いくらあたしを溺愛しているからと、そこまではやり過ぎな気もするのだが。
それに、1から人間関係を築こうと思えば出来るんだけれど。
王妃の業務も熟すのに、知らない人ばかりでは心細いだろう、という配慮なのだろうが、本当あたしの旦那様になる人は心配性過ぎるのではないだろうか?
言い換えれば、あたしに甘すぎるという事だけど。
あたしのスケジュール管理もメイドの一人であるルーティがやってくれているので、彼女に言えばあたしとの時間なんていくらでも作ってもらえる。
だがそれは同時に、あたしの耳にも入っているのを彼は忘れているようで、彼女が伝えてくれた時、呆れて自分の頭を抱えてしまったくらいなのだ。
溺愛も過ぎれば、真綿で締められているような窮屈さを感じもするのに。
「…それでクロエ。陛下からの依頼と言っていたけれど…ナズナもさっき言った通り、結婚式を控えているあたしにその依頼を流してきたって事は…裏も勿論あるんでしょう?」
お茶を飲みながら、あたしはクロエをチラリと見る。
彼は微笑みを浮かべたまま冷や汗を流し始めた。
それはもう滝のような汗で、蛇に睨まれたカエルのようだと、あたしはそんな感想を抱く。
「副ギルドマスターの貴方が、依頼者の裏事情を知らない、なんて事はないわよね? ちゃんとそこは調べてあるのでしょう? そうでなければ、真っ当を掲げているギルドマスターへの裏切りになるものね? 守秘義務があるのはわかるのだけど、受けるからにはあたしも知る権利があるはずよ? まぁ、大方予想はつくけれど…」
はぁ、とあたしはまたため息を吐いた。
そんなあたしの様子に、ナズナは訝しんで思考を回したのだろう。
徐々に、その眉が寄っていった。
「シャル、まさか…」
「憶測で物を言いたくはないけれど、多分その通りだと思う。また陛下に、何処ぞの貴族が何かを言ってきたんでしょう。でしょ、クロエ?」
彼に問いかけるが、何も言わず冷や汗を流し続けている。
クロエの性格上、違うのならヘラヘラ笑って話を流してしまうか、お開きにするかだろうけど、自分の前方には王太子で次期王のナズナ、横には戦争の英雄と名高く、次期王妃になるあたしが彼を威圧しているのだ。
それで逃げられるほど甘くはないと、クロエは理解しているようだった。
「あー…えーと…」
「シャルが仕事でミスをするとは思えんが、あのクソ親父…シャルを亡き者にしようとしているのか…? 確かに、シャルが死ねば婚約者の座は白紙になるからな。また一年喪に服する事にはなるが、その間に自分の息のかかった有力貴族の娘でも妻に宛てがおう、というのだろう…だとしたら度し難いほどの無知無能だぞ。それで俺が傀儡になるとでも思ったのか、あの馬鹿者め。次期王になるのが決定している俺の花嫁が、そう簡単に死ぬわけがないだろう」
あら、そこは信頼してくれているのね貴方。
前なら、死んでしまうからやめろと、錯乱するくらい心配していたのに。
王になるからと、そこの精神性も成長したのかしら。
「僕の口からは何も言えないので、この書類だけ置いていきます。見終わったら燃やしてください。じゃあ、僕の用件はそれだけなので…失礼しまーす!」
お茶ご馳走様です、とクロエは立ち上がりそそくさと帰っていった。
机の上に広げられた書類を手に取る。
依頼書には、ある貴族の屋敷に潜入して、内部捜査をしてきて欲しいと書いてあった。
「シャル」
ナズナが難しい顔をしてあたしを見つめる。
それに肩を竦めながら言った。
「わかってる。危ないと思ったらすぐに脱出するわ。それに、このままじゃあたしだってすぐにバレるから、幻術使って見た目変えないとね」
あたしは指を鳴らして、生前の姿になる。
これなら、テスタロッサの娘だとバレる事もないだろう。
触感も幻術で見たままになっているはずなので、あたしはナズナに頼んで確認してもらった。
「…シャルの身長は、俺の首元辺りのはずなのに…身体弄ったか?」
ナズナの鳩尾あたりまで背が縮んだあたしの頭を撫でながら、彼は怪訝そうな顔をする。
本当、この創造ってスキル凄いわ。
幻術でここまでハイスペックなものが出来るとか。
普通は出来ないのだろうけど。
「弄るわけないでしょ。弄ったなら、戻すのだって大変になるはずだし…貴方ね、あたし別にスライムじゃないのよ? なって欲しいなら、してあげても良いけど」
「やめろ。嫁がスライムとか冗談じゃない。いや…シャルに溶かされるなら本望、か?」
何馬鹿な事言ってるのかしら、この人。
溶かされてあたしと一体になれたら、なんて考えているのだろうけど。
それは嫌だって、前も言ったはずなのに。
ふと思いついたあたしは、意地悪な質問を彼にする。
「ねぇ、ナズナ。シャルロットとナツキ、貴方的にはどちらが好み?」
そう問われたナズナは、腕を組み眉を寄せて悩み始めた。
そして、ポツリと
「どちらも好みだな」
と言った。