部屋も少し広めで、窓からはスェッド国の夜景が見えた。
「…綺麗」
リューネにある、リヒト城から城下町を見た事があったが、あれ以上の夜景である。
とても綺麗で見入っていると、ナズナが背後に立った事に気付かず、彼の腕の中に閉じ込められてしまう。
「ナズナ、何?」
「シャルの目を奪う夜景に、少し嫉妬しただけだ。お前の目には、俺だけが映ればいい」
窓に反射して映る彼の顔は、あたしを見つめていた。
その目には、熱が秘められているようであたしの胸が高鳴ってしまう。
「…ナズナ、離して」
あたしは思わず目を伏せた。
それはまだ、抑えて欲しいと願ってしまう。
しかし抑えるべきなのは、どちらなのか。
いったい、どちらの情欲なのか。
あたしの声に、ナズナは手を離して頭にキスを落としてきた。
「…シャル、夕飯は18時からだそうだ。俺は少し外を見てくる…すまんな、手を出しそうになった」
そう言い、ナズナは言葉通りに部屋から出ていく。
あたしはその場に座り込み、高鳴る胸を抑えるかのようにその部分を握り締め、蹲った。
早く。
早く、早く。
ナズナと婚姻を結びたい。
あたしはこんなに、堪え性が無かったのだろうか。
篠原夏月の時はちゃんとしたい事があっても、我慢出来ていたというのに。
シャルロットとして生きていく内、それも忘れ果ててしまったというのか。
「何てはしたない…あぁ、嘆かわしい。堪え性がないなど貴様はなんなのだ、シャルロット・マリアライト・テスタロッサ。少しは我慢を覚えろっ!!」
自分自身に怒りが湧き、あたしはホテルの床を殴りつける。
咄嗟に、雛桔梗がリミッターをかけてくれたおかげで床を破壊する事なく、ダンッ! と大きな音をさせただけに留めた。
ナズナがあたしに謝って外へ出て行ったのも、絶対あたしが煽ったせいだ。
彼は何も悪くないというのに、あたしは何をしているのだ。
「あぁ…ナズナ…ごめんなさい…」
ポロポロと涙を零し、あたしはここにいない彼に謝り続けた。
◆◆◆
夕飯の時間になってもホテルの食堂に来ないあたしを心配したのか、ナズナが様子を見に来てくれ、泣いているあたしに慌て出した。
ナズナに謝ると、何故謝られているのか理解出来ていない彼が困惑気味にあたしを見つめる。
先ほどの事を彼に言うと、額を軽く叩かれた。
「あのな、シャル。お前が悪いんじゃなくて、俺が悪いんだ。その…夜景に映ったお前が美しくて…俺だけを見て欲しくなってしまってな。あと…雰囲気が、ちょっとな…」
それはあたしも思った。
雰囲気が良すぎて、そのまま彼と一つになってしまっても良いと、一瞬考えてしまったのだから。
「とりあえず、お前は悪くない。だから泣くな、シャル。窓はカーテン閉めておこうな…」
すーっ、と音もなくナズナは立ち上がり、カーテンを閉めて夜景を見えなくした。
そしてあたしの手を引き、ホテルの食堂に向かう。
夕飯を頂いている最中、明日の予定と大浴場がある事が知らされ、あたしはそちらに興味をもった。
「行ってこようかな…」
「別に良いが…シャル、露天風呂にだけは行くなよ。お前の素肌を見ようとする馬鹿が沸くかもしれん」
そんな馬鹿な、と言いたい所だったけど、カヅキの世界のアオバ君然り、グレゴワール然り、ナズナの従兄弟然り。
何故か男の人があたしに寄ってくるので、身の危険を感じずとも嫌悪感が少し出てしまう。
「…やっぱり行くのやめる。見られるなら貴方が良いもの」
「シャル…だから、煽らないでくれと…」
おっと。
さっき自分にキレたばかりだというのに、無意識って怖い。
食事を終えてあたし達は部屋に帰り、ナズナが先にお風呂に入った。
あたしは何となく、ダブルベットの真ん中にクッションを並べてみる。
お風呂から出てきたナズナが、髪を拭きながら怪訝そうな顔でそれを見ていた。
「…シャル? 何やってるんだ?」
「堪え性がないあたしが出来る、精一杯の叛逆というかなんというか。シングルベッド二つならまだしも、ダブルじゃないこれ? 旅先だし気が昂ってその…ナズナを誘惑したらマズいと思って…」
はぁ、とナズナが盛大なため息をついて、ベッドの端、あたしがいる所とは逆方向の位置に背を向けて座る。
「あのな、シャル。もし、お前が誘惑して俺がお前を襲ったとしよう。その際、お前の所為だなどと言うつもりはない。お前が誘ってきたから、応えただけだなどと。その全ては俺の責任だ。俺の精神の弱さが招いた事だ。それでお前と引き離されても、俺は文句は言えない。言いたくもない。全て自業自得だと、自分を責めるさ。だから、そんなに不安がるなシャルロット」
彼は振り返り、困ったように笑う。
お前が安心できるなら、このままの状態で寝ようとも言ってくれる。
「…ごめん、ナズナ」
あたしは彼から目を逸らし、お風呂に行く為にベッドから降りる。
優しい人に気を使わせてしまっている自分に、本当にイラつくし、ナズナに申し訳ないとも思ってしまう。