これで抵抗したら、反逆罪とか不敬罪とかであたしは牢獄に繋がれてしまうだろう。
そうしたら、ナズナとの婚約も白紙になる。
それでなくても、ナズナ以外と姦淫したとあたしに不名誉な噂もついて回る事になりそうで、それだけは避けなければならないと思った。
「そうですね。少し痛い目をみても良いでしょう。お前達、礼儀というものを教えて差し上げなさい」
母親の許可が出たからと、三兄弟はあたしを見てニヤリと笑う。
その顔が悍ましくて、あたしは一歩後退した。
「逃すとでも?」
「…抵抗したら、マズいと思いますので。逃げるが勝ちってやつですわ、伯母様」
後方から足音が聞こえてくる。
この足音は、ブリジットさん、ルルさん、そしてナズナだ。
「シャル!!」
あたしは彼の声を聞き、少しホッとしてしまう。
だが、それがいけなかったらしい。
あたしと、エンリケ、他のテスタロッサの者の場所に次元の裂け目が現れた。
しかも、近距離で。
油断した。
これでは逃げる事も叶わない。
他のテスタロッサの者が悲鳴をあげながら吸い込まれていく。
あたしは諦めて、ナズナを見た。
「シャル?!」
ナズナがあたしへ手を伸ばしてくる。
だからあたしは、彼へ微笑んだ。
「ちゃんと帰ってくるから、待ってて。多分、またカヅキの所だと思うから」
「シャルっ!!」
少し怒ったようなナズナの顔だったが、それも次元の裂け目に吸い込まれたあたしには、見えなくなってしまった。
◆◆◆
ペチペチと額を軽く叩かれ、あたしは目を開ける。
空の半分を覆い隠す、蒼色の髪の子に覗き込まれていた。
瞳の色はあたしと同じ紫。
誰、この子。
驚いて固まっていると、その子はニコリと微笑んだ。
「おはよう、母様。なんでこんな所で寝ているのかな」
「お、おはよう、ございます? いや、好きで寝てるわけじゃ…」
それに母様って…自分の母親と間違えているのだろうか?
あたしと一緒で寝ぼけ…てるわけないか。
むしろ、あたしが寝ぼけて聞き間違いをしたに違いない。
その子が目の前から退いてくれたので、あたしは起き上がる事が出来、眼前の光景に驚く。
「…なんで、桜?」
ヒラヒラと、ピンクの花弁を舞い散らせている大きな桜の木が、あたしの視界に入る。
ここ、リヒト城よね?
外観もそうだし、見える景色もそう。
それにここ、放ったらかしにされてた寂れた庭じゃなかったっけ?
なんで桜が鎮座しているのかしら…?
「母様。ここ、未来だよ」
「……はぁ?!」
背後から、あたしを覗き込んできた子がそう言い、あたしは驚いて振り向く。
異世界に飛んだのでも、過去に飛んだのでもなく、未来だと?!
なら、この子あたしの娘ってわけ?!
さっきからあたしの事、母様って呼んでるし!!
聞き間違いじゃなかったの?!
「今は王歴564年。こっちの母様は、御年74歳。今の母様は…何歳?」
首を傾げながら聞かれたので、あたしは素直に自分の年齢を言う。
「17…って事は、57年後って事?! えぇっ?!」
驚きすぎてパニックになる。
というか、カヅキのとこじゃないなら、あたしどうやって帰れば良いの?!
ナズナに、帰るから待っててって言ったのに!!
頭を抱えて唸り始めるあたしに、娘である女の子はあたしの頭を撫で始めた。
多分慰めてくれてるんだろう。
「母様、久しぶりだね。ぼく、ヘンリエッタっていうの。母様がつけてくれた名前。前の名前は、ベルゼビュートだよ」
「ベルゼ、ビュート…?」
うん、そうだよ。
その子はそう言って、嬉しそうに笑った。
神託で、あたしとナズナの間に生まれると言われていた子。
その子が今、目の前で笑っている。
あたしは唇を少し噛み、両の頬を思い切り叩いた。
バチンッ!! と凄い音がして、あたしの目の前にいたヘンリエッタは、驚いたように固まる。
「か、母様…自傷行為は、ダメだと思う…」
あたしの頬が赤く染まっているのが見えたのか、ヘンリエッタがオロオロし始めた。
それに対して、あたしは少し苦笑する。
「自傷じゃなくて、気合い入れ直してたの。何弱気になってるんだ、って。それに、自分の娘に情けないとこなんて見せらんないでしょ」
あたしは立ち上がり、辺りを見回す。
何の変哲もないように見えるが、あたしがいた時代の寂れた庭に、大きな桜がある。
50年以上も経っているのだから、城の中の景色も変わっているだろう。
技術だって、あの頃より発展しているはず。
なら、帰る方法だってきっとある。
「ヘンリエッタ、色々案内して欲しいのだけど」
「良いよ。あと、愛称はヘンリだよ母様」
ヘンリはあたしに抱きつき、頬擦りしてくる。
少しくすぐったくて、あたしは彼女の頭を撫でた。
そんな時。
「ヘンリ! ヘンリ何処?! 私のヘンリ!!」
すごい大声で、ヘンリの名前を呼ぶ声が聞こえる。
それを聞いた瞬間、呼ばれた彼女の顔が嫌そうに歪んだ。
「…うげ」
「知り合い?」
まだ姿は見えないが、どんな声量で叫んでいるのだろうか。
喉痛めそうだな、なんてヘンリの頭を撫でながら思った。