来るのが早い気がしたが、あたしは彼を見上げた。
「シャル、遅くなった。すまない」
「…ナズナ…あたし…」
あたしの顔を見た彼が、少し眉を下げながら苦笑する。
「これが終わったら、失踪しようとか考えないでくれよ? お前を見つけ出すのは苦労しそうだ。なんて言ったって、お前はこの世界最強の女だ。隠れるのも得意だろう。俺は嫌だぞ。花嫁のいない結婚式など。俺の妻はお前だけなんだ。お前が消えるというなら、俺は生涯をかけてでもお前を探すからな。それこそ、王の責務なんぞ放り出してでもだ」
「それは…無責任過ぎるわ、あなた…」
ナズナはあたしを抱きしめ、耳元で囁くように言った。
「それだけお前を愛しているという事だ、シャルロット。俺は万能ではないからな。お前が本気で隠れたら、見つけられる自信がないわけだが…それでも、ずっと探し続ける。死ぬその時まで、お前を求め続ける自信しかない。なぁ、シャル。俺から離れないでくれ。俺は、お前になら何をされてもいいと思っている。それこそ、殺されても喜んで受け入れるよ」
「…そこは抵抗してよ…」
涙が出てきて、あたしはナズナの服を握りしめる。
そんなあたしの頭を、彼は撫でてくれた。
警備兵が出て来ないのは、城の兵が制圧しているからだろうか?
「シャル。後もう少し、仕事が残っているんだが…目を離した隙に、いなくなったりとかするなよ?」
「……しない」
その間はなんだ、とナズナはあたしの額を軽く叩いてくる。
少し痛くて、あたしは彼を睨んだ。
そう言えば先輩が静かだなと、あたしはそちらを見る。
あたし達を呆然と見つめながら、彼女は絶命していた。
「…シャル、言いたくはないが…やり過ぎなのではないだろうか?」
「不死の結界が張ってあるんだから、死んでないわよ」
指を鳴らし、あたしは結界を解く。
一瞬で先輩の体が元に戻り、それを見たナズナが先輩からあたしに顔を向け、苦笑いをした。
「流石だとしか言いようがないな、シャル。用意周到だ。それでこそ、王妃の器たる資格を持つ女だ」
「あの、なんでそんなに褒められているのかわからないのだけれど…。あと、離してくれないかしら…逃げたり消えたりしないから」
嫌だ、とナズナは言い、少しムッとする。
あたしを抱きしめる腕に、彼は力を込めた。
「お前と離れて、何日経ったと思っている? 半月だ。また半月も、お前と離れていたんだぞ? 何度、証拠をでっち上げてここに突入しようと思ったか分からん」
「…それ、ルルさんとブリジットさんに止められたでしょ」
二人が慌ててナズナを止めている光景が目に浮かぶ。
まぁな、なんて言った彼から、あたしは力ずくで離れた。
「シャル…」
「そんな恨めしげな顔をしないで頂戴。その…あの時以来だから、あたしも嬉しいん、だけど…ほら! お仕事優先でしょう? イチャつくのは、お仕事終わった後にでも…」
そう言った瞬間、ナズナが素早くあたしにキスをする。
あまりにも早すぎてあたしは言葉を無くし、唖然として彼を見つめた。
「まったく…俺の妃は可愛い事を言う…初夜は絶対寝かせないからな。気絶しても抱き続けてやるから、覚悟しておけ」
「あ、貴方ねぇ?! ここを何処だと思っているのよ?! 本当に馬鹿!! この馬鹿!! そんな経験もないくせに、想像だけで言わないでくれないかしら?! 誰が聞いているかわからない場所でそんな事言わないで頂戴よ?!」
あ? とナズナの眉が吊り上がっていったが、そういう事してないって前に言ったじゃないの貴方。
そういう知識の本に、そう書いてあっただけなんでしょうけど。
これ以上口論すると逆上したナズナに襲われそうだったので、あたしは踵を返して、とりあえず彼から離れようと走り出した。
「あっ!! ちょっと待て、シャル!! …逃がすかっ!!」
逃がしてほしいのだけど。
取り敢えず痴話喧嘩で逃げてるだけなので、本気でナズナの元から姿を消そうとは思っていない。
のに、ナズナはあたしに追いつこうと必死で追ってくる。
「…おー、嬢ちゃん久しぶり…」
「ダーカンさん!! 助けてぇぇえっ!!!」
ユキヤ君と一緒に、ここの制圧に来ていたダーカン第一騎士団長があたしを見かけて声をかけてきたが、あたしは渡りに船とばかりに彼へ助けを求めた。
後ろのナズナを見て、あちゃー、という顔をダーカンさんはするが。
「シャルロット…何があったんですか?」
「貞操の危機!! まだ結婚してないのに襲われる!!」
あたしはユキヤ君の後ろに隠れて、ナズナを見る。
彼はダーカンさんに引き止められたようで、宥められながら何やら話をしているようだ。
あたしはホッとしながらも、ため息をついた。
「兄さんのあの状態…貴女が原因だと思いますけど」
「そうなのだけれど、それでも襲われて婚約破棄になるなんて御免なのよ。あぁ、それとお久しぶり。お子さんと奥さんはお元気?」
お久しぶりです、とユキヤ君は返してくれる。