿下の婚約者ですから。殿下のお役に立つのが、あたしの使命だと心得ております」
そう言うと、歓声が上がる。
それに対して、ナズナが面白くなさそうな表情をした。
〈なんでそんな顔してるのよ、貴方〉
〈シャルが賞賛されるのは良いが、こんな上っ面だけしか見ていないような連中に、と思ったらな〉
上っ面とはなんだ、上っ面とは。
貴方の婚約者としての顔を作って、何が悪いというのか。
ニコニコ皆に微笑みながら、あたしはナズナの腕に添えた手に力を込める。
痛いんだが、という目線を向けられたので、彼に告げた。
「殿下、授業に遅れてしまいます。皆さんも、先生方のご迷惑になりますので、ご自分の教室に戻られた方がよろしいですよ?」
あたしの言葉に、素直にみんな散っていってくれる。
人がいなくなった所で、あたしはため息をついた。
「…ナズナ。少し疲れたわ…」
「帰るか、シャル?」
彼に問われ、あたしは首を横に振る。
なんで登校初日で帰らなければならないのか。
せめて半分授業を受けてから帰るわよ。
「ねぇ、ナズナ。あたし、貴方の婚約者としての顔、ちゃんと出来ていたかしら? ちゃんと笑えていた?」
「あぁ、あれはその為だったのか。ちゃんと、貴族令嬢然としていたぞシャル。で、なんで俺の腕を握りしめたんだお前」
あたしの顔を覗き込みながら、ナズナは少しムッとする。
かなり痛かったのだろう。
痛くしたので当然の反応ではあるが。
「上っ面って言ったじゃない、貴方。あたしが貴方の婚約者としての顔を作っているのに、それを否定するような言い方するから」
あたしも彼の言葉に対して、眉を寄せながら小声で文句を言った。
なぜ小声なのかと言えば、歩きながら話していたらもう教室近くだったからだ。
「…それはすまなかった。シャルの表面上しか見ていない連中ばかりで、腹が立ってな」
「素のあたしを知っているのは、ほんの一握りだけだもの。それに、そんなあたしを知っても愛してくれている貴方が好きよ、ナズナ」
ニコリと笑むと、ナズナがそっぽを向いてしまう。
耳が少しだけ赤くなっていて、照れているのだとわかった。
クスクス笑いながら教室に入ると、衝撃が来てあたしは倒れかける。
ナズナと組んでいた腕も離れてしまったが、咄嗟にあたしの背を彼が支えてくれたので、転ぶ事はなかった。
「シャル! なんて無茶したの?! 僕、驚いたんだからね?!」
「ロゼ……おはよう…離してくれないかしら…苦しい…」
ロゼがあたしの姿を見た瞬間、突撃して抱きしめてきたらしい。
彼の腕の中で強く抱きしめられ、窒息しそうだ。
「ローゼヴィッヒ…貴様…っ!!」
ナズナからプラズマが発生し始めた事に気付いたロゼは、すぐさまあたしから離れる。
「ご、ごごごごめんなさい殿下!! 別に下心なんてないんですっ!! 友達が無茶したから、心配になって…!!」
「分かってるわよ、ロゼ。ナズナ、怒らないで。ロゼが怖がってるわ」
しかしだな、と更にナズナは文句を言いかけたが、カーン先生が入ってきた事により、その先が続けられる事はなかった。