なんか、情緒不安定だな…やだなぁ…。
お風呂に入りながら、あたしはまた壁を叩いた。
ダンッ、と音がして、手が痛くなる。
痛みで少し冷静になれれば良かったのだが、そんな事はなく、あたしは思わず舌打ちをした。
「…シャル、今凄い音がしたが大丈夫か?」
「大丈夫…ごめんね、ナズナ。多分寝れば元に戻ると思うから」
浴室の一歩手前、脱衣所に入ってきたナズナが問いかけてくるが、あたしはそう返す。
というか、音だけで入って来ないでほしい。
「そうか。俺は先に寝る。部屋は明るくしておくから、後で消してくれ。おやすみ、シャル」
「…おやすみなさい」
ナズナが先に寝るとは珍しいとは思ったが、先程の件もあり、起きてたらあたしを襲うかもしれないと危惧したからか、と理解する。
浴室から出て濡れた体を拭き、服を着た後脱衣所に設置されていたドライヤーで髪を乾かす。
夏ならまだしも今は冬なので、そのまま放置すると風邪を引きかねない。
脱衣所から部屋に戻ると彼が言った通り、本当に部屋の中の明かりはつけっぱなしで、あたしはダブルベッドの方を見る。
いつもナズナが寝ている方、左側に彼が寝そべっていた。
規則正しい寝息が聞こえてきた事もあり、寝入っている事がわかる。
あたしはスイッチで明かりを消していき、右側に寝そべる。
そのまま目を閉じ、意識をすぐに飛ばした。
◆◆◆
パチリと目を開ける。
室内はまだ暗く、ナズナの寝息も聞こえてきていて、今何時だと思いつつ起き上がった。
「雛桔梗、今何時?」
ナズナを起こさないよう、あたしは小声で雛桔梗に尋ねる。
【現在時刻、リューネ国では午前5時です。ここスェッド国では午前3時になります、我が主】
「時差あるんだ…いや、当たり前か。あたし何時間寝てた?」
体のだるさは無いし、目は冴えてしまってもう一回は寝れそうにない。
あたしの質問に、雛桔梗はディスプレイ内で答えてくれる。
【我が主のバイタルが就寝時のものになったのが、午後22時。5時間は休養を取れています。しかし、もう少しお眠りなってはいかがですか? ナズナ様の起床時間は、あと3時間後となっておりますが】
「あー…いや、良い…少し散歩してくる。レヴィ、ルティ。ナズナをよろしく」
二人を呼び出し、彼の事を見ててもらうようお願いした。
ううん、とナズナが唸るが起きる気配はなく、そのまま、また寝息が聞こえてくる。
あたしはそっとベッドから降り、部屋から出た。
ホテル内は明るく、人の気配はない。
あたしは指を鳴らし、寝巻きから制服に服を変え歩き出す。
ロビーに行く途中、数室が騒がしい事に気付いた。
扉の中だから、外に音は漏れてはいないはずなのだが。
あたしが気付いたのは転生者だからか、と思ってスルーした。
修学旅行とはいえ、旅行なのだから羽目を外す人達も中にはいる事だろう。
ちゃんと寝ないと、若いとはいえ体がキツイだろうになぁ、と思ってしまった。
篠原の家の事で修学旅行とか行けなかったが、聞いてる限り同じ事は起こっていたらしい。
その時はバスの中で寝てたとクラスメイトの人が言っていたが、この世界にはバスなるものはなく全て徒歩か馬車だ。
このスェッド国で、しかもこの人数分馬車なんて手配出来るわけがないと思うので、彼らは寝不足のまま今日の日程をこなす事になるだろう。
「まぁ、あたしには関係ないか…」
ロビーに降りると、結構煌びやかな雰囲気のホテルなのだなと感じる。
ここに到着した時も同じ感想を抱いたものだが、結構近代的なのだなと思う。
古代からあるのはあの城だけで、他は結構最近に建てられたものが多いのかも知れなかった。
ホテルのドアを開け、隣接されている庭の方に向かう。
街灯がある事から、暗い中でも道が見えてありがたい。
上を見上げると星が少しだけ見えて、あたしは空に向けて手を伸ばす。
「異世界とは言うけど…もしかしたら、何百光年先に地球があったりしないのかしら…」
それならそれでロマンがある話ではあるが、あたしはもう、あそこに戻りたいとは思えなかった。
こちらで大事なものがたくさん出来たのだから。
篠原の家にいた時よりも、ずっと。
〈我が主、番が起きた。主は何処だと問われているが、答えて良いものか?〉
夜空に手を伸ばしながら呟いていると、ルティから念話が入る。
雛桔梗の予測よりも随分早くに起きたな、ナズナ。
もう一度寝てくれないだろうか。
〈朝食の時間までには戻るから、もう一度寝ててと伝えてくれないかしら〉
〈………伝えてみたが、無理そうだ〉
はぁ、とため息をついたあたしは、踵を返してホテルの中に戻る事にした。
〈今から戻ると伝えてちょうだい〉
〈御意〉
ホテルのロビーに戻り、ゆっくり階段を上がって部屋の前に辿り着く。
扉を開けて部屋の中に戻ると、ナズナから抱きしめられてしまった。
「ただいま、あなた。あたしがいなくなっただけでその状態になるの、どうにかならない?」
「…何も書き置きを残さず、いなくなる方が悪い」