校長が言った名前に、あたしはゾワリと肌が泡立つのを感じる。
頭も多少痛くなってきて、少しカナリアに寄りかかった。
「ちょ、シャル大丈夫?」
「ごめ…ちょっと、頭痛い…」
頭が痛すぎて目を瞑る。
瞬間、あたしは何かに抱きしめられた。
後頭部に手を添えられ上を向かされたので、少しだけ目を開けると、ナズナが心配そうな顔をしてあたしを見つめている。
「…大丈夫、心配しないで」
彼の腕を摩り、無理やり微笑んだ。
「顔が青ざめている。何があった?」
それはあたしが聞きたい。
その名前を聞いただけで、こうなったのだ。
何かあたしの記憶に関係する名前なんだろう。
「ごめんなさい、大丈夫だから。話を続けてもらって」
「…倒れる前に言うんだぞ」
そう言って、ナズナはあたしから手を離した。
過保護にも程があるでしょ、この雇い主は。
「で、魔王は今どこに?」
「周辺を探して見つからなかったので、居城に帰ったようですわ。隠密行動が得意なギルドの方達で、後を追ったようですの。城からの依頼という事で、ギルドの実力者達も討伐に向かっています。ナズナ様方が出る幕はない、と思いたい所ですわ」
真剣な顔をして校長は言う。
というか、何でナズナ達が出なければならないのだろう。
あの城には、彼より歳が上の人達がたくさんいるのに。
「シャル、言いたいことはわかる。だがな、あいつらが動くわけないだろう? 自分の保身しか考えてないような奴らだ。来られた所で、軍の士気が下がるだけだ」
「それもそうだけど…」
あたしの目線に気づいたナズナから説明されるが、納得できるわけない。
それに、と彼は続ける。
「俺の方が、軍の動かし方がわかっている。ユキヤも勿論来るな?」
「当たり前です。誰が、軍を率いて前線にあった兄さんをフォローしたと思っているんですか? 作戦立案をしたのも僕です。いい作戦だったでしょう?」
眼鏡を軽く持って、ユキヤ君はニヤリと笑った。
その隣では、カナリアが何かを書き留めている。
多分、オリヴィエさんに送る文でも書いているんだろう。
「シャルは、ここに残ってもいいぞ」
「冗談言わないで。あたしは貴方の護衛役なのよ? 危険な所に貴方をやったなんて知られたら、ニーナさんに怒鳴り散らされるだけじゃなく、殺されるわよ。それに、貴方を絶対守るって約束したじゃない」
あの決意は揺らいでいない。
優しい貴方を守れるなら、この身を挺しても構わないと、本気で思っているのだから。
ナズナはふっと笑って、あたしの頭を撫でてくる。
「なら、魔王討伐に向かおうか」
彼の言葉に、あたしは頷いた。
◆◆◆
男は一人、暗闇の中にいた。
どこぞの城を借り受け、玉座に身を預けている。
自分の魔力から生成された魔物は、群れをなして城から出て行った。
そんな瑣末な事は、男にとってはどうでも良く。
ただ、男の頭の中はある女の事で一杯になっていた。
「あぁ、お嬢様…お嬢様…!!」
男は自分の顔に手を当て、哄笑する。
何回も、お嬢様と呟いて。
気が狂っているとしか思えないような行動。
確かに、男は気が狂っているのだろう。
「貴女がここに居る事は、在る事は、存じ上げているんですよ? ねぇ、お嬢様。
玉座から立ち上がり、男は両の腕を天へと掲げた。
「あぁ、麗しのお嬢様! 貴方と共に在れるのなら、私は万難を拝しましょう! 貴女に群がる虫どもは全て駆逐しましょう! しかし、心配な事があるのです…私に会った時、お嬢様は私とお分かりになるでしょうか? いいえ、お嬢様なら私とお分かりになるはずです!」
まるで、一人で芝居をしているが如く、男は台詞じみた言葉を連ねていく。
「あぁ、お嬢様。お会いできる日が待ち遠しい。私の腕の中で果ててしまったお嬢様。貴女をまたこの
男は感極まり、涙を流し始めた。
「お嬢様。
男の高笑いが、城に響き渡っていた。
◆◆◆
校長室から地下へ続く階段を降り、あたし達は転位門の前に来る。
「これ、どこに繋がっているの?」
「通常なら城に繋がっているのだけれど、この非常事態でしょう? 戦場にある、騎士団の陣へすぐ行けるように繋げてあるわ。あ、転位石はこれね」
魔法陣を指差しながら尋ねると、校長から説明があった。
魔法陣の横に台座があり、座標が刻まれた石を嵌めて魔力を込めるとその場所に行けるそうだ。
「魔物に入り込まれて、学校内へ現れたら困りますので片道となっておりますが、大丈夫ですかナズナ様?」
「問題ない。やってくれ」
ナズナの言葉に校長は頷き、転位石に魔力を込めていく。
魔法陣が淡く光出し、光が固定される感覚を覚えた。
「これで、魔法陣の中に入っていただきますと、自動的に転位されます…ご武運を、皆様方」
「あぁ。行くぞ、お前達」