「僕もあれ以来会っていませんよ。オリーと文通はしていますが。この間寝返りを打ったと書かれていて…子供の成長は早いものです」
えっと、確かイフリート3の月に生まれてるはずだから…もうそろそろ、生後半年くらいかしら?
寝返り打てたのかぁ。
想像するだけで微笑ましいわね。
なんて、目の前の光景から現実逃避をするかのように考える。
「殿下、追った所で逃げられる時もあるんです。女って生き物は心が移ろいやすいんですから、こう、そっと真綿で包むようにですね、徐々に外堀から埋めていかないと。力ずくでやった所で、嬢ちゃんは殿下以上の力の持ち主ですんで、カゴに閉じ込めようとしたって逃げられますよ」
「ふむ…」
奥さんいるから、アドバイス的なもの貰ってるんだろうな。
それ、あたしがいない所で話してもらえないだろうか。
何、真綿とか外堀とかって。
「シャル。何もしないから、こちらに……いや、本当に何もしないから。そんなに警戒しないでくれ…」
あたしに手を差し出しながらナズナがそう言うが、先程の事といい、唐突にキスをしてきたりするから今は近寄りたくない。
寂しいのはわかる。
あたしだって会えなくてとても寂しかった。
でも、それは寮の部屋とか、二人きりの時にして欲しかっただけだ。
こんな誰の目があるかのような場所で、しないで頂きたい。
「シャル…」
「うちの敷地で痴話喧嘩とは…いいご身分の方は、我々の常識を遥かに超える事をなさいますな、ナズナ殿下」
階上から、そんな声が聞こえてあたし達はそちらを見る。
少し初老が入った男性が、兵に連行されながら降りてきた。
「マッカーニー・ガルシア。何が言いたい」
「いえ? 王族の方々の酔狂ぶりも、ここまで来れば滑稽だなと思った次第で」
貴様! と兵の一人がガルシア家の当主を殴る。
しかしそれを、ナズナは止めた。
「良い。この後、謀反で一族郎党処刑だ。言いたい事は言わせてやれ」
「…はっ! 本当に王族という生き物は…傲慢だな。それでいて怠惰だ…ナズナ殿下、今の国を見てどう思う?」
ナズナは少し考えた後、ガルシア当主に答える。
「貧困層が見受けられる。領によっては、貧民が居ない所もあるにはあるが…それでも、ごく一部だ。それは理解している。今の王の治世では、なし得れないとも。だからこそ、俺の代では貧困層を無くして行きたいと考えている」
「理想論ですな。あの王の元で甘い汁を吸っていた連中が、それを許すとでも? …若輩者の貴方に、誰が従うと言うのだ!! なればこそ、私のような者が立ち上がり、この国を変えようと動くのだ!!」
まぁ、ガルシア当主の言も一理ある。
ナズナのような若輩者が、本当に国を変えられるかどうか怪しい。
まず、あの陛下の息子だというだけで、偏見の目で見られる事だろう。
彼の仕事ぶりとかを見てない人達からすればそう。
ナズナが行った施策は、全て成功している。
それどころか、彼は戦争で生き残った王族だ。
ナズナを慕う人達だって、城の内外には多い。
彼が王になり、国を変えると言うのなら、それに従う人は多い事だろう。
それに、貧困層を本当に救うのなら、まずは教育を施すべきだ。
安く雇われている人も多いと、お義父様から聞いている。
テスタロッサ領は、福利厚生はしっかりしているし、貧民なんて人は一人もいない。
お金がなくてもちゃんと教育を施しているし、その人の能力に見合う仕事を斡旋したりしているからだ。
知識をつけさせればテスタロッサの領民以外でも、ちゃんと自分の能力に見合った職業に就き、賃金が貰えるはず。
テスタロッサのみならず、他の領でもやるよう王に就いたら通達するつもりだとナズナは前言っていた。
何なら教育機関を一まとめにし、国民全員をそこで勉強させてもいいな、なんても言っていたっけ。
衣食住、全てを国が賄えば、貧民層の民も遠慮せずに勉学に励める事が出来るだろう、と。
「…お前のような、国を憂いて奮起しようとする者を亡くすのは惜しいが…マッカーニー。浅慮だったな。あともう少し待てば、お前が思い描いていた世界が見れたかもしれないのだが」
「それこそ夢物語でしょう、ナズナ殿下。貴方のような、女しか見れていないような方に国を変える力などありますまい。流石、あの陛下の御子ですな。美女を侍らせるのが楽しいと見える。我が娘も、何故このような輩に懸想したのか…全く、理解に苦しむ」
今から死ぬからって言いたい放題じゃない、この人。
少しイラっとして、あたしはユキヤ君の影から出ようとしたが、それを彼に止められる。
あたしが出ると、もっとややこしい事になるからとでも思っているのだろう。
いや、うん。
その通りなので黙ります。
「なら、あの世で見ているといい。俺がこの国を変える様を。ヴェスタ神の膝下でな」
連れて行け、とナズナが兵に言う。
あの先輩も気絶しながら連行されて行った。
願わくば、そのまま気絶してお亡くなりになって欲しい。
痛みも苦痛も何も感じず、逝けるはずだから。