そんなある日、いつものように窓の掃除をしていると、庭であの先輩が友人達とお茶を嗜んでおり、優雅でいい事ね、なんて呑気に見ながら思っていた時。
先輩がある事を言い出したのだ。
「今度、ナズナ様とデートする事になりましたのよ」
と、友人達に自慢するように言う。
うん?
ナズナ?
なんでここで彼の名前が出る?
あたしは疑問に思いつつ、雛桔梗に録音するよう告げた。
「まぁ、ナズナ様はシャルロット様ともうそろそろご結婚の運びでは?」
「火遊び、は、あのナズナ様はあり得ませんわね。愛した女性には一筋なお方ですもの」
友人達も、先輩の言い分に疑問を覚えているようでそう言う。
だが先輩は、更に自慢げに言い放った。
「シャルロット様の束縛に、ウンザリしているそうですの。四六時中傍にいられて、鬱陶しいとも仰っておりましたわ。だからこそ、私のような女性が良いと仰ってくださって…」
キャー、と女性特有の甲高い歓声が庭に響く。
あたしはその場から少し離れて指を鳴らし、時を止めた。
そして壁に穴が開くほどの勢いでそれを殴り付ける。
思い切り殴ったから、本当に壁に穴が開いた。
ただの八つ当たりなので、元には戻したけれど。
あり得ない、と言いたかったが、この屋敷に来てからナズナと一切会っていない。
城にも帰っていない。
どこから漏れるかわからないから、彼に連絡もしていなかった。
ナズナの方も、戴冠式の準備の傍ら陛下の事を探ってみる、と言っていたから、邪魔にはなりたくないと思って、わかったと一言だけ言ったのだけど。
「ナズナが浮気? いや、二股? あれ、こう言うのって、修羅場って奴だったかしら?」
【我が主、お気を確かに】
雛桔梗から落ち着くよう言われ、あたしは何回か深呼吸する。
そして、彼女に尋ねた。
「雛桔梗、あたしってどれくらい時を止めていられるのかしら?」
【我が主の行動パターンから申しますに、半日しか保たないかと。無理をすれば一日は止めていられるでしょうが、あの戦争と同じ状態になると申し上げておきます】
成程。
あたしがナズナの所に転移して、彼に事情を聞くのを織り込み済みで、彼女はそう言ったようだ。
それ以上になると体が悲鳴を上げて、結婚式どころではなくなるぞとも脅しているみたい。
うちの相棒優秀だな、本当に。
「ナズナの所に転移します」
【承知しました、我が主】
一瞬で景色が変わる。
そこでも時が止まっていて、ナズナは執務机に向き合って仕事をしているようだった。
あたしは彼に触れる。
「…ん? この感覚…シャル?」
「………」
あたしの方を見たナズナが、少し驚いたように目を見開いた。
先程の話を聞いたせいか、あたしは幻術が保てなくなり、元のあたしの姿に変わる。
時魔法の方は、雛桔梗が維持してくれているようで、動き出す気配はなかった。
「どうした、シャル?」
「……ううん。何でも、ない…」
彼の気持ちを疑う事はしないと言ったのに。
それでも、やっぱり、あたしは自分に自信が持てない。
ナズナが浮気をするなら、それは仕方のない事なのだろう。
側妃を娶るというのなら、それも仕方がない事だ。
あたしが側妃になるというのなら、それを受け入れよう。
だってあたしみたいな奴、彼の隣にいていいはずがない。
そんな気持ちが度々、鎌首を擡げてくるのだ。
あたしは俯き、自分の腕を強く握った。
様子がおかしいと気が付いたナズナが、立ち上がりあたしに近寄ってくる。
その分、あたしは彼から離れるのだが。
「シャル? 何があった? 言え」
「………」
フルフルとあたしは首を横に振り、もう一度、何でもないと言った。
離れる、近寄るを繰り返し、あたしは本棚辺りにまで追い詰められてしまう。
何でもないわけないだろう、とナズナが言った。
あたしの様子に、心配になってきているのはわかっていたが…それでも言えず。
だがしかし、雛桔梗が先程の音声を流し始める。
何かの証拠に使えると思って録音していたのだが、まさか彼女がここで流すとは思わず、あたしは目を瞑った。
はぁ、と頭上からナズナのため息が聞こえる。
そして、ガシャン!! と大きな音がして、あたしは体を震わせた。
ナズナがとても怒っている。
彼は物に当たるような人ではない。
そんな事をしたという事は、あたしの態度に怒りを覚えたという事だ。
きっと、あたし達はもうダメなのだろう。
彼は、ナズナは、あの令嬢と添い遂げるんだろうなぁ。
あたし、ちゃんと祝福出来るかなぁ…?
怒られるか、罵られるか…もしくは、別れ話を切り出されると思ったあたしは、歯を食いしばり更に腕を強く握って、痛みで泣くのを堪える。
「……あの令嬢、やはり秘密裏に処刑しておくべきだったか…嘘八百ばかり並べて…シャルを傷つけたな…万死に値する…っ!!」
「……ナズナ?」
あたしは目を開け、彼を見た。
ナズナは、資料が入っていた本棚のガラス部分を殴りつけて手から血を流しており、眉は吊り上がって表情が怒りに染まっている。
それをあたしはぼんやり見つめていた。