なんと。
あたしがいない間に色んな事が起こっていたらしい。
カナリアの心労は察して余りある。
「本当にごめん、カナリア。ありがとう。もう休んでいて」
「そうする…」
トボトボと歩いて行く様は、花が萎れてしまったようで居た堪れなかった。
これはナズナに抗議せねば。
そう決めたあたしは、扉をノックする。
「用事があるなら入ってこい、カナリア」
少し低めの声のナズナに、あたしは呆れた。
魔力波を見れば、カナリアではない事がわかるのに、それも出来ない程余裕がないようだ。
いつものナズナにしては珍しい。
余程不機嫌なんだろう。
外の騒ぎにも気付かないようだからね。
「誰がカナリアですって、ナズナ。あまり周りに迷惑をかけないでちょうだい。貴方王太子っていう立場を理解して…」
言葉は最後まで紡がれる事はなかった。
扉を開けて、彼があたしを抱きしめたからだ。
扉が押戸で無くて良かった。
じゃなかったら、扉にぶつかってしまって痛い思いをしていた所だ。
「シャル…っ!」
「ただいま、ナズナ。そんなにあたしがいなくて寂しかったの? 仕方がない人ね」
苦笑しながら、彼の背中を撫でる。
暫くそうしてから、ナズナは離れてくれた。
「…すまん」
「もう。あたしが数日いないからって、周りに迷惑かけるのやめてよ。あたしがテスタロッサの家に行ったのは、ニーナ隊長から聞いていたでしょう? カナリアだって怖がってたし、貴方王太子っていう自分の立場理解していて? 次期王がこうだと、民が不安がるでしょう! 公私はきちんと分けなさいって習わなかったの?」
あたしが延々と説教しているのに対し、ナズナの顔は微笑みを湛えている。
きちんと理解しているのか、その表情を見ると疑問を覚えるのだが。
「ちゃんと聞いてるの、ナズナ?」
「聞いている。シャル、よく帰った。俺は嬉しい」
その言葉に、あたしはガクリと肩を落とす。
そんなに嬉しがってくれるのは、こちらとしても嬉しい。
でも今は、それとこれとは別の話なわけで。
「…もういいや。お疲れ様、ナズナ。仕事の方はどう?」
「今一段落ついた所だ。シャル、この後時間はあるか?」
庭に設置されている時計を見る。
まだ午前9時半。
この人は何時から仕事をしていたのか。
「貴方の護衛をするために戻ってきたのよ。時間なんて、貴方次第だわ」
「そうか。なら、散歩に行こう」
そう言い、彼はあたしの手を掴む。
あーあ…。
本当にこの人は。
気のない女性に、いつもこんな事をしているのだろうか。
こっちの気持ちも知らないで。
だからモテるんだぞ、馬鹿王子。
◆◆◆
別荘の近くに、小高い丘がある。
海に太陽の光が反射して、とても綺麗だ。
景色もとても良い。
そんな所に、ナズナはあたしを連れてきた。
「風が気持ちいいわね」
「あぁ。夏でもここは心地良い風が吹いてな。俺のお気に入りの場所でもある」
ナズナが地面に座ったので、あたしも隣に座る。
「その服、汚れないか?」
「別に気にしないで良いわよ。メイド達が張り切っちゃって、家に着られないくらいいっぱいあるの」
黒のワンピースに、薄水色のシースルーの上着を羽織っている今日のコーディネートは、テスタロッサ家のメイド、ネマの案だ。
髪の編み込みは、アリエッタが可愛くしてくれた。
アクセサリーの類は、ルビアが選んで付けてくれたのだ。
ターニャを筆頭に、テスタロッサ家のメイド達から可愛がられている雰囲気さえある。
「シャル、話がある」
ナズナの方を見ると、真剣な顔であたしを見つめていた。
あたしは居住いを正し、彼に向き直る。
「何でしょう、ナズナ殿下」
「昨夜、ユキヤにも相談した事なんだが。俺はお前に会ってから、胸が締め付けられるように痛くなる事がある。俺以外の異性と話している姿を見ると、腹立たしく思える事もあった。だが、お前が俺に笑いかけてくれると、全てがどうでも良くなった。腹立たしさも何もかも消えてな」
…ちょっと待って。
彼は何を言い始めた?
一体何を話しているの?
「ユキヤからは、恋の病だと言われた。俺はどうやら、お前に恋をしているらしい。確かに、愛しいという感情が溢れてしまう時がある。お前が見えないだけで、気持ちが塞いでしまう。シャル」
ナズナの真剣な瞳に、目を逸らすことが出来ない。
待って、お願い、言わないで。
言われてしまったらあたし…。
「愛している、シャルロット。俺と生涯を共にしてほしい」
「あ…」
ダメ、溢れさせてはダメ。
抑えて、抑えるのあたし。
冷静に、落ち着いて。
あたしは俯いて深呼吸を繰り返す。
そして、
「ごめんなさい」
彼にそう謝った。
顔を上げると、少し傷ついた表情をしたナズナが目に入る。
「ごめんなさい、ナズナ。貴方が嫌いなわけではないの。申し出もすごく嬉しい。でもあたし、決めた事があるの」
「決めた事…?」
彼の問いかけに頷いた。
「夏休みの初日、馬車で言った事を覚えてるかしら? 探し人がいるって」
「あぁ、覚えている」
それがどうしたと、彼の表情が物語っている。