だけどナズナは、腕の力だけであたしの抱擁から抜け出し慌て始める。
「お前それ、レディーキラーって呼ばれてる酒の一種だろ?! 大丈夫か、気分悪くなってないか?!」
「レディーキラーが何かは分からないけど、今は少し不愉快よ。離れないでって言ったのに。テスタロッサ帰る」
ぷくー、と頬を膨らませ、あたしはナズナに抗議した。
その言葉に、ナズナは違う意味で慌て出す。
「違、お前の体調を心配して…離れたわけじゃない! あぁ、シャル! 魔力練るな!! 頼む、何処かに行かないでくれ!!」
「知らない」
プイッ、と顔を背け、起き上がったあたしは転移した。
ナズナの制止も振り切って。
ただ、飛んだ先はテスタロッサではなかった。
「…あれぇ?」
そこはミラの祠の中で。
ヒンヤリしたそこはとても心地良くて、あたしは地面に寝そべった。
〈シャル、どうした? ここに来るとは珍しい〉
薄暗い祠の中、体を発光させながらミラが現れる。
「こんばんわぁ、ミラぁ。んー…ナズナと少し喧嘩しただけぇ。酔いが覚めたら帰るから…ちょっとここに居させて…」
眠くなってきたあたしは、瞼を擦りながら彼女に言う。
構わんが風邪引くぞ、とミラがそう言うので、あたしは笑った。
「転生者のあたしが、風邪なんて引くわけないじゃない。んー…眠いぃ…おやすみ、ミラ…」
あたしは意識を飛ばし、次に目を開けた時頭痛が酷くて蹲る。
ドレスがグシャグシャになってしまったが、それに構う暇などないくらい頭が痛い。
〈起きたか、シャル。起き上がれそうか?〉
「無理…痛い…頭割れそう…ズキズキするぅ…」
痛覚遮断をやって、やっと起き上がれたが、昨夜の事を思い出してあたしはまた蹲った。
〈シャル、どうした?〉
「…帰るに帰れない…もうやだ…お酒の力怖い…ナズナに嫌われた…」
おいおい泣くあたしの頭を、ミラが撫でてくれる。
次いで、ウンディーネが水が入った桶を持ってきてくれ、それで顔を洗った。
指を鳴らして服を着替え、装飾品も指を鳴らして保管庫に移動させる。
ナズナから貰ったドレス皺だらけになっちゃった…。
顔合わせられない…。
顔を洗って化粧とかを全て落としたのだが、それでも涙が溢れてきてあたしは地面に突っ伏して泣く。
ミラはそんなあたしの様子に、苦笑した。
〈シャル、何なら精霊にでもなるか? 人の子だから、煩わしい事が起きるのだと思うのだが〉
「それも良いかも…」
彼女の提案に頷きかけると、祠の入り口から走ってくる足音がして、叫ぶ声が聞こえる。
「元素の精霊!! シャルを誘惑しないでくれ!! 俺の女が精霊になったら、俺は自死するぞ?!」
「…ナズナ…」
彼の声に身を起こした。
驚いた。
ミラの祠まで来れるとは…いや、それよりも迷いの森を一人で突破してきたのだろうか、彼は?
それに、あたしがここにいるってよく分かったな?
疑問が渦を巻くが、ナズナはあたしに近寄り抱きしめてくる。
「シャル…無事で良かった…」
安堵のため息を吐き、彼はあたしの頭に頬擦りしてきた。
戸惑ったあたしは、彼に問う。
「あ、あの…ナズナ…怒ってない、の?」
なんで怒る必要がある、と彼は体を少し離し微笑んだ。
「酒は抜けてるな? 記憶は…その様子だとあるな。全く…あまり心配させないでくれ…お前の魔力を追ったらここだったものでな…一晩かかった」
「え…先に王宮に戻ってくれても良かったのに…」
確か今日は寮を引き上げる日だったはず。
大きい荷物とかはもう王宮に送っていて、あとは自分達の荷物とか卒業式で着た物とかを持って出るだけ、だったのだが。
「お前…あの状態で放置したら、元素の精霊の提案に乗っていただろう? お前の性格は、この二年共にいて理解している。あと、荷物は申し訳ないがレヴィとルティに頼んで、持って出てもらう事になった。あぁ…本当に無事で良かった…シャル…」
「ナズナ…」
キツく、ナズナはあたしを抱きしめる。
彼はワイシャツと式典用のズボンだけで、上着だけ脱いでここまで来たのだと察した。
馬車でも結構な距離なはずなので、シルフィードを纏って飛んできたのだろうか。
〈シルフに入口まで送ってもらうか? シャル〉
あたし達の様子を眺めていたミラが、そう尋ねてくる。
うん、と頷くと彼女はシルフを呼んでくれた。
彼はあたし達に風を纏わせ、迷いの森の入り口まで飛ばしてくれる。
移動が少し荒っぽかったので、ナズナが途中で酔ってしまったが。
「ありがとう、シルフ。騒がしくしてごめんなさいね」
〈元素の精霊が頼んできたから、仕方なくだからな! 僕はそんなに甘くないんだぞ!〉
そう言い、シルフは消える。
本当に子供だなぁ、と思いつつ、ダウンしてしまったナズナの頭を膝に乗せ、撫でた。
「………」
寝息を立て始めてしまったナズナに、本当に一晩迷いの森を歩いて…もしくは、走ってあの祠まで来たのだと理解する。
「好きよ、ナズナ。愛してる。貴方が迎えに来てくれてなかったら、あたし本当に精霊になっていたわ」
なっても良かったけれど、彼に自死すると言われてしまった。