「長谷川、今の私は篠原夏月ではなくただのシャルロットなの。彼女の記憶を持って生まれ直したような存在。だから、貴女が敬う必要性は皆無なの。わかる?」
「お嬢様が仰っている事は理解出来ます。ですが、生まれ直したとて魂がお嬢様なのであれば、
カヅキの例を出されると、少し反論しづらい気がする。
二人共盲目的にあたしを崇拝しているわけではないが、とても大事に思ってくれていたのは知っていた。
「ありがとう。でも、あたしの事はシャルロットって呼んでね? 絶対ナツキって呼んじゃダメよ? それを知っているのはナズナ殿下だけだから。養父になる、テスタロッサ卿の前でもよ?」
「はい、シャルロットお嬢様」
これだけ言い聞かせておけば、律儀な長谷川…ターニャは絶対口外はしないだろう。
「さて、随分お待たせしてしまっているようだし、案内してもらえる? ターニャ」
「はい、お嬢様」
あたしは、歩き出したターニャの後を追った。
◆◆◆
「旦那様、お連れしました」
扉をノックした後、ターニャはそう言う。
中から少し若そうな声が、入室を許可してきた。
その声に、ターニャは扉を開ける。
「どうぞお入りください、お嬢様」
「ありがとう、ターニャ」
室内に入ると目の前には、亜麻色の髪を肩まで伸ばし、カーマイン色の瞳をした男性が立っていた。
眼鏡をかけているところから見るに、視力はそんなに良くないのだろう。
ターニャが言った旦那様、という言葉に、この館の主人だと推察できる。
「お初にお目にかかります、テスタロッサ卿。シャルロットと申します。この度は、養女に迎え入れていただき誠にありがとうございます。至らぬ身ではございますが、精一杯領地のことを学び、領の為に尽くす所存でございます」
あたしはカーテシーをして、挨拶した。
それに向かって、テスタロッサ卿は拍手をする。
「見事なカーテシーですね。教師はどなたが?」
「とても厳しく、しかしとても優しい母のような存在の方に、教えて頂きました」
気配で、ターニャが軽く俯いたのがわかった。
ぐすっ、と音がしたところを聞くに、泣いているようだ。
長谷川、なんか涙もろくなってないかしら…。
本当に申し訳ない…。
「ターニャ、どうかしましたか?」
「いいえ。今年から花粉症になってしまったようです。お気になさらず、お話を続けてください旦那様」
花粉症って、この世界にもある症状なのか甚だ疑問ではあるが、テスタロッサ卿は気にしていないようだった。
「急に呼び立ててしまって申し訳ありませんね。申し遅れました、ベルファ・ジェイド・テスタロッサです。気軽にパパと呼んでもらっても構いませんよ」
「ぱ…」
あたしはターニャの方を見るが、彼女は軽く肩を竦めるだけで何も言わない。
これがこの人の素なのだと言わんばかりに。
「いえ、お義父様と呼ばせていただこうと思います」
「そうですか? うちの義娘は固いですねぇ。ねぇ、ターニャ?」
「それがお嬢様の良い所かと。公私は分けるべきですので」
キッパリ言う彼女に、お義父様は目を丸くしているようだった。
それもそうだろう。
会って数分のあたしについて、ターニャが何を知ると言うんだ、という事だ。
まさか、前世で主従だったなんて、誰が想像できるというのか。
「随分彼女に肩入れしますね、ターニャ。妬けてしまいます」
「会って少ししか経っておりませんが、お嬢様の芯の強さ、礼儀正しさ、性格の良さ、その他諸々はお会いした瞬間分かりましたとも。私の真贋に対する目は、旦那様も知るところかと存じ上げますが」
しかし、お義父様。
凄く良い声をしてらっしゃる。
で、お義母様はどちらにいらっしゃるのか。
失礼のないように、ご挨拶しなくては。
「あの、お義父様。お義母様はどちらに?」
「いませんよ?」
は?
結構な顔の良さと、良い声で妻がいない?
嘘でしょう?
テスタロッサ家当主なのに?
驚いているあたしに、お義父様はターニャの方へ行き後ろに回ったかと思えば、彼女の両肩に手を置いた。
「私の妻になら、ターニャが良いですね。文武両道、何でも出来る才女。性格は少しキツめですが、それを補って余りある気配りと柔軟な対応。真贋を見分ける目も持ち合わせていますし、礼儀作法も完璧ですからね」
「ご冗談を」
自分の肩に置かれた手を払い除け、ターニャは冷やかな目でお義父様を見る。
冗談では無いのですが、とお義父様は苦笑した。
「話を戻しますが、呼び立てたのは他でもありません」
あたしの真正面に来て、お義父様はあたしを見る。
一体何を言われるのかと、覚悟して待っていると。
「早くうちに慣れてほしくて、呼んじゃいました。いやー、私に娘ができるなんて夢のようで。今まで私は、魔道具を作り出すのが楽しくて他が疎かになってしまいましてね。こんな歳まで独り身できてしまったんですよ。だから、家族が出来るのが嬉しくて」