喉が渇いたので、あたしはお茶を一口頂く。
ふんわりと茶葉の香りが広がって、とても良い茶葉を使っているのだなと思った。
「事情は分かって頂けたかと思いますが、こういう経緯がありまして、あの宝剣を外部へ出すわけにはいかないのです。しかし、殿下方は宝剣に選ばれた身。この地に留まって頂きたく思います」
「…それは、辞退する事は可能なのでしょうか?」
あたしは恐る恐る尋ねるが、女王陛下は緩く首を横に振った。
「長年、それこそ聖女がいた時代から今まで、宝剣が誰かを主に選ぶ事など有りませんでした。これは非常に稀な事態なのです、テスタロッサ嬢」
それは理解出来るが、ナズナは王太子だ。
いずれ国を背負わなければならない、次代の王だ。
あたしだって、彼の妻になる。
別に王妃という地位に興味などないが、彼を支えて生きていくと決めているのだ。
リューネに帰れなければ、あたしもナズナも困る。
どうしようと思っていると、女王陛下が何かに気付いたようで、扉の方を見た。
「そこにいるのは分かっていますよ、ナターシャ。入っていらっしゃい」
キィ、と扉が開き、白髪の女の子が顔を出す。
その姿を見て、あたしは驚いた。
「ルカさん?!」
カヅキの所で会った、もう一人のカヅキ。
ルカさんが、何故かそこにいた。
しかし彼女と違う点が一つだけあり、目の前の人は肌が褐色ではないのだ。
色だけ見れば、マーレ女王陛下にそっくりである。
あたしがルカさんの名を大声で呼んだ事に、ルカさん似の女の子は驚いたようで、扉の影に隠れてしまう。
「あの、マーテル女王陛下…彼女は…」
ナズナも驚いていたようで、女王陛下に尋ねた。
女王陛下は女の子の様子に嘆息し、扉の方からあたし達の方へ顔を向ける。
「…ちゃんと挨拶をせねばならないのに、大変申し訳ありません。私の娘で、ナターシャ・アメリア・セパレートと申します。ナターシャは少々臆病な所がある娘でして…しかも、先祖返りをしたようですの。宝剣の声が聞こえるそうで、マーレの後を継ぐのはほぼ、ナターシャに決まっています。いつもは大聖堂にある部屋から出て来ないのですが…一体どうしたのです、ナターシャ。貴女が城まで来るとは珍しい」
女王陛下の問いかけに、ナターシャと呼ばれたその子は扉の影から顔だけ出し、あたし達をチラリと見た。
「ティアリーと、フラムベルグが…その人達に、着いて行きたがってる」
「ティアリー? フラムベルグ?」
誰の名前だろうと首を傾げると、女王陛下はまた嘆息する。
「宝剣の真名です。青い方がティアリー、赤い方がフラムベルグです。紀元前の話になりますが、この世界は今より発展していたそうですよ。機械戦争なるものもあったとか。元々宝剣はこの世界にあり、機械戦争の遺物だったと、ティアリー本人が言っていたらしいのですが…何分、声が聞こえるのがナターシャだけなもので…」
本当かどうか怪しい、と言いたいのだろう。
それはあたしも思うけど。
機械があるのなら、もっとこの世界は発展しているはずだし、テスタロッサもあそこまで興隆などしてなかっただろう。
「魔王が持っていた…今は、何も問題はないのでしょうか。もしもの話ではありますが、その二振りの剣には意思があるようですが…フラムベルグの方に魔王の意思が入り込んでいる可能性は、無いのでしょうか」
「…今は、問題ないもん」
ナズナが女王陛下に尋ねた質問に、ナターシャさんが答える。
あたし達は彼女を見た。
「何故問題ないと言えるのですか、ナターシャ王女殿下」
「……フラムベルグは、人の心を知ったって言ってた。ティアリーが自分に寄せる好意が、理解出来なくて…それを理解する為に、人を操っていたって言ってた。聖女の悲しい声と…顔と…操っていた人の、聖女を愛おしむ心、申し訳ないと思う、気持ち…人の感情を知ったから、こそ…もう、フラムベルグにそうする意思はない、って…。ティアリーと、一緒にいられれば…もう、何もしないって…言ってた」
それは…なんと言って良いかわからないが…途轍もない悲劇なのではないだろうか?
想像でしかないが、フラムベルグが聖女に好意を持っていた人間に取り憑いて、聖女の気持ちも全て利用して学習していたという事ではないのか?
聖女が自分に好意を持ってくれているのを理解していたのに、フラムベルグに抗う事が出来ず、自分を討たせてしまう申し訳なさを、聖女の心に深い傷を与えてしまう事を、その人は悲しんでいたのではないのか?
想像でしかないとはわかっているが、とても、とても悲しい話だ。
「魔王を操っていたのは、フラムベルグという事ですか?」
「そう…だから、連れて行って…あげて」
しかし、と言い淀むナズナの言葉に被るように、ナターシャさんが隠れていたのとは逆方向の扉が勢いよく開けられる。
「あんな古ぼけた剣、あげちゃいなさいよお母様!」
「ナタリア!!」