イフリートの名を冠する月は、燃えるように暑い。
煌々と照る太陽を睨み付けながら、あたしは親衛隊の訓練に参加していた。
「てか、シャル。もうそろそろナズナ殿下との婚約間近なんだって?」
「はぁ?! な、何でそんな話になってるの?! あたしと殿下が? ないない!」
城の周りを十周するという訓練で、あと一周というところでカナリアがその話を持ちかけてくる。
あたしは全力で否定したけど、カナリアは疑わしい目を向けていた。
「本当かなぁ? 夜な夜な、シャルが殿下の寝室に行ってるって、噂になってるよー?」
「あれは、政務の事で聞きたいって言われてただ訪問してるだけで、やましい事は何もしてないわよ!」
そう。
やましい事は何一つしていない。
政務の事も本当だ。
あたしが次期総帥だった知識から、ナズナに治水工事の件をアドバイスした事がある。
それについて詳しく聞かれ、あたしの言う通りに工事したら、川の氾濫が無くなったのだ。
だから、ナズナが少し行き詰まったらあたしが呼ばれる事があるだけだ。
男女の関係になった事は、ただの一度もない。
そういう雰囲気になった事もない。
そういうのは、結婚してからだって彼言ってたっけな…。
自分の父親の例を見ている分、ナズナはそこら辺慎重らしい。
あたしにとってはありがたい限りだ。
「本当ー? シャルのファンクラブ、この城の中にもいるんだよね。ナズナ殿下とくっつくなんて、そいつら卒倒するんじゃないかな」
あっはっは、とカナリアは笑うが、あたしは笑えない。
何だそれ、怖っ。
訓練が終わり、親衛隊の宿舎のシャワー室で汗を流す。
この時期は冷水がとても心地いい。
テスタロッサ製のシャンプーやらを使い、汚れを落とした後、着替える。
あたしはそのまま、髪を乾かさずナズナの執務室へ向かった。
陛下達はまだ、あの別荘から帰ってきてない。
王の政務をこなせるのはナズナだけなので、無理に連れて行かれた先でも、政務をこなしていて大変そうだった。
帰ってきてからも、彼はほぼ執務室から出れないでいる。
あたしが少しでも手伝って、負担を軽くしてあげなくちゃ。
書類仕事なら難なくこなせる。
あと、自分の欲望ではあるが、あわよくばナズナとイチャイチャしたい。
そう思って早歩きで歩いていると、腕を掴まれた。
そして、地を這うような声で言われてしまう。
「お嬢様、何ですかその髪は…!」
「うぁ、ターニャ。来てたんだ…」
度々、お義父様の用事で城を訪れているようだと、話には聞いていたのだが。
まさかこの姿で見つかってしまうとは…。
「宿舎にもドライヤーぐらいあるでしょう?! なんで乾かさないで来るのですか!!」
「ごめんって、ターニャ。それにこの月は乾かさなくても勝手に乾いてくれるから、つい…そんなに怒らないでよぅ…」
化粧室に連れて行かれ、備え付けのドライヤーで頭を乾かされる。
どこから出したのか、ヘアオイルで髪質を整えられた。
「怒ります! お嬢様、貴女はテスタロッサ家の一人娘です! 自覚を持ってくださいませ! あと、この後は親衛隊の執務はございませんね? これに着替えていただきます」
「何で執務状況も把握してるの?! やっぱり影かなんか潜ませてるんでしょ、ターニャ!」
あたしの抗議も虚しく、あたしはドレスに着替えさせられる。
青いビーズが散りばめられて、まるで星のように輝くドレスだった。
薄いフリルが何層にも重なって、とても優美だ。
首周りもゆったりで、しかし何故か肩の部分が出ていたので、シースルーのストールを羽織る。
「お綺麗ですよ、お嬢様」
「ありがとう…なんで、髪も整えられているのか、甚だ疑問ではあるんだけど。ナズナに会いに行くだけなのに…」
だからですよ、とターニャは言う。
一体どういう事なの。
説明を要求したい所なんだけど、ターニャが嬉しそうなのであたしは口を噤む事にした。
ナズナの執務室に向かうが、ターニャも後からついてくる。
彼女もナズナに用があるようだ。
「殿下、シャルロットです。入ります」
扉をノックして、開ける。
ナズナだけかと思いきや、左側にメイドさん達が横一列で並んでいた。
「あの、殿下。これは一体…」
「来たか、シャル…お前、その格好はなんだ。綺麗じゃないか」
いや、今その感想は横に置いておいてほしい。
褒められて嬉しいけど。
後ろのターニャも、良い仕事したって顔してんじゃないわよ、ありがとう。
「で。殿下、この方達は?」
「先日からうちで働き始めたメイド達らしいのだがな。一人、見覚えがないのがいたんだ」
ナズナは、小柄で眼鏡をかけた、黒髪の一人のメイドの前まで行く。
彼の目が鋭く光った。
「お前、何処の者だ。間者か?」
「い、いエ。私はこの国ノ国民でございまス。殿下」
軽く片言の部分がある。
これで怪しくないと言ったら嘘だろう。
「俺は、このリューネ国民の顔と名前は全て把握しているんだ。見慣れない者がいたらすぐわかる」
「ソ、そんなバカな…」
眼鏡が厚すぎて、表情が上手く見えない。