ウンディーネ3の月。
今月は修学旅行なるものがあるらしい。
「二泊三日、泊まるホテルは決まっているものの男女別……カーンに言って、シャルと同室にしてもらうべきか」
「何馬鹿な事言ってるの、貴方は。他のクラスメイトの女子もいるのに、貴方それに混ざるつもり? 何、浮気?」
今日渡されたパンフレットを見ながら、ナズナはそんな事をポツリと呟き、あたしは呆れて彼を見る。
来週からナズナが言った通り、修学旅行があるという。
クラスの班を男女に分け、四人ずつで行動させるのだ。
まぁ、目的は旅行ではなく学習なので、遊び半分学習半分といった人達が多い事だろう。
「いや、そういうつもりじゃ…! 俺はシャル以外…っ!」
「冗談よ。そんなに狼狽えないでちょうだい。少し揶揄っただけじゃないの。でも、王太子権限でそんな事しないでちょうだいね? 流石に恥ずかしいわ、あなた」
クスクスと笑いながら、あたしは夕飯の調理に戻る。
ナズナが少しムッとしてソファーから立ち上がったかと思うと、あたしを後ろから抱きしめてきた。
「ナズナ、火を使ってるんだけど」
しかも、今日はナズナのリクエストで揚げ物だ。
油が跳ねるので、早く離れていただきたいのだけど。
「…俺の妻は意地悪だ。俺はお前と離れたくないというのに」
抱きしめながら、あたしの肩に彼は頭を乗せてくる。
あら、拗ねちゃった。
少し揶揄いすぎたかしら?
あたしは少し苦笑しながら、ナズナの頭に自分の頬をくっつけた。
「そんなあたしも好きなのでしょう? あたしも離れたくはないけど、学校の決まりなのだから仕方ないじゃない。それに、自由行動の時間も確かあったわよね? そこで合流すれば良いじゃないの。寝室が別なのは仕方ないとしても、就寝時間まではお話ししましょう?」
「シャル…」
ナズナはあたしから手を離し、頬にキスをしてくる。
好きだ、とあたしの耳元で彼は囁いた。
「…ナズナ、今調理中なの。しかも油使ってるから危ないの。終わるまで大人しく待ってて」
少し頬を染めながら彼に抗議すると、そんなあたしの様子が面白かったのか、ナズナはクックッと笑い始める。
若干腹が立ったあたしは、彼を無視して調理を再開したのだった。
◆◆◆
修学旅行前日。
行く先の歴史の話において、カーン先生が授業で話してくれている。
レイラさんから習った事、2年生の春に聞いた事と全く同じだったが、そんな去年の事など皆覚えてなどいないだろう。
それよりは、明日から旅行だというのでクラスメイトの大半は浮き足立っているのが見てとれた。
「えー、エデンにあるスェッド国、暗黒大陸にあるグレア国、閉鎖を貫いていたミキシム国。古代にはこの三つの大陸と国しかなかったのですが、数百年前に起こった天変地異で大陸が散り散りとなり、今の世界地図が出来たと言われています。我々の祖先はスェッド国の住人でしたが、開拓民となりこの地に移り住んだと伝わっていますね。その時の指導者が、のちの王族となったそうです」
という事は、ナズナの祖先はその開拓民の指導者だったわけだ。
カーン先生の話を聞きつつチラリと彼を見ると、つまらなさそうに黒板を見つめていた。
まぁここら辺は、彼にとって耳にタコが出来る程聞かされてきた話ではあろう。
「と言うわけで、スェッド国は我がリューネ国においては祖国というわけですね。今回の学習は、自分達が何故この国に生まれ、生きていく間に何を次代に残していけるか、という課題とします。あとでレポートを書いて提出してもらいますので、遊ぶ事に集中しないように。では、鐘も鳴りましたし今日はここまでとしましょう。明日は午前10時に校庭に集まってください。大規模転移魔法陣で、スェッド国に飛びますので遅れないように。遅れた方は、修学旅行が終わるまで学校で補修ですので」
いつもの時間に起きれれば良いけど、問題はナズナか。
最近、深夜まで陛下から投げられた仕事を片付けていて、朝中々起きられない時が多くなってきているから。
今日も寝ぼけ眼の彼の手を引いて、登校したくらいなのに。
〈ナズナ、書類全部陛下に送り返しなさい。流石に修学旅行中も、仕事しようとか思ってないわよね? まさかとは思うけど、わざと遅刻して補修受けようとかは考えてないでしょうね?〉
少し心配になって、念話で彼に尋ねる。
〈そんな事誰が考えるか。勿論送り返すさ。重要書類を持って行くわけにはいかんし、寮に置いておくわけにもいかん。三日くらい俺に投げんでも仕事出来るだろう…あのクソ親父、帰ったら一発殴ってやろうか…!〉
グッと机の上で腕握り拳を作るナズナだったが、表情は全く揺らいでいない。
本当に、取り繕うのが上手なのだから。
〈それを聞いて安心したわ。起こしても起きなかったら、ルルさんに後お願いしてあたしとブリジットさんだけで行くもの〉
〈……今日から送り返す。シャルと行けないという事態は流石にごめん被りたい〉