ノーム3の月。
日本の六月に相当する、少し夏の気配がしていた朝。
あたしは、後ろからナズナに抱きつかれながら、魔法を使って朝ご飯の調理を進めていた。
別に魔力は無限だから疲れる事はないのだけど、宮塚を殺してから、ナズナが過保護になった気がする。
普通逆だと思うんだけど。
貴方、自分が護衛対象だって自覚あるの?
「ナズナ、朝ご飯できたから離れて」
「わかった」
聞き分けは良いので、素直にあたしから離れて食卓につく。
魔法で皿とかを浮かしながら、テーブルに料理を並べていった。
すごく簡単なもので悪いのだが、食材とかを買いに行く時間がなかったのだ。
ナズナが、ユキヤ君が引くほどあたしにベッタリになってしまったから。
流石に僕でも、と引き気味に言ったのはつい最近の事だ。
「あのね、ナズナ。流石に、今日はちゃんとお買い物行きたいのだけど」
「問題ない。荷物は持とう」
持ってくれるのはありがたいけど、その際手を繋ぐ必要はあるのだろうか?
片手が塞がってしまっては、襲撃があった際守れないじゃないの。
そんな事を言ったところで、ナズナは譲ってくれないので、あたしは今日も諦める他なかった。
婚約者ができた時、困るのは貴方なのに。
そう思いつつ、学校に着いた途端。
「シャルロットさん!
教室の前で、そんな事を言われた。
多分隣のクラスだろう金髪の女生徒が、あたしに向かって手袋を投げてくる。
彼女の取り巻きが、あたしを見てクスクスと笑っていた。
馬鹿にされてるんだろうな、とはわかる。
手袋を投げるのは、決闘の証なのもわかる。
でもそれを、王族であるナズナの前で行う度胸は、すごいというか逆に馬鹿なのか、とは思うが。
「アンコール、何をやっている」
「ご機嫌よう、ナズナ殿下。私はただ、殿下に身の程知らずな想いを寄せているシャルロットさんに、現実を教えて差し上げようとしているだけですわ」
ほほほ、と扇子を仰いでアンコールと呼ばれた女子生徒は笑う。
あと、身の程知らずな想いとはなんだ。
あたしがナズナに懸想した事は、一度もないはずだが。
この人がナズナの表情の変化に気づかないのは、いささか問題がある気がすると思うのだけど。
あたしはナズナの方をチラリと見る。
眉が若干寄ってる。
すーごい不機嫌だ、これ。
「殿下、どなたですかこのご令嬢は」
「アンコール・トワネット。下流貴族の出の令嬢だ。お前の噂は、こいつの領地に、まだ、届いていなかったらしい」
まだ、の部分を強調してナズナは言う。
あたしの質問に答えてくれるのはいいのだが、言葉に険が含まれて来てて、もうそろそろ彼がキレそうだと思った瞬間、予鈴が鳴った。
助かった…。
「また来ますわ! その時は勝負いたしますわよ!」
「あ、手袋…」
アンコールさんが、手袋をそのままに教室へ帰ろうとしていた。
ついつい拾ってしまってから、あ、と思った瞬間。
「拾いましたわね! 放課後勝負しますわよ! まぁ、勝つのは私ですけれど!!」
高笑いをしながら、彼女は教室へと去っていった。
どうしよう、と途方に暮れていると、隣から盛大なため息が聞こえる。
「シャル…」
「ごめん…ついうっかり…」
落とし物を拾うのは、日本人の癖だと思う。
しかも落とし主がわかっていて、目の前で去って行こうとしてるのだから、届けようとするのも無理はない。
習慣に近いものがある。
「それがシャルの優しさだとはわかるが、お前、変なのに目をつけられるな」
「それは貴方にも言えるでしょう?」
変な女ばっかり付き纏われるとか、王太子という身分は本当に大変だ。
早く婚約者を決めればいいのに。
そうすれば、こんな騒動起こらなくなるんだけど。
「授業始めるんで、中に入ってもらっていいですか?」
数学の先生が、おずおずとあたし達に話しかけてくる。
すみませんと謝って、あたしたちは教室の中へと入った。
◆◆◆
日中は何事もなくお昼になったが、あのご令嬢がいらっしゃる気配が全くない。
何かしら突っかかられると思っていたのだけど。
「放課後の事を考えると、全く休まらないのは何でなのかしらね…」
「シャルが何も考えず、手袋を拾うからだろう」
あたし手製のサンドイッチを頬張り、彼はそう言った。
食材が少ないながらに、彩豊かに仕上げたあたしへ感謝してほしいものだ。
「まぁ、お前なら負けないだろう。なんせ、魔王を一人で倒した女だからな」
「…それ、褒め言葉になってないから」
明らかに、ナズナに敵対心を持っていた王族の面々が学校に通っている間、あたしが近くにいる事で彼に近寄らなくなったのが良い証拠だ。
あんなにやっかみの手紙や、学校にいる人達はつっかかって来てたというのに。
それこそ、あたしが魔王か何かだと思われている節もある。
「そうか?」
「そうよ。女がそれで得意げになるなんて、思わない事ね。それこそ、女心がわかってないって思われて終わりだわ。未来の婚約者様が可哀想」